11、薬師の弟子と、薬作り②
*前話で薬草のひとつに「シナー」という名前の薬草がありましたが、こちらを「ケヒ」に変更しました。
シーナは魔法袋に入っていたガラスの容器をリベルトに手渡す。
「これでよろしいですか?」
「ああ。あとはジオモの葉を一本借りて良いだろうか? まずは使用しない部位で試してみよう」
彼女はリベルトへ葉を渡すと、ガラスの容器内に葉を入れる。他の隊員もリベルトの様子が気になったのか、テーブルの周囲に集まってきた。
「隊長、乾燥させるってどうやるんすか?」
「このガラスの中を熱で温めようと思ってな」
「なるほど、魔道具ですか」
「ああ、我らが使用している魔道具があるだろう? あれの仕組みをソフロニオさんから聞いていたからな。乾燥用魔道具が使用中で使えない時は、自分でしていたな」
「えっ! そうなんすか?! ずるいっす!」
薬草を乾燥させるような魔道具なのだろうかと首を傾げていると、エリヒオが補足してくれる。今話している魔道具は服を乾かすための魔道具らしい。簡単に言えば箱の中へと入れた服に熱風を当て、乾燥を早めるという仕組みなのだそう。
「火魔法が使えれば、そこまで難しくはないが」
「リベルト隊長……貴方は規格外だとそろそろ自覚されたほうが宜しいかと。火魔法を使える者が、全員熱風を出す魔法を使用できるわけではありませんからね? 魔法の練度、繊細な魔力操作ができなければ、火が出てしまうのですから。王宮魔導師団内でも何人がそれをできるか……それを軽々とやってのけるのは、隊長の才能と努力の賜物だと思いますよ」
頭を抱えたエリヒオの言葉にシーナは驚く。王宮魔導師団とは魔法に特化した専門家だと聞いている。正直魔法について全く知らないシーナではあるが、今の話によれば専門家よりリベルト隊長の魔法の方が凄い、とシーナには聞こえたのだ。
「ええ? そんなに凄い魔法なのですか?! それを薬草の乾燥に使用しても良いんですか?」
魔法だって使い放題なわけではない事をシーナも知っている。てっきりリベルトの様子から、その魔法はすぐ出来て、労力も必要ないくらいの雰囲気かと思ったのだ。
「ああ、今回は魔獣討伐が既に終わっているからな。別に魔法を使用する機会もないだろうから、問題ない。それに、私にとってはこの魔法もそこまで魔力を必要としていないからな」
まあ、普段服の乾燥に使用しているくらいだ。彼の中ではそうなのだろう。
「シーナさん、リベルト隊長は魔力が多いのでこう言っていますが、他の魔導師の方ではそうはいきません。くれぐれも頼む時は隊長だけにして下さいね?」
そうエリヒオに言われてシーナは頷いた。
「てっきり私は他の方も、ちょちょいのちょい、で出来るのかと……気をつけます」
「ちなみにシーナさんがチョチョイのちょいでするものって何なんすか?」
シーロの問いに軽く首を捻ってから、シーナは答える。
「そうですね……私なら、タクライ単体の薬を作る、とかでしょうか?」
「いえ、それも軽く一時間くらい掛かるのでは……そうでした、シーナさんも規格外でしたね……」
無自覚な天才はこうなのだろうな、とエリヒオたちは遠い目をした。
葉の乾燥に成功したリベルトは、その後ランシアの根とジオモの茎の乾燥にも成功する。彼の隣でシーナは、乾燥したランシアの根を掲げながら狂喜乱舞していた。まさかこんなに早く根の乾燥が終わると思っていなかったからだ。
ついでに乾燥の進んでいたポリポルスも乾燥し、原料の準備が整ったのである。
エリヒオとリベルトは椅子に座りながら興味津々で彼女が薬を作る様子を見ている。一方、シーロは一旦テーブルを離れ、休んでいるアントネッラの元にいた。二人の場所からもシーナの様子は見えるので、話しながらではあるが二人も見ていた。
シーナはまず目の前にケヒを取り出した。
「これは、木の皮でしょうか?」
「はい。以前採取したケヒと言います。これは身体を温めたり、発汗作用……汗をかかせたり、熱を下げたりする作用があります」
「こんな木の皮も薬に使用できるのか……」
「そうなんです。ご先祖様の知恵は素晴らしいと思います」
彼女はそう話しながら、手際よくケヒを細かく刻んでいく。
「ポリポルスは単独では使いませんが、効能としては利尿作用があると言われています。ランシアは、発汗作用、利尿作用以外にもお腹の調子を整える作用があると言われておりますね」
「何だか似たような効能のものが多いのですね」
「はい。それらの薬草を調合する事で、効果を高め合っているのではないかと思われます」
そして最後に彼女が取り出したのはジオモである。
「後はこのジオモの根ですね。こちらも細かく刻みます。これも他と同様に利尿作用がありますが、それ以外にも目眩や頭痛を抑える作用もあります」
「この根も刃物で切るのか?」
「はい」
他の薬師は知らないが、シーナとマシアは刃物を使って刻むのが常だったので、リベルトからそう尋ねられる事自体が不思議だったのだ。
「いや、乾燥した根は硬いだろう? 切るのが大変ではないかと思ってな」
「そうですね、確かに硬いですからね。根を薬の原料として使用する薬は幾つもありますし、私もそれで何度も切っているので慣れましたが。実際……はいっ」
シーナはジオモの根の真ん中に刃を入れた後、力を入れる。するとそれは綺麗に真っ二つに割れた。
「手慣れていますねぇ」
「見事なものだ」
エリヒオとリベルトが彼女の手腕に感心している中、そこにシーロの声が響いた。
「シーナさん、それは魔法で切れないんすか?」
「魔法で切る……?」
どういう事だ、とシーナが目を丸くしていると、シーロがこちらへと向かってくる。そしてテーブルにたどり着くと、彼は手のひらを向かい合わせにして魔法を起動した。
手の間には網のようなものが組まれている。
「俺の結界って物を通さない仕組みになってるんすけど、この結界を網目状にしてみたんすよ。これでその根を通したら簡単に切れないかなと思ったっす」
「……あの、エリヒオ様。王宮魔導師団の方はこういうのもできるのですか?」
勿論、エリヒオは首を振る。
「もう一人の規格外……いえ、シーロは自覚のある努力家ですね。あれができる者も数えるほどでしょうね」
「そう仰っているエリヒオ班長も規格外だと思うんですが……」
後ろからぼそっと聞こえたアントネッラの声。確かに第二王子殿下直属の部隊が普通の者と同じであるとは考えづらい。そう考えると、そんな特殊な部隊を薬草採取という名目で協力してもらっていて良いのか、とシーナは思った。
「え、私のような普通の薬師にそんな規格外の方が付いてくださって良いのですか……?」
「いえ、貴女も規格外ですからね? それに殿下の命ですからどんどん利用して下さって結構です」
エリヒオの有無を言わせぬ圧にシーナは首を縦に振った。そして彼の視線から逃れるために、結界を出してくれたシーロへと向き直る。
「私が切った半分だけ結界に通してもらえますか? シーロさんに切ってもらったものと私が切ったもので比較してみようと思います。大きさは――」
そう言ってシーナは右半分の根を細かく切り刻む。
「これくらいの大きさにしていただく事は出来ますか?」
「大丈夫っすよ〜」
そうしてシーロの結界を使用して一瞬で刻み終えた根と、十分ほど掛けて刻んだ根が完成した。