8、薬師の弟子は、提案する
「本日は申し訳ございませんでした」
シーナは全員に謝罪した。
現在彼女たちがいるのは、ルアノ村の宿舎。ここは王都から派遣された部隊に貸し出す建物なのだという。
その中にある会議室で、現在明日の予定を組んでいたところだった。その話し合いが終わり、リベルトが「他に何かあるか?」と告げたため、手を挙げて今に至っている。
「理由は聞いたから納得したっすけど、薬師であるシーナさんが、芋虫が苦手だとは思わなかったっす」
「確かに、得意そうだよね」
シーロとアントネッラの会話に、同意するようにリベルトたちも首を縦に振っている。
「ちなみに他の虫は問題ないのか? それによっては今の探索の仕方も変えた方が良いかもしれないな」
「そうですね。一度私たちが全体を確認してから、シーナさんに薬草採取をお願いした方がいいかも知れません」
「……ご迷惑をお掛けします……芋虫以外は問題なく触れられるのですが……」
あそこまで怯えるのは、あの体験をした芋虫だけだ。そう言われて全員腑に落ちたらしい。
「他の虫は触れる事ができるのですね。それも凄いと思いますよ」
「あそこまでではないですけど、エリヒオ班長も虫は苦手ですもんね」
「……フラビオ。私は触れる事ができないだけで、苦手ではありませんよ」
「そういう事にしておきます」
エリヒオとフラビオの間の空気が段々怪しくなる。その事に気づいたシーナは、気を逸らそうと「そう言えば」と悩んでいた事をリベルトへと相談する事にした。
「ひとつ考えていた事がありまして。リベルト隊の皆様にお聞きしたいのですが、この地図を見て、薬師ではない人が薬草を採取する事ができると思いますか?」
シーナは薬草が大好きだ。だから形状は頭に入っている。彼女が採取をする分には問題ない。
しかし、シーナは王宮薬師の一人となった。薬草の分布を把握しているとは言え、彼女が全て採取に来るわけにはいかない。
真剣な表情で首を傾げるシーナの懸念が、リベルト隊の皆に伝わったらしい。
「いや、無理だろうな」
「私たちはシーナさんから薬草について聞いておりますし、現物を見た事がありますから良いですが、普通の人では無理でしょう」
「ですよね。なので地図だけではなく、薬草の絵や特徴が書かれている本のようなものを作成できたらと思ったのです」
「成程、薬草図鑑というものか」
「そうです。地図と薬草図鑑を一揃えにしておけば、どの薬草を採取するのか分かりやすいかな、と思ったのです」
薬師室には、複写機というものが導入されている。そこで地図と薬草図鑑の必要な項を複写し、その人に渡せば薬草について理解がない人でも採取が可能なのではないかと思ったのだ。
「ですが、それは薬草図鑑ではダメなのですか? ファルティアから取り寄せたと聞いておりますが……」
「はい。薬師室にも薬草図鑑はあるのですが、字ばかりで絵が少なくて……これだと見にくいのではないかと思ったのです」
手で絵の大きさを示すと理解してくれたらしい。
「では、挿絵を大きくした独自の薬草図鑑を作成するという事ですか」
「はい。それを考えて少しずつ説明部分に関しては紙に書き付けているのですが……ひとつだけ問題が」
「問題? それはなんだ?」
リベルトにそう言われて、シーナは一枚の紙を出した。そこには見覚えのあるような薬草の絵が描かれている。
「……これはジャバニカか?」
リベルトがそう告げると、シーナは頭を縦に振る。
「そうなんです。実は私絵心がなくて……これを見て、実物を見た事がある方だったら、リベルト様のように分かってくれるとは思うのですが……特にジャバニカのような他の毒草と形状が似ている薬草に関しては、もっと正確な絵を載せたいのです」
「確かに、薬草と間違えて毒草を採取してきた、となったら問題ですね」
「エリヒオ様の仰る通りです。ですから絵を……ってあの、どうかしましたか?」
シーナに集まっていた視線が別の方へと向いた事に戸惑う。そしてその行き先はリベルトだ。
訳が分からず、シーナの頭上には疑問符が現れる。するとそんな彼女をアントネッラがにやり、と笑みを向けた。
「シーナさん。覚えてる? 最初に私たちと会った時、薬草の絵を渡したのを」
「あの戴いた絵ですよね? 勿論! あまりにも素敵なので、ラペッサ様と薬師長様に了承を得て、一部を家に、一部を薬師室に置いてありますよ! あれくらい私も絵が描けたら困らないのですが……でもそれが何か関係があるのですか? あの絵は絵師様によるものだと思っていたのですが」
目を輝かせてあの絵を絶賛するシーナに、リベルト以外の者たちはニヤニヤが止まらない。一方でリベルトはそっぽを向いている。全員の反応の意味を理解できないシーナに、アントネッラは話を続けた。
「あの絵はね、隊長が描いたのよ」
「え……?」
思わぬ言葉に目を丸くするシーナ。彼へ視線を送ると、リベルトはそっぽを向いていて、耳はほんのりと赤く染まっている。
あまりの衝撃に理解が遅くなっていたが、リベルトが描いた事を理解すると、シーナは満面の笑みを見せた。
「えっ! あの絵はリベルト様が描かれたのですか! 素晴らしいです! 薬草の細かなところがきちんと描写されているだけでなく、非常に立体的で本物がまるでそこにあるように感じました! あんな素敵な薬草の絵が描けるだなんて……羨ましすぎます!」
「あ、ああ……」
シーナは喜色満面でリベルトの元へ行き、彼の手を両手で取り握りしめた。そして手を取られたリベルトは、シーナのその行動に狼狽えている。
「リベルト隊長は写実絵が得意ですからね。シーナさんの案を告げれば、きっと殿下やラペッサ様も了承して下さるかと」
「では、俺が行きましょうか?」
「そうですね。フラビオにお願いしましょうか。明日、フラビオは許可を得るために王都へと向かってください。もし許可を得たら、大量の紙と色付けに必要な道具も持ってきてくださいね」
「承知しました」
「お、おい……」
エリヒオとフラビオの二人でどんどん話が進んでいく。それに気づいたリベルトは止めようとするが、「シーナさんの案を上に上げるためです。非常にいい案だと思いますからね」とにこやかな笑みで言われてしまえば、リベルトも納得せざるを得ない。
そしてエリヒオからトドメの一撃を与えられた。
「では隊長、会議はこれで終了としましょう。私とフラビオは奏上するための資料作りを、アントネッラとシーロは明日の準備をお願いします。シーナさんと隊長はここで薬草図鑑作りを始めていてください。薬草の現物を持っているのはシーナさんですから、それを見ながら書くべきでしょう。シーナさん、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「では……リベルト隊長もお疲れの出ませんように」
ニコニコと去っていく四人。その場に残されたのは、楽しそうに薬草を取り出すシーナと、呆然と彼らの背中を見つめるリベルトの二人だった。