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7、薬師の弟子の、苦手なもの

 ポルニカの林を抜けると、そこは花畑であった。特に青系の花々が咲き乱れている。リベルト隊の隊員たちが花に目を奪われる一方で、シーナは目敏くも花の間に埋もれている薬草を見つけ狂喜乱舞して近づいた。

 花よりも薬草が好きなのはいつもの事だ、とある者は呆れながらも、ある者は満足げに頷きながら彼女を見守っていたのだが、ふと、彼女が薬草へと辿り着く前に足を止めた。

 

 薬草の上にうねうねと動くものを見たのである。シーナはその姿を目に入れた瞬間、頭の中で何かがプチっと切れたような音がした。


 

 普段であれば嬉々として採取を始めるはずのシーナ。彼女の手が止まっている。その事を不審に思ったリベルトが、シーナへと近づけば、身体の横で握りしめられている手が小刻みに震えているのが見えた。


「シーナさん、どうした……のだ……」


 心配から彼女の肩に触れようとしたリベルトの顔先を、一瞬何かが通り過ぎた。普段の訓練で鍛え上げた反射神経が無ければ、彼女が振り回した何かに当たっていたのかもしれない。

 シーナは無言で何かを振り回しており、それは側に落ちていたであろう木の枝である。彼女は一心不乱に何かと対峙しているようだった。

 リベルトは謝罪を声に出してから枝を持つシーナの手を掴み、枝を捨てた。そして後ろに控えていたシーロを呼びつける。

 

「シーロ! あれを頼む!」

「承知したっす!」


 リベルトは暴れているシーナを肩に担ぐのと同時に、シーロが呪文を唱える。するとシーナは糸が切れたかのように静かになった。シーロが鎮静魔法をかけたのだ。

 リベルトは彼女が落ち着いたと判断し、残っていたエリヒオたちへと声をかけた。

 

「何が原因か探ってみてくれ。アントネッラは私がシーナさんを木に下ろしたら様子を見ていて欲しい」

「承知しました」


 リベルトはシーナを担いでポルニカの木の根元に横たえる。そしてアントネッラに彼女を任せてエリヒオたちの元へと戻っていった。


 リベルトが戻ると、エリヒオたちはなんとも言えない表情をしていた。


「エリヒオ、どうした?」

「多分これが原因だと思われます」


 そう言ってエリヒオが指を差したのは、真っ二つに分かれている虫であった。緑色の人差し指ほどある太さで、くねくねと動く虫……虫である。

 

「シーナさんは虫が苦手なんすね。意外っす。薬草とかで慣れてそうなのに」

「ヴェローロにいる時は街から出た事が無かったらしいですからね。もしかしたら実際の虫を見たのは初めてなのかもしれません」

「それか虫が苦手というよりは……芋虫だから苦手っていう可能性もありそうではありませんか?」


 フラビオの言葉にリベルトが同意した。


「その可能性は高い。我らと出会った時も昆虫はそこら中にいたからな」

「確かに、シーナさんには苦手意識があったようには見えなかったっすね」

「では、芋虫が苦手なのでしょうね」


 そう話す隊員の話を聞きながら、リベルトは周囲を見渡す。あれだけ木の枝を振り回していたにもかかわらず、よく見ると花や薬草には傷ひとつついていない。それだけ薬草に対して愛があるのだろう。シーナらしい、と思った。


 彼女が目を覚ますまでにまだまだ時間がありそうだと思ったリベルトは、一度隊員たちに休憩を取るよう伝えたのだった。



 二十分ほど経った頃。

 花畑を見ながら和やかに談笑していた彼らの耳に、シーナの声が聞こえた。彼女は上半身を起こしており、手を額に触れて頭を支えていた。

 てっきり頭痛だろうかとリベルトたちが心配していると、「はずかしぃ……」と小さな声で呟いたのが聞こえる。どうやら先程の乱心を覚えているらしい。


「シーナさん大丈夫だった?」


 そうアントネッラが声をかけると、シーナは頬を真っ赤に染めながら狼狽える。


「申し訳ございませんでした! あの、誰もお怪我をされませんでしたか……? あ、あと薬草は……?」


 自分の事ではなく、隊の者と薬草を気遣うところはシーナらしいとリベルトは思った。

 

「ああ、我が隊の者も、薬草も傷ひとつついていないから安心してくれ」

「……ありがとうございます。私、どうしても芋虫が苦手で……」


 そう、シーナは幼い頃、薬草内に付いている芋虫に気づかず素手で潰してしまった事がある。今でも思い出す……あの何かが潰れる感触。そして気づけば手に青い液体がついていたのである。

 あれが今でも尾を引いており、シーナは芋虫が大の苦手なのである。


「それは……ご愁傷様っすね」

「確かにそれは引きずっても仕方ないかぁ」

「想像するだけで鳥肌が立ちますね」


 シーロもアントネッラも、エリオスもシーナが芋虫を嫌っている理由に納得する。


「火事場の馬鹿力というやつだろうか。よく木の枝で芋虫だけを狙えたな。以前武術か剣でも習っていたことはあるか?」

「いえいえいえ……流石にそんなのは習った事ありませんよ!」

「では本当に無意識に行っていたのでしょう。シーナさんの薬草愛は凄いのですね」


 エリヒオに驚かれ、穴があったら入りたい気持ちのシーナ。せめて話題を……と思い、新たな話題を振る。


「あ、ここにも様々な薬草がありますから、そろそろ探しませんか?」

「良いだろう。だが、毎回気を失われてしまっては困るからな。シーナさんが薬草を見つけたら、我々はその周辺を確認して……万が一芋虫がいれば他の場所に逃してくれ」

「承知!」


 そして花畑の大捜索が始まったのであった。

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