6、薬師の弟子と、新たな薬草畑
シーナは気恥ずかしいまま、山の入り口へと向かう。
リベルトが話していた通り、山の入り口にはポルニカで彫られたであろう木彫刻が両側に置かれており、入り口の存在を主張していた。まとまって歩いていたリベルト隊だったが、入り口前で一旦止まる。そしてリベルトが指示を出した。
どうやら隊列を組むのだとか。
先頭はエリヒオ、フラビオ。彼らは魔法で斥候のような役割をこなす事ができるらしく、周囲に魔力を張り巡らせて魔獣の感知を担当するそうな。そしてその後ろにリベルトとシーナ、最後尾にアントネッラとシーロ。リベルトは魔獣の出現時にシーナを守る事も含めて、異変が起きたら対応する役割らしい。最後尾のシーロはシーナが触れなかった植物に触れ、魔力を持つ薬草を探す役目、それを守るのがアントネッラらしい。
その隊列のまま、山の入り口に足を踏み入れようとしたその時。
「あ! 見つけました! これはシムフーガですね。これは根が薬になるのですが、解毒で使われる薬草です! あ〜、これひとつひとつが花なんですね――」
先程の空気はどこへ行ったのやら……目を輝かせて楽しそうに笑うシーナ。手際良く根っこまで引っこ抜き、ロスから借りた魔法袋にしまい込む。昨日の時点で村長には「調査のため草を抜く場合がある」と告げており、許可も得ている事を知っていた彼女は、容赦ない。
後ろにいるアントネッラは変わり身の速さに笑いを噛み殺しながら地図へと名前を記載する。そして気を引き締めて念の為魔法を展開しようとしていた先頭の二人は、彼女の叫びに緊張の糸が一旦途切れてしまったらしい。エリヒオは半笑い、フラビオは口をあんぐりと開けてシーナを見ていた。
視線がシーナに集まっているのだが、彼女はそれに気づく事なく嬉々として薬草採取をしている。幾ばくかすると満足したのか、シーナはくるりと振り返って他のリベルト隊たちに満面の笑みで告げた。
「お待たせしました! 次の薬草探しに向かいましょう!」
彼女の楽しい、楽しい薬草探しはまだ始まったばかりである。
それから暫くして、幾つもの薬草を見つけ標本と称して最低限の採取をしていたリベルト隊は道なりに歩みを進めていた。シーナは周囲に目を光らせながら様々な薬草を探し当てる。時に先導しているエリヒオやフラビオが以前の調査で見た事のある薬草を見つける事もあった。
最初は草が多く生えていた道を歩いていたリベルト隊であったが、暫くするとポルニカが多く生えている場所に辿り着く。
その場所は村の者たちが歩き回っているからか、草が生えている場所が少ない。シーナが辺りを見回していると、リベルトが呟いた。
「この辺りはなさそうだな」
「そうですね。村の方々の出入りが激しいのでしょう。ですが、見た限り今まで見つけた薬草ばかりで新たな薬草は無さそうです」
「ここだけに生えている薬草が踏み潰されていたら、それはそれで困るからな。まあ、良かったのかもしれない」
リベルトの言葉に同意するシーナ。本当は、正直言えば、踏み荒らしてほしくないのであるが、木こりから見れば大事なのはポルニカであって雑草に気を配っている暇はない。そこは仕方がないのだろう……と思うようにはするのだが、どうしても後ろ髪を引かれる想いだ。
踏み荒らされた薬草を見ているシーナに思うところがあったのか、リベルトは話を変えて彼女に話しかけた。
「ところで、シーナさんは王宮内に薬草畑ができる事を知っているか?」
「え、そうなのですか?!」
思わぬ食いつきにリベルトは一瞬肩が飛び跳ねそうになる。彼女の豹変した姿に、彼は未だ慣れない様子。
気押されながらも、リベルトは返事をした
「あ、ああ。現在ある一角を薬師室用に取り押さえていると殿下が以前話していた。現在薬草が育つようにと土壌を改良している最中だとラペッサ様が仰っていたが……」
「そうなのですね。確かにヴェローロの王宮でも希少な薬草は育てていたような気がします」
「ああ。希少な薬草が王城内で育てられれば、より早い薬の作成ができるからと言うのが殿下たちの考えだな」
「仰る通りですね。貴重な薬草が自分の手で育てられる良い機会だと思います! ああ、むしろ私もそれに関わらせてもらるのでしょうか?」
ニコニコという可愛い表情ではなく、ニタニタと笑う彼女にリベルト以外が引いている中、彼だけはシーナの表情を気にする事なく同意する。
「薬草畑は薬師室が管理すると聞いている。シーナさんも管理に関わる事ができるはずだ」
「本当ですか! 嬉しいです! なら、薬草畑に蒔くための種なども必要になりますね〜! あれば採取しておきましょう」
「ふむ、それは良い案だと思う」
「殿下からお借りした魔法袋の容量が非常に多いので、色々持ってきて良かったです! あ、リベルト様、もし採り過ぎているようでしたら教えて下さい!」
「分かった」
向日葵が咲いたようにリベルトに笑いかけるシーナと、それを優しい瞳で見るリベルト。そしてそんな二人を温かい目で見る後続二人と、「あのリベルト隊長が――」と言わんばかりの瞳で驚きを隠せないエリヒオたち。
そんな不思議な空気の中。丁度ポルニカ林を抜けた彼らは、目の前に現れた光景に目を奪われたのだった。