2、薬師の弟子の、指名依頼
シーナが顔を上げた後、王宮薬師室に所属している人たちを紹介される。
まずはカリナに顔が似ている男性。彼女が男性になったら彼のようになるのだろうな、と思えるくらいそっくりなのはセベロ。シーナが思った通り、カリナとは兄妹で、5歳離れているという。
彼ともう一人のオドオドとしている……本人曰く口下手らしい……のはトニョ。この二人はサントスによって薬師の適性を見出され、薬師室へと所属したのだそう。
「元々王宮魔術師として働いてたんだけどさ、俺らそこまで魔力が多いわけじゃなくてさぁ……。薬師長に誘われて二年くらいは魔術師じゃなくて薬師として勉強してたんだよね」
「ラペッサ様の……本の編纂をしながら……勉強しましたね……」
「そう。だから少しは知識があると思うんだけどさ、なかなか実践が難しくてさぁ〜」
「それはお兄様が大雑把すぎるからじゃない!」
昨年所属したカリナも含め、彼らは現在王宮や貴族が受注する薬の作成を中心に行っているらしい。彼らが作っているのはタクライを使用して作成する薬やポルニカ症の症状を抑える薬など、基本的な薬が多いとの事。そのため、今後の課題は受注の少ない薬を作成する事らしい。
そして眉間に皺を寄せてシーナを見ているのは、サントス・ロマディコ。元王宮魔術師で、薬師の必要性を訴え続け、ロスやラペッサの後押しを得て薬師室を立ち上げた張本人である。医者の診断書、もしくは患者の症状を自ら確認し、そこから患者の薬を調合することができるのは現在彼だけなのだそう。彼自身が診断書を見て判断をした後、薬師室顧問であるラペッサに確認を入れてから薬を処方する仕組みらしい。薬を輸入するよりも早い対応だと、非常に好評で薬師室が受け入れられているのも彼の頑張りによるものだという。
やはり個別対応の出来る薬師がいるのといないのとでは、格段に評価が変わる。それはシーナ自身も身をもって理解していた。勿論、カリナたちの仕事も非常に大切ではあるが……実際師匠のマシアがシーナに店を任せるようになったのも、個別対応の客の薬の処方ができるようになってからだった。
彼女が個別対応を始めた頃は、胡散臭い目で見られたものだ。「なんでマシアじゃねーんだ!」と怒鳴られた事もある。マシアはそんな客にこう言い返していた。
「いつまでもあたしが元気でいると思うな! もしあたしが1ヶ月後に死んだら、薬師はシーナしかいないんだ! その時シーナが対応できなかったら、お前らは『なんでできないんだ!』って文句を言うのか? あ? 後進を育てるのも仕事のうちだ! それにあたしゃ、無理だと思ったらお前の対応なんかさせてないわっ」
と客を怒鳴りつけていた事がある。結局その客はシーナに謝罪し薬を処方したのだが、後日「処方してもらった薬がよく効いた」と詫びを持って訪れている。そんな記憶があるので、個別対応できる薬師は非常に重宝されるのである。
だから、元宮廷魔導師だった彼がラペッサの確認があるとはいえ、個別対応できる事を聞いてシーナは彼を尊敬した。今でこそ慣れたが、最初は客の症状を聞いて適切な薬を判断すると言う事が非常に難しかったからである。
凄いなぁ、と思ったシーナはサントスに顔を向ける。しかし、目が合ったと思った瞬間に彼は顔を背けた。
なんとなく相手が自分に良い感情を持っていないだろうと言う事にシーナは気づいたが、少しずつ接していけば仲良くなれるだろうか、と意気込んだ。
それからの日々は、シーナからすれば天国のような日々だった。
毎朝、工房の準備をしているソフロニオやミゲラに挨拶をした後、王宮の薬師室に向かい、更衣室で支給された服……シーナが薬屋の時着ていたローブに似た、前にボタンがついている白い服を着てから業務開始時刻に部屋へ集まり朝会議が始まる。
サントスから薬の作成の要請があれば、朝一で指定された分の薬を作成し、それが終わればラペッサが編纂した本の続編――これは王宮薬師にしか配られない本らしい――の勉強に費やす。そして分からない事があれば、自ら実践して試したり薬師室にある他の本を確認したりして、再度知識を叩き込んでいった。
特にカリナやセベロ、トニョからは「なんでそんなに手際が良いのか」と尋ねられ、「昔から作っていたから」と答えれば、驚かれた。そして彼らからの要請で、薬を作る光景を見せてもらい助言する。するとその助言が目から鱗だったらしく、以前より薬作成が早くなったと喜んでいた。
そんなある日のこと。普段のように出勤し、朝会議が始まる頃。
普段であれば視線の合うことのないサントスとシーナの視線がぶつかった。
「シーナさん、貴女に仕事が入りました」
「どのような仕事か」と尋ねるため口を開こうとしたシーナだったが、その前にサントスが話し始める。
「貴女にはリベルト隊と共に、現地調査へ行ってもらいます。貴女なら得意でしょう? 今はそこまで多忙ではありませんので、貴女が居なくてもこちらは問題ありませんから」
第三者からすれば、少し棘があるように聞こえる言葉。実際サントスは絶対零度の視線をシーナに送っている。暗にシーナがいる必要などないとも取れる言葉。カリナたちがその言葉の裏の意味に気づき目を見開いてサントスを見ている一方で、シーナは呆然と彼を見つめている。
彼女に嫌味が通じたのだろうと鼻で笑っていたサントスだったが、次の言葉で眉間に皺を寄せた。
「ええっ?! よろしいのですか? 現地調査は当分できないものだと思っておりましたので、楽しみです! 調査に向かうのはいつですか?」
周囲の困惑を他所に、シーナは嬉しさのあまりぐいっと顔をサントスに近づける。また野生の薬草を見れるなんて、と大興奮だ。
そんな彼女の姿を見て、カリナたちはシーナが薬草や薬が大好きである事を悟る。なんともいえない空気が全員を包み込んだのだった。