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4、薬師の弟子は、商人と話す

 二人が出ていった後、シーナはメレーヌから購入したパンを頬張った。

 心残りは薬草以外ない、なんて思っていたが、このパンが食べられなくなると思うとぽろっと涙が溢れる。食べたパンは少ししょっぱい味がした。

 

 その後商店街に向かい、挨拶回りをしながら旅のために必要な服や靴、それ以外の必需品も用意する。

 事情を話せば最初は哀れみの視線を送られるので少々居心地悪かったが、本人がそこまで気にしていないと分かれば、皆笑顔で送り出してくれた。


 最後に立ち寄ったのは、師匠の代からお世話になっている商店。一応魔法袋の中に入れて魔具を持ってきたのだが、その返却も含めて商店の店員であるネーツィへと挨拶しようと店を訪れる。

 

 生憎彼は外出中で戻るのは夜になると言われたため、出立前にまた訪れる事に決めた。




 翌朝。

 昨日残しておいたメレーヌのパンを食べていると、扉をノックする音が耳に入る。口の中の物を飲み込んでから「はい」と声をかけると、そこに居たのは昨日会えなかったネーツィがいた。

 

 

「早朝に申し訳ございません。シーナさんが王都を発たれると聞きまして、挨拶に伺いました。昨日我が商店にお越しいただいたようで、大変失礼いたしました」

「ネーツィさん! こちらこそ、わざわざ来て下さってありがとうございます。ご多忙でしょうから、私からお伺いしましたのに……」

「シーナさんたちにはお世話になっておりますから、私が出向くのが筋、というものです。ところで、いきなり王都を出立されるとは……何が起きたのでしょうか?」



 昨日は商店の店員に王都を出立する、という伝言をお願いしただけだったため、理由については告げていなかった事に気づく。

 シーナは頭に疑問符を浮かべている彼に昨日起きた事を簡潔に話した。



「成程、王子……いえ王太子殿下が契約書面を破ったのですね」

「はい。師匠は以前『あの契約書面は宰相にしか破れない』と言っていた気がしたのですが、王太子殿下だから破れたのでしょうか?」



 今まで思っていた疑問をそれとなく聞いてみると、彼は顎に手を置いて考える。



「話によるとシーナさんが宰相様と結んでいた契約は、『術契約』というものでしょう。重要な契約を締結する際によく利用されるものです。この契約は契約者の魔力を書面に込める事で、同じ魔力を持つ者しか破れないようになるのです。つまり今回で言えば、シーナさんか宰相様でないと書面は破れません」

「ですが、王太子殿下が目の前で破られたのですが……」

「はい。術契約も完璧なものではありません。抜け道があります。それは、変化の指輪と呼ばれるものを装着する事です。変化の指輪は、指輪をしている人物の魔力を触れた物に残っている魔力に変化させる事ができます。先程殿下が『赤い指輪をした』と仰っていましたが、きっとそれが変化の指輪でしょう」

「つまり、変化の指輪で宰相様や私の魔力に変化させて契約書面を破る事ができた、という事ですか?」

「仰る通りです。宰相様は昨日より馬車で二日程の伯爵領に出張されている、とお話を聞いています。そして国王両陛下は外遊のため先週から王城にはいらっしゃらない……マグノリア様はこの隙を狙われたのでしょう。エリュアール侯爵家はマシア様の事を敵視しておりましたから。機を狙っていたのでしょうね」

「知らないうちに、巻き込まれていたんですね……」

 

 

 発注が来るから卸していただけなのに、と思ったが、確かに侯爵家から見ればシーナたちは邪魔者でしかないのだ。

 また以前のように全ての発注を侯爵家に集中させたいからこそ、策を練って追い出したと言う事なのだろう。

 

 国外追放なのはそのためだろうか。

 

 第三者目線で見ていれば、あっぱれと思っただろうが、対象は自分。どっと疲れが肩にのし掛かったような気がした。


 

「そのために私の居場所が奪われたのですか……なんか複雑です」

「ふふ」



 ため息を吐いている彼女を見て、笑みをこぼすネーツィ。シーナは少し笑われたように見えて、ムッと顔を顰めた。

 


「ネーツィさん、どうして笑ったのですか?」

「ああ、すみません。先の事を考えておりまして、少々笑みが溢れてしまいました。誓って貴女を笑ったわけではありませんよ」

「……そういう事にしておきますね」



 ネーツィが言うのなら本当なのだろう。

 今まで取引をしてきて、一度も彼はシーナを騙したり、嘘をついたり……こちらが不利益を被るような行動を起こした事がない。

 こんな事で嘘はつかないと思う、なんて彼女が考えている事などお見通しなのか、「ありがとうございます」と満面の笑みで言われてしまった。

 

 

「ちなみにどの国へと行かれる予定で?」

「あ、師匠からお勧めされた隣国の王都へ向かおうかと思っています」

「それは良いかもしれませんね。ナッツィアでは確か露店販売が許可されております。シーナさん程の腕があれば、そこでも薬は売れると思いますよ。それにここから一番近い……と言っても最速で一週間はかかると思いますが、今後薬を販売するのであれば妥当な判断だと思います。それでしたら先に渡しておきましょう」


 

 そう言ってネーツィから小さい袋を渡された。

 首を傾げてみれば、中には見たことのない物が入っていた。よく見てみると、絵柄は違うが、お金のように見える。バッと顔を上げて彼を見ると、ネーツィは悪戯が成功した子どものように微笑んでいた。



「これは、お金ですか?」

「ええ。隣国で使われているお金です。シーナさんは魔法袋をお持ちだとマシア様からお聞きしているのでお持ちしました。あ、勿論、貴女に差し上げます」



 その言葉に思わず目を見開いて彼を凝視してしまう。するとその意味を理解したかのように、彼は笑った。



「それは貴女が作った薬の対価、ですよ。先月納入分の薬で売れた分をお持ちしました。契約上は納入分全て完売してから、となっておりますが……今回は特別ですよ? 向こうで大量に両替するよりは、こちらから幾分か持っていった方が良いのではないか、と思った次第です。残りの分はまた改めてお持ちします。無駄遣いをしなければ、一ヶ月は暮らしていける金額はあると思いますが、露店申請する際に銀貨一枚必要になりますので、それだけは残しておく事をお勧めします」

「ありがとうございます」

「その上でひとつお願いがございます」



 首を傾げれば、ネーツィはにっこりと笑って言った。



「現在シーナさんは私共の商会にも薬を卸していただいてますが、落ち着いたらで良いですから、あちらでも薬を卸していただけないでしょうか? ナッツィアの王都にも我が商会の支店がございますので」



 思わぬお願いに目をしばたたかせる。

 自由の身になったとは言え、これから全く何もない状態から生活していかなくてはならないのだ。生活に必要な収入をどうするか、それは悩みどころだった。

 だからナッツィアでの露店販売を収入源の一つにしようと思っていたのだが……彼女は効能が、と殿下から追い出された身。そんな自分が薬を卸していいのか、不安だった。


 露店販売であれば全ての責任が自分になる。だからどんな罵詈雑言も自分が受ければ良いのだが、商店へ卸すとそれが全て店舗の販売員が受ける事となる。それが申し訳ないと思うのだ。

 


「ですが、私は効能が低いと言われて追い出されたのですよ? そんな私の薬を取り扱ってもよろしいのですか?」



 その言葉に目を丸くしたネーツィだったが、すぐに微笑みを湛えた。



「そんな事はありませんよ。貴女の卸してくださった薬は効能が高くて評価も高い。必要とされる人が多いので、納入していただけると助かります。また落ち着いた頃に改めてご挨拶に伺おうとは思います」

「ありがとうございます……ですが……」



 彼は褒めてくれるが、シーナは少々自信が無くなっていた。そんな彼女の様子に気づいたのかぽつん、と呟く。



「……そうですね、ひとつ予言をしましょう」

「予言……ですか?」



 そう言ったネーツィは人差し指を自分の口に当て、小さな声で呟いた。



「近い将来、貴女の国外追放は取り消されます、これが予言です」

「え、でも……」

 


 契約も破棄され、王太子様から国外追放されたのに? と尋ねようとしたシーナだったが、自信満々に片目を瞑るネーツィを見て、言葉を呑み込んだ。

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