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1、薬師の弟子と、初めての出勤

 合格が決まったその日、シーナはソフロニオとミゲラへと報告する。彼女の合格が嬉しかったのかミゲラには抱きしめられ、ソフロニオは少し涙ぐみ――シーナは、二人からの「お祝い」と称してミゲラ特製の腕によりをかけた食事を楽しんだ。

 ソフロニオからは、「ミゲラと服でも買ってこい」と言われお金を渡される。シーナは登城用の服を数着(一着以外は勿論自分のお金)で購入したのだった。


 それが終わると彼女はリベルトから渡された物を再度確認する。合格通知と共に渡されたのは2冊の本である。一冊はラペッサ編纂の薬学本。この本は一度回収されていたが、リベルトが合格通知を持ってきた際に、以前使用していた物を持ってきてくれたのだ。王宮薬師は一人に一冊支給され、自由に書き込みもして良いとの事だった。

 そしてもう一冊は中身が何も書かれていない本。こちらは以前ニノンから預かった本と装飾が似ていた。これは研究時に結果などを書き留めるように使用する本……筆記帳と呼ばれており、ラペッサから「書き留める用に使って欲しい」と渡されたものらしい。普段書いている紙と比べて厚みがあり、インクが裏に滲まないため両面使用できる事に驚いた。しかも使い終えたら新しい物を支給してもらえるときた。シーナはラペッサに感謝した。


 初めての出勤は一週間後だったため、シーナはとにかくラペッサ編纂の本を読み込んだ。この数日でシーナの知識も書き込み、一目見れば本の内容と自分の知識が把握できるようになった。と言っても、読み込んだ際に覚え直しもしたので、忘却した時に使用するのだが。

 最初の数日は食事の購入以外一歩も外に出る事をしなかったため、ミゲラに非常に心配されたのだが――特に食事と睡眠面で――目の隈もなく、食材も購入していることから規則正しい生活をしていると判断されたらしい。たまにお裾分けに様子を見に来てはいたが、シーナにとっては勉強と薬作成が好きなだけできたので、幸せな日々を過ごしていた。


 

 そして出勤初日。

 ソフロニオの工房が開く頃、シーナは準備を終え部屋を出た。今日の服は勿論ミゲラに選んでもらった紺色で無地のワンピースだ。そしてついでに購入したカバンへ以前貰った薬学本と筆記帳と筆記用具を入れている。


 階段を降りると見覚えのある格好の男性が階下に立っているのが見えた。リベルトだ。彼は工房の方を向いて話をしている事から、ソフロニオと喋っているらしい。

 階段を降りると、驚いた表情のリベルトがいた。



「おはようございます、リベルト様。今日はどうされたのですか?」 

「おほほほほ、シーナちゃん。リベルト様はきっとシーナちゃんの事が心配で来たのよぉ〜」

「……殿下よりお迎えを仰せつかりましたから」

「あら、違ったかしら?」

「先程そのように伝えたではありませんか」

「そうだったかしら? うふふふふ……」

 


 リベルトは引き攣った笑いでミゲラを見るが、彼女はその視線に怯む事なく微笑んでいる。何かを諦めたであろう表情をしたリベルトは、シーナに手を差し出した。



「今日から王宮薬師としてよろしくお願いいたします、シーナさん。我が隊はロス殿下直属ですので、関わり合いになる事が多いと思います」

「こちらこそよろしくお願いします。心強いです!」


 

 そして二人は握手をする。その様子を遠くで見ているミゲラは満面の笑みで覗いていた。



 王城の途中の分かれ道でリベルトと別れたシーナは、大きく深呼吸をした後、逸る気持ちを抑えて歩き出す。王宮薬師という道を自分で掴み取ったのだ。嬉しいに決まっている。それに薬や薬草の事に集中して良いのだ。この数日間で似たような事をしていたが、それが仕事として出来るなんて……!と感動だ。

 踊り出しそうな足元を引き締め、シーナは教えてもらった薬師室へと歩き出す。そして道が交差する場所に差し掛かったその時。


 横から飛び出してきたのは女性だった。彼女からほんのりとタクライやハムルスの香りがする。良い香りだな、なんてぼんやりとしていたシーナに話しかけてきたのは彼女の方だった。



「ああ、すいませ〜ん! 前見てなくてぶつかっちゃいました! 大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です……えっと、薬師様?」



 薬草の香りがするのなら、きっと王宮薬師だろう。そう判断したシーナは彼女を薬師様と呼ぶ事にした。王城には平民も勤めているとは聞いているが、薬師質に関しては貴族の子息令嬢のみだと聞いている。彼女も貴族だろうと判断した。


 そんなシーナの言葉に目をぱちぱちと瞬かせる彼女。そして不思議そうに尋ねた。



「貴女の言うとおり、私は薬師だけど……どうして分かったの?」

「えっと、薬師様からタクライとハムルスの香りがしましたので……睡眠薬でも作っているのかと思いまして」



 そう答えれば、彼女は目をまん丸にした。



「当たり! さっきまで部屋で睡眠薬を作っててね〜。依頼した同僚に渡してきたところだったのって、すっご〜い!! 香りで何の薬かが分かっちゃうだなんて! ねえ、貴女時間ある?」

「え?」

「これは良い人材だわ! ラペッサ様に報告をしなければ!」

「あ、あの……」



 何度も声をかけようとするが、彼女の耳には入っていないらしい。ダメだ、聞こえていない……と最終的にシーナは諦め、置いていかれないように走り続けた。


 幸い足がもつれ引き摺られる前に、薬師室にたどり着く。だが、シーナは久しぶりの運動で身体が疲れ切っていた。座り込みそうになる足を叱責して立ち上がると同時に、女性は大音をたてて扉を開け、中にいるらしき人々に大声で話しかけた。



「素晴らしい人材を発見しました!」

「……カリナ。扉は静かに開閉するようにと何度伝えれば、貴女は出来るようになるのでしょうか?」

「ひっ……薬師長……すっすみません……」



 普段言われ続けている事なのだろう。彼女の顔は真っ青になっている。シーナを掴んでいる手を思わず離したくらいだ。何度も注意されているのかもしれない。シーナはその隙に息を整え、顔を上げる。すると目の前にいる男性は眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。


 彼は見覚えがあった。そう、以前この部屋に来た時に居た男性……確かサントスだ。


 シーナは彼と視線が合ったので、頭を下げる。すると彼の眉間の皺が更に深くなった。



「素晴らしい人材と言うのは彼女の事でしょうか?」

「はいっ! 彼女は私を一目見て……は違うかな。薬草の香りで私を薬師だと見抜きました! しかも薬草の種類まで――」

「一旦落ち着きなさい」

「はいっ!」



 鋭い視線で言葉を遮られたカリナは、気をつけの姿勢で固まる。



「貴女は一度着替えをしてきなさい」



 ため息と共に出された言葉に、カリナは「了解しました!」と答え走り去っていく。サントスとシーナは嵐のような彼女が部屋に入るまで、その背中を見つめていた。

 パタン、と扉が閉まる音と同時にサントスはシーナの方へ顔を向けた。その表情は険しく、まるで彼女を睨みつけているように見える。


 そこで挨拶をしていないからだろうか、と判断したシーナはサントスに自己紹介をしようと口を開こうとした。だが、その前に後ろの扉から聞き覚えのある声が聞こえた。



「あら、シーナさん! 早いのね」

「ラペッサ様。本日より、よろしくお願いいたします」

「そんな固くならなくて良いのに……あら、サントスもおはよう。今からシーナさんの紹介をするから、会議室へ集合するように伝えてもらえるかしら?」

「承知しました。では五分後に会議室で顔合わせを行いましょう」

 


 そして五分が経ち。シーナは元宮廷魔道士の隣で緊張から固くなっていた。ラペッサはシーナの隣に立ち、顔合わせが始まる。

 先程着替えに戻っていたカリナも、シーナが薬師室の関係者であると流石に気づいたらしく、静かにこちらを見ていた。



「王宮薬師試験を突破したシーナさんよ。今日からこの王宮薬師室で皆さんと共に薬師として働いてもらう事となりました。シーナさん、自己紹介をお願いするわ」

「シーナと申します。よろしくお願いします」



 名前を告げて頭を下げれば、拍手の音が聞こえた。恐る恐る顔を上げてみれば、カリナと両側にいる男性二人が満面の笑みで手を叩いていた。

 サントスは引き続き眉間の皺は消えないが手を叩いているし、ラペッサも嬉しそうに手を叩いている。シーナはこれからこの場所で頑張ろう、と言う気持ちで再度頭を下げた。

 

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