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幕間 テランス(黒いフードの男)

「テランス、帰ってきた早々で悪いが……君にお仕事だ」



 帰って早々、テランスは上司であるコンスタンに呼び出された。こんなに仕事があるなんて、珍しい……そう彼は思っていた。

 

 テランスは侯爵家に雇われてはいるが、元々しがない村の出身だ。彼は薬師の師匠であったオババ――村のみんながそう呼んでいたので、実際の彼女の名前は知らないが――に勧められ、試験を受けた結果合格して今に至っている。

 合格したのも三年ほど前であるため、下っ端の下っ端である。

 薬の作成もコンスタン辺りになれば、侯爵家からの命令で特殊な薬を作らされることがあるものの、彼は平民で下っ端である事から指名される事はなく、店舗で売るような汎用品を大量に作るのが彼の仕事だった。


 そんな自分の初指名が見張り。そして次の指名……なんとなく薬に関わらない事のように思えて仕方がない。

 眉間に皺を寄せて「なんでしょうか」と尋ねれば、コンスタンは彼の肩をポンと叩き、真剣な表情をしている。あ、これマズい案件だ、と思った瞬間、コンスタンが口を開いた。



「マグノリア様の護衛を兼ねて、薬師として放浪の旅に出てくれないか?」

「……はっ?」



 普通であれば咎められるその返事も、コンスタンは咎めない。それほど彼にとっては青天の霹靂である事を知っているからだ。

 実際テランスの頭の中は混乱を極めていた。



「コンスタンさん、質問してもよろしいですか?」

「なんなりと」

「まず、マグノリア様とは、侯爵家の長女であらせられるあの、マグノリア様でしょうか?」

「その通りだ」



 ちょっと待て、とテランスは言いたかった。聞きたい事が沢山ありすぎた。何から聞けば良いか分からず混迷を極めているテランスと、どう伝えるべきか困惑しているコンスタンの微妙な空気の間に入ってきたのは、マグノリア本人であった。


 

「色々あってね、侯爵家を追い出される事になったの」

「はぁ?! 何故ですか?! お嬢様はあんなにも薬作りを頑張っていらっしゃったじゃないですか!」



 テランスが来たのは三年ほど前であるが、既に彼が来た時にはマグノリアはこの薬師室に馴染んでいた。最初にコンスタンからその事を聞いた時には目が飛び出そうになったくらいだ。

 確かに彼女は両親との仲がお世辞でも良いとは言えない、と言うことは知っていた。だが、侯爵家の令嬢が追い出されるとは?

 彼女が必死に両親に振り向いてもらおうと努力していた事を知っていた彼からすれば、何故マグノリアが追い出されなければならないのか、理解できなかった。むしろその努力を認めるべきであるはずなのに。


 マグノリアはテランスの口から飛び出た言葉に、目をまん丸にして驚く。そして微笑んだ。



「コンスタン、貴方、良い人を私の供につけてくれてありがとう! 彼となら旅ができそうだわ!」

「お嬢様のお眼鏡に叶ったようで良かったです。と言う事でテランス、よろしく頼むな」

「私が旅に出る理由は、改めて話すから。今は一緒に行ってもらえないかしら?」



 そう笑って二人に言われてしまえば、テランスに残されたのは頷く事だけである。こうして、彼はマグノリアと二人、修行の旅へと出る事になったのだった。


 旅立ちの準備は早かった。


 マグノリアはテランスが帰ってくる前に、既に準備を終えていた。満面の笑みで「お祖母様からいただいた魔法袋は確保しておいたわ! テランスも荷物を私の魔法袋の中に入れて良いわよ」と言われたので、恐縮しながらも薬用の道具に関しては入れさせてもらう事になった。

 代わりに魔法袋はテランスが持ち、マグノリアには肩掛け鞄を持ってもらいハンカチなどの必要最低限の物を持ってもらう事にする。

 

 

「テランスは側から見たら、どっかの頑固親父にしか見えないからな。テランスから盗む奴はいないだろう」



 とはコンスタン談である。

 元々村出身で平民の暮らしをよく理解しており、厳つくてマグノリアの護衛だと思われるような男、テランスは彼女の旅にうってつけだったと言える。

 テランスも幾つかの道具を新調してもらい、恐縮する。だが、これも先行投資だというコンスタンに従い、有り難くもらっておく事にした。


 

 準備は早々に終えたが、二人の出立は翌日に持ち越される。

 

 そもそもテランスが帰ってきたばかりなのだ。本当はすぐさま侯爵家を出るべきなのだろうが、幸い侯爵家の面々にはマグノリアが薬師室にいる事に気づかれていない。

 多分彼女が見つかる事はないだろうとは思うが、早めにここを出るべきではあると本人も理解しているので、マグノリア自身が明日の早朝出発する事に決めていた。


 夕食後、テランスは自身の与えられた部屋で最後に寛いでいた時、扉をノックする音が耳に入る。どうぞ、と声をかければそこにいたのはコンスタンだった。

 彼は部屋に入ると空いている椅子に座って話し出した。


 

「いきなりで済まなかったな」

「いえ、コンスタンさんの言い分を聞いたらなんとなく俺が適任かな、と思いました」

「そうなんだよな。他の奴だと居なくなれば上に気づかれる可能性があるんだが……お前は新人だし、言い方は悪いが平民だからな」

「まあ、そもそも上は俺の存在すら知らなそうですが」

「……まあな」



 滅多に来ない上司だ。新人で平民のテランスなど把握していないだろう。だからその分コンスタンの元で自由にできたのだろうな、と思う。

 


「まさかお嬢様と旅に出るとは思いませんでしたが……」

「まあ、お嬢様がお前を気に入ってくれて助かったよ。それでだな、本題はこっちだ」



 そう言って差し出されたのは二つの袋である。そのうちの一つを受け取ると、手にずっしりとした重みを感じた。

 中を開いてみると、そこにあったのは金貨である。刮目してコンスタンを見るテランスに、コンスタンは首を縦に振った。



「これは軍資金だ。テランス、お前にはお嬢様を守る事もそうなのだが、もうひとつお願いしたい事がある。それが、お嬢様が行きたい場所にお連れして欲しい」

「行きたい場所に、ですか?」

「ああ。帝国でもナッツィアでも、教国でも……ファルティアだけは難しいかもしれないが、行きたいと言ったところに連れて行ってくれ。もし国境を超えたい場合は、これを使用してくれ。それがお前の身分証だ。お嬢様の分もある」



 手渡されたのは二枚のカード。一枚は自分の名前が書かれており、もう一枚はマグノリアと書かれたカードと、リアと書かれたカードの二枚がある。

 

 

「お嬢様のカードは、念の為偽装用も用意しておいた。お嬢様と相談して使用してくれ」

「……わかりました。ですが、どうしてここまで……?」



 テランスは不思議で仕方ない。

 目の前にある金貨ともうひとつの袋……銀貨と銅貨が入っていたが、軍資金と言えども大金である。このお金をコンスタン個人が出せるのだろうか、と疑問に思う。

 それに、他人の、しかも偽装用のカードまで彼一人で作成できるのだろうかと考えていると、完全に顔に出ていたらしい。ハハハ、と笑いながらコンスタンは話す。



「流石に侯爵家の薬師になるくらいだ。それくらいの頭はないとな。だが、これ以上は口外してはならない話になるが、聞くか?」

「……少しだけお願いします」

「それなら触りだけ話すな。このお金とカードの出所は俺じゃない。俺の上司が用意したものだ」

「上司?」



 コンスタンの上司と言えば、薬師室に滅多に訪れない侯爵たちを持ち上げて褒め称えているあの人たちが思い浮かんだのだが――彼は首を横に振った。

 


「お前が考えている上司じゃないぞ。違う人だ。その上司が、さっき話した事を望んでいるんだ」

「お嬢様が色々な場所へ行く事を、ですか?」

「ああ。俺の上司……あの方とするな。あの方はこれから旅をするマグノリア様に期待をしていらっしゃる。その期待のための先行投資だと言っていた。まあ、お前にはなんだか分からないかもしれないが」

 

 

 全く分からない。唯一分かった事は、とにかく彼女が行きたいところに自分が連れて行けば良い、と言う事だ。


 

「もし何か困った事があれば、商業ギルドに相談すると良い。その時にギルド職員にはこれを渡してくれ」



 手渡されたのは一通の手紙。テランスは両面を一瞥した後、荷物の中へと大切に仕舞い込んだ。



「なるべく使わないように頑張ります」

「まあ、そうだな。それは最終手段で頼むよ。そうだ、金貨については持ち歩くのが大変だろう? さっき手渡したカードを商業ギルドで使えば、口座が作れるはずだ。そこに入れておくのも手だな。テランスの口座を作っておくと良い」

「お嬢様ではなく、俺ですか?」

「ああ。あの方はお嬢様に支援している事を話していないらしい。時が来たら話すと言っていた。お前にはもし聞かれたら、軽く話して良いと許可を得ていたから話した」



 自分には分からない何かが裏で動いているのだろうな、とテランスは思ったが、それを知ったところで、平民である彼にはどうにもならない。

 信頼できるコンスタンが信用している上司だ。悪い事にはならないだろうとテランスは考えた。



「分かりました。俺はともかく、お嬢様の護衛と旅のお供を頑張ります」

「ああ、気楽に行ってきてくれ。行き先はきっとお嬢様が決めてくれるはずだ」

「……気楽に行けるでしょうか?」

「……分からないな。まあ頑張れ」



 丸投げかー、と思ったがコンスタンの言う通り、頑張るしかないか、と思った。その後、コンスタンは話し終えたのか颯爽と部屋を出て行く。テランスは先程渡された袋の中身を再度確認し、カードをマグノリアから借りている魔法袋に入れてから横になった。




 そして翌日早朝。

 侯爵家でも滅多に使われない裏口からマグノリアとテランスは旅立って行った。全員が見送りに行けば怪しまれてしまうので、見送りはコンスタンだけだったが。


 手を振るコンスタンが見えなくなった頃、テランスはまず商業ギルドへ向かう事を提案しようとしてマグノリアに声をかけた。



「お嬢さ――」

「テランス、お嬢様は流石に街中だと目立つわ。名前で呼んでもらえると嬉しいのだけど」

「名前ですか……?」



 流石にお貴族様を名前で呼ぶのは――と考えていたテランスに、マグノリアは話を続けた。



「ええ。それに私はもう貴族じゃないもの。ただのマグノリアよ。薬師のマグノリア。でもそうねぇ、いきなり呼び捨ては呼びにくいわよね……」


 

 無言で首を振るテランス。顔に似合わず小心者である彼からすれば、マグノリアを名前で呼ぶ事すら胃が痛いのだ。

 悩むマグノリアだったが、良い案を思いついたのか満面の笑みでテランスに告げた。

 

 

「なら、リアって呼んで欲しいわ!」

「ええっ!?」



 あだ名は更に難易度が高すぎるのでは、と青褪めるテランス。



「マグノリアだと、私が侯爵令嬢だったって事に気づく人もいるでしょう? だから偽名でリアにしようかと思って」

「成程、それでリア様ですか……」



 それなら呼べるかもしれない、と安堵したところにマグノリアから突っ込みが入る。



「ちゃんとリア、と呼び捨てで呼んでね?」

「えっ?!」



 こうして押し問答した結果、慣れるまでテランスはさん付けで呼ぶ事になった。平行線を辿っていた言い合いをしている時のマグノリアは、憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情をしていたのだが、その事に二人とも気づく事はなかった。

商業ギルドで口座を作った二人のその後〜


「テランス、貴方は確か村出身だったわよね? どこの村かしら?」

「タニセッタの街の近くにある小さな農村ですね」

「じゃあ最初はそこに行きましょう!」

「え゛っ?!」



*第三章に進む予定でしたが、マグノリアの旅立つ話は入れたかったので、ここで入れさせていただきました。今の所、もうひとつ幕間を入れるかどうか悩んでおります。入れるかもしれないし、入れないかもしれません。

 それで少々次の更新までお時間をもらうかもしれませんが、今後もシーナたちをよろしくお願いします。

 

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― 新着の感想 ―
コンスタンなのかコンスタンスなのか表記揺れ気になる
>「テランス、貴方は確か村出身だったわよね? どこの村かしら?」 >「タニセッタの街の近くにある小さな農村ですね」 >「じゃあ最初はそこに行きましょう!」 >「え゛っ?!」 あら〜(*´꒳`*) お…
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