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幕間 副商会長の受難

 シーナ嬢が出立して幾許か経った頃。

 そろそろナッツィア王国には着いているだろうと、思いを馳せながら私は店の奥で仕事を行っていた。あのように話していたので、ナッツィアの支店でもきっと作成した薬を卸してくれるだろう。

 この時はそのように期待してた私の想いはまさか身内である店員によって粉々に砕かれるとは思わなかったのだ。




 それから幾許か。待てど暮らせど、ナッツィア支店から薬を購入したという話は届かない。風の噂でリベルト隊が旅をしていた薬師の一般女性に協力を依頼して、薬草の調査を行ったとの情報を入手したが……なんとなくシーナ嬢のような気がする。

 それを鑑みても、そろそろ王都に着いて落ち着いている頃ではないだろうか。

 シーナ嬢の薬はナッツィア支店で完売するほど売れ行きが良かった。現在隣のパン屋に勤めている弟のフランに聞いてみるが、シーナ嬢の頃と比べて薬屋に入っていく顧客はどんどん少なくなっているそうだ。一番は店員のやる気がない事、シーナ嬢の薬よりも質が低い事が挙げられる。

 こちらでもシーナ嬢の薬だと周知させれば、売れ行きは上がるはずだ。ナッツィア支店もヴェローロ支店も彼女に支えられていると言っても過言ではない。有能な薬師である彼女と繋いでくれたマシア様に感謝しなければならない。

 


 ある日、タリオが真っ青な表情で私宛の手紙を持っていた。父の隣でウン十年。彼がこんなに表情を変えるのは珍しい、と訝しげに思いながら差出人を見る。

 一枚目はパメラ。パメラといえば、ナッツィア支店の店員の一人だ。しかも速達で手紙が届いている。嫌な予感を覚えながらも、もうひとつの手紙の差出人を確認した――。


 差出人は「リベルト・ベルナルド伯爵令息」


 私はヒュッと息を呑んだ。リベルト・ベルナルド伯爵令息と言えば、第二王子殿下の側近。国内の情報に関しては(第二王子)の知らないところがないと言われている。そんな彼の側近。

 頭の中で警鐘が鳴る。問題が起きたとすれば、ナッツィア支店。震える手でリベルト様の手紙を取り出し、読み始めると私は頭を抱えた。



「……坊ちゃん、何が書かれておりますか?」

「……ナッツィア支店の者が、シーナ嬢に乱暴を働いたとの事だ」

「……まさか!」

「とにかく、私はリベルト様の手紙を読む。タリオはパメラからの手紙を」

「畏まりました」



 そして二人で手紙を読んだ後、交換する。リベルト様の手紙も、パメラの手紙もシーナ嬢に対する店員の態度――パメラに関してはそれ以外の事も書かれていたが――についてだった。

 パメラの手紙には客観的に見たシーナ嬢とデニスのやり取りが書かれていた。


 まず私が渡したカード、あれを偽物だと決めつけて破ったという行為だ。あのカードは店舗ごとに本物かを判断する機械がある。そのため、まずカードを出されたら、それが本物かどうかを鑑定するべきなのだ。それが我が商店の規則のひとつ。だが、彼は鑑定する事なく勝手に偽物だと決めつけて破りつけたとパメラからの報告書には書かれている。言語道断だ。

 しかもあのカードには副商会長である私のサインを入れていた。「ネーツィ」という名前を見れば、全員が私を思い出すはず。それすらも知らないで商店に働いているのかと思うと……何故こんな男を幹部は見抜けなかったのかと疑問に思う。


 ふと思い出し、彼が異動する際に認められた手紙を書類箱の中から取り出した。

 異動する際、将来の幹部候補は商会長と副商会長の承認が必要となる。デニスも将来の幹部候補としてナッツィアに異動となったため、その際に彼の人柄について、仕事振りについて、を客観的に判断した幹部の手紙も読んだが、商会に勤めてからは問題なさそうだった。


 問題はそれ以前だ。元々あの男は商店に放り込まれる前はやりたい放題の毎日だったと言う。見かねた男爵である父親が遠縁の我々を頼って受け入れたに過ぎない。

 商店に来てからは大人しくなったと聞いていたが……人の本質は変わらないのだろう。

 幹部の目があったから大人しくしていただけで、幹部の目が離れた事から本性を現したのだろう。ナッツィアではなく、ヴェローロへと異動させ、タリオと判断した方が良かったのかもしれない。


 パメラの手紙を読み終える。

 彼女の最後の方は筆跡がぶれていた。何か思うところがあったのかもしれない。それは彼女に会った際に確認を取るとして……


 リベルト様の手紙とパメラの手紙を双方読み終わり判断できるが、彼は我が商店で決まっているルールを全て破っていた……完全に理解した上で破っているのだろうなと思う。


 以前父からの報告を聞いた時は、模範になるような接客と仕事振りだと役員からは認められており、幹部の一人となるべくナッツィア支店へ異動させたと話を聞いたのだが……本店の幹部役員は彼の裏の顔を見抜けなかったに違いない。



「タリオ、現在本店で働いている幹部と、彼を推薦した者を上げてくれ」

「畏まりました」

「ちなみに今父は何処にいるか知っているか?」

「現在はアズリエル教国で交渉中かと」



 父は根っからの商売人だ。半分隠居のような形を取っていて、帝都にある商店は幹部に任せているのだが、シーナ嬢の件を聞いて、教国に向かったと言う。

 元々販売よりも交渉ごとが好きなお方だ。

 今回も「困難を極める」交渉ごとに胸を高鳴らせているだろうな。

 

 

「速達で連絡を頼めるか? 私は急ぎナッツィア支店に向かう。デニスとそれ以外に関する処罰とシーナ嬢に対する謝罪は私の方で決めると伝えてくれ。それについては現地で確認を取らなければならないからな」

「承知しました」



 そうして急ぎ、私はナッツィアへと向かったのである。


 

 ナッツィア王国へ辿り着いた私に接触してきたのは、リベルト隊の一人であった。彼から隊長が呼んでいるという旨を聞かされた私は、急いで身なりだけを整え、彼の後についていく。

 そして呼ばれた場所は、第二王子殿下の執務室であった。


 殿下は満面の笑みで私を見ているが、その瞳に温かみがない。



「我が国の店舗は誰でも務まると思っているのかなぁ?」

「今までがそれで回っていたようですから、仕方ない事ではありますが」

「だけど、流石にあれは無いと思いますねぇ〜」



 私は頭を下げ口を閉じる。目の前にいるのは滅多に会う事がないであろう王侯貴族たち。雑談のように話してはいるが、全てが私に対する言葉である。殿下の両隣にいる側近たちに追随され、私は顔を上げる事すらできない。

 全員が言いたい事を言ったのかは分からないが、話が途切れる。そして殿下が私に顔を上げるよう伝えた。そしてじっと私の目を見た後、ニコッと微笑んだ。



「まぁ、君はヴェローロ支店にいたのだから、把握できていないのも仕方ないと思うよ。だけど、今後はこういう事がないようにして欲しいね」



 ぐうの音も出なかった。

 副商会長として事実把握できていなかったのだ。デニスが商店へと入る前は少々横暴なところがあるというのは聞いていた。商店で働く事で改心したのだろう、くらいに軽く思っていたが、そこが問題だった。彼は本性を隠していたが、幹部候補として異動してから本性を隠さないようになった。つまり幹部になったつもりでいたのだろう。

 詰めが甘いものは、いつかは露見するのだ。


 別にヴェローロをタリオに任せて本店で彼を見極めることも出来たのだ。逆も然り。

 父も私も幹部の目を信じ過ぎたのだろう。



「肝に銘じます」

「シーナ嬢は我が国の功労者の一人だ。そして君の店に勤めているパメラ嬢は我が国の国民だ。あまり粗末に扱わないでもらえると嬉しいね」

「……双方から話を聞いた上で、然るべき対応を取らせていただきます」

「よろしくね」



 その後すぐに私は王城を辞した。

 情報を入手していた、旅していた薬師がやはりシーナ嬢だったと結論づけて。


 再度宿で着替え、私はグエッラ商店へと足を運ぶ。そして残念ながら、デニスは副商会長の顔すら覚えていない事が判明し、私はガックリと肩を落としたのだった。

 明日(8月22日)の投稿はお休みさせていただきます。

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