8、薬師の弟子は、順調に薬を販売する
*前半はシーナ視点、後半はシーナの露店の前に店を出している男の視点です。
シーナが周囲から見たらどのように見られているか、を後半で書いてみました。
「一旦落ち着いたかな?」
エリヒオたちが帰ってから一時間ほど経った頃。一通り押しかけていた客に薬を販売し、シーナはひとつため息をついた。午前中は全く売れる気配がなかった薬が、現在半分以上売れていた。
彼らの手に渡った薬がきちんと効果を発揮するようにと、シーナは祈るだけだ。
側に置いてあった水筒を手に取り、一口飲んだところで「シーナちゃん」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「ミゲラさん! ソフロニオさん!」
なんと目の前に現れたのは、工房で仕事をしているはずの二人だ……と、そんなシーナの考えを読み取ったかのように、ミゲラは微笑んだ。
「昨日露店で薬を販売すると聞きましたからねぇ〜。ちょっと心配で見に来たのよ。ねぇ、貴方?」
「……ちょうどミゲラの薬も切れていたからな」
「あら? ごめんなさいね、素直じゃなくて。貴方が工房でソワソワしていたのを見たから来たのよ〜。ほら、大丈夫じゃない」
「俺は心配してないが」
微笑んでいるミゲラに反発するソフロニオだが、彼は口で勝てない事を悟ったのか、話を切り替えて商品の話をシーナに振った。どうやらミゲラがポルニカ症を発症した可能性が高いらしく、目の痒みがあるのだと言う。シーナは目の痒みに効く目薬を取り出した。
「こちら目の痒みを抑える目薬です。一日二回、朝晩つけてみて下さい。酷い時は昼に一回増やしてみて下さい。薬なので、一日三回を上限に使用して下さい。それでも痒ければ、強い効能のものに変えるか、他の薬を併用するのもありです」
「詳しく教えてくれてありがとう。それじゃあ、こちらをもらうわ〜」
目薬の代金を受け取り、商品をミゲラへと渡した。
「はい、ありがとうございます……ですが、言っていただければ、お作りしてお渡ししましたが――」
「いやいや、そんな事しなくていいのよ? それに薬のついでにシーナさんの様子を見に来ただけだもの。ただ、もし次薬が切れたら、お願いしても良いかしら? お金はきちんと払うから」
「勿論です! その時は教えて下さい!」
「ふふ、まだ来てから一週間しか経っていないとは思えないくらい、こちらも良くしてくれてありがとう。これもシーナさんがうちに家を借りているからこそできる特権かしら?」
「そんな、特権と言うほどでも……」
ミゲラとの会話は続いているが、ふと感じる視線。気のせいだろうか。
視線が減ったと感じた頃。ミゲラとソフロニオは休憩終わりが近いから、と帰っていく。手を振って二人の背を見送った後、また薬を購入する客が増えたのだが、シーナはその事に気づかなかった。
エリヒオ達が帰った後と同じように、薬を購入する客が増え、シーナは一生懸命客を捌く。
露店って大変なんだなぁ、と客足が落ち着きシーナが少し疲れを見せ始めた頃、見覚えのある男性がこちらへ歩いてきた。
勿論、リベルトである。
シーナは驚きに目を見開く。てっきりエリヒオ達だけだと思っていたから、まさか彼が来るとは思わなかったのだ。周囲が先程よりも騒々しくなる中、彼は堂々とこちらへと向かって歩いておりシーナの店の前で立ち止まった。
「リベルト様、薬を購入していただきありがとうございました」
「いや、こちらこそ助かった。礼を言う……ちなみに、店は順調か?」
「はい! お陰様で今この場に出ている商品で最後になります! まさかここまで薬を購入してくださるお客様がいるとは思いませんでした」
あれだけ大量に作ったと思った薬だったが、売れ行きが好調だったためか、もう既に持ち込んだ在庫は底をついていた。
特にポルニカ症の症状を軽減する薬が非常によく売れている。パメラが言っていたように多めに薬を作成したが予想以上だ。そう告げれば、彼は胸を撫で下ろす。
「……それなら良かった。私も保証人になった甲斐があると言うものだ」
「ありがとうございます。ここまで販売できたのは、エリヒオ様たちのお陰です。最初は全く売れる気配がなかったのですが、エリヒオ様たちが帰った後から、目が回りそうなほどお客様が増えました! 本当にありがとうございます」
そう告げて頭を下げると、リベルトは首を縦に振って答えた。
「ああ、皆にもそのように伝えておこう。っと、そうだった。私も薬を購入したいのだが、良いか?」
「勿論! なんの薬でしょう?」
「ポルニカ症の薬だ。目の痒みと鼻水を抑える薬はあるか?」
「ありますよ。ですが、リベルト様もポルニカ症なのですか?」
見た感じ、彼は目も赤くなっていないし、鼻も啜っていない。不思議に思っていると、「ああ」と納得したような声を出した。
「いや、私ではなくダビドだ。そこまで重症ではないのだが、先程薬を切らした、と慌てていたからな。商業ギルドへと用事があるついでに、シーナさんのところで薬を購入してくると話していたのだ」
「そうでしたか! 商品が残っていて良かったです」
そう笑って話すシーナに彼はお金を手渡す。商品を受け取ったリベルトは、彼女の店をぐるりと見渡した。そしてふと気づく。
「シーナさん、私が書いた保証人書類は飾っていないのか?」
「え? 保証人書類ですか?」
本日準備前に商業ギルドへ向かった時、ギルド員から許可証を受け取っている。その許可証は見えるところへ飾っておくようにと言われていたが、以前もらった保証人書類は鞄の中へしまってあった。
「保証人書類は鞄の中へしまってあるのですが……」
そう言いながらシーナはそれを取り出す。
「ああ、それだ。次からはそれも一緒に飾っておくと良い。私のお墨付きであるという事が分かるからな。自画自賛するようで恥ずかしいが、王都で私の名前は知られているはずだ。シーナさんの助けになると思う」
「そうなんですね。ありがとうございます。次は許可証と一緒に飾っておくようにしますね!」
そう意気込むシーナにリベルトは微笑む。そんな二人のやり取りを周囲が見ていたのだが、二人は気付かずに少しだけ話し込んだ。
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「おいおいおい、あの子、やばくね?」
シーナの向かいの店で出店していた男は、ぼそっと呟いた。
最初は初めて見る子だな、と思った。準備もモタモタしていたし、開店してから呼び込みもあまりしない。多分露店で販売するのは初めてだろう、と当たりをつけた。
彼の勘は当たり、通りすがりの婦人が彼女に話しかけた時「初めての出店です」と言っていたのを聞いて、やっぱりなと思ったくらいだ。
露店は何を売ってもいいと謳っているが、実は露店で売っても売れない商品というものもある。その中に薬も入っているのだ。
薬は現在この王都ではグエッラ商店一強。しかも品質がよく、価格も控えめという事でそちらを購入する人が多いのだ。
グエッラ商店で販売する薬の大部分は、隣国ヴェローロ王国で唯一平民でありながら王宮へ薬を卸しているというマシアと、その弟子が作成していると言われている……いや、現在はマシアの弟子が全てを納入しているのでは、と風の噂で聞いた事があるが……そうだとしても、王都の人間は、グエッラ商店の薬を購入するのだ。
今まで何人か薬売りを見てきたが、値段が高かったり品質が悪いとかで最終的に彼らは消えていった。だから目の前の彼女も商店の薬という高い壁に当たり、売れないだろう……そう思っていたのだが。
「エリヒオ様が来たと思えば……なんでリベルト様とも楽しそうに話してるんだ?! 彼女は何者だ……?」
第二王子殿下直属近衛隊……通称リベルト隊と呼ばれる彼らは、普通の近衛隊とは異なる。近衛隊と言うが、近いのは王家の影だと言われている。
第二王子殿下の命を最優先とし、基本国内の治安維持や情報収集に携わっているらしい。らしい、と言うのはその業務が多岐に渡るため、結局一介の商人に過ぎない彼が手に入れられる情報などそんな無いからだ。
だが、リベルト隊の顔はよく知られている。
そもそも隊員の容姿が美しく、一目見たら忘れられないから、と言う事もあるのだが、彼らは任務のない時は週に何度か、衛兵と共に見回りをしているからである。
リベルト隊は隠れファンクラブもあると言われているが、真相は定かではない。他の王宮勤めに比べて、民衆へのお披露目が多いのは確かだし、彼らも気さくだからか評判も良い。
そんな彼らが贔屓にする薬師だ。そりゃ、人気が出るのは当たり前だ。
エリヒオが彼女の事を「腕の良い薬師だ」と言っていた。しかもその部下である彼らも個人的に薬を買っていく。その事が周囲の客にどれだけ衝撃を与えたか。その上、保証人がリベルト・ベルナルド伯爵令息……貴族の保証人など、露店販売ではあり得ない。
彼もここ十数年ほど店を出しているが、貴族が保証人になっている者など一人もいなかった。
それだけでも驚くべきことではあるが、さらに度肝を抜いたのは、ソフロニオとミゲラとも楽しそうに歓談していたところだ。
ミゲラは薬師ではないが、当人も簡単な薬は作る事ができる。父が薬師だった事もあり、薬の良し悪しについては非常に詳しい人物だ。彼の父が薬屋を止めたのは、歳だからというのも勿論だが、グエッラ商店の薬の品質に追いつけない、と思ったかららしい。
そんな彼女が認めているのだ。買いに走る人も多いだろう。
しかも家を貸している……つまりシーナはソフロニオにも認められている、と言うわけだ。あの頑固で大の大人でも逃げそうな人相の彼に認められる者は少ない。それにソフロニオは休憩時間であっても工房営業中は一歩も外へ出ない事で有名だ。
休憩中であるとはいえ、この場にいる事自体が異常だし、彼女を気に入っている証拠だろう。
しかも家を借りて一週間。シーナは何をして二人に気に入られたのか……不思議である。
だが、彼女は運も良かったのかもしれない。
最近グエッラ商店で販売している薬の質が落ちているのではないか、と言う噂だ。現在客は、惰性でグエッラ商店の薬を購入しているが、もし……もし……彼女の薬が商店の物より効き目が良かったら? お察しだろう。
先刻、次の販売は来週だと彼女は言っていた。その時に今日来た客の中でどれだけが常連客になるか楽しみである。
男は最後の客に「毎度あり」と声をかけた後、店を畳む。そして自身も薬を購入するために彼女の店へと歩き出した。




