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6、薬師の弟子は、登録をする

 商業ギルドに着き、リベルトから貰った書類を手にシーナは受付へと歩く。

 ちなみにリベルトはシーナと共に窓口に行かず、話が聞こえるであろう場所に待機するという。


 いつも使用している受付へと足を運ぶと、以前部屋を借りた場所とは、受付が異なる事を教えてもらった。

 複数ある受付のうち、露店販売に関しては専用の受付が用意されており、一番右に設置されている受付で行われるそうだ。その受付は他のに比べると特殊なもので両側に仕切りがついており、こぢんまりとしている。露店受付等、重要な書類を作成する場合は、この場所を使用するのだそうな。


 シーナはこの受付の担当であろう、暇そうに欠伸をしている男性ギルド職員に声をかけた。



「すみません。露店の登録をしたいのですが」

「はいは……い」



 受付に座っている男は、シーナを頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見る。その表情は彼女を見定めている、そんな顔だ。彼女が若い女性だからだろうか、相手の男は背もたれにだらしなく座り、改めて彼女の顔を見て鼻で笑った。



「貴女のようなお嬢さんが何を販売するのです?」



 どうやら相手はシーナを侮っているらしい。眉間に皺が寄りそうになったシーナだったが、彼の前で変えてはそこを煽られるだけだろう。顔に力を入れて、澄ました表情で書類を提出する。



「私が販売するのは薬です。こちら必要書類です」



 シーナはリベルトから貰っていた保証人関連の書類と、昨日商業ギルドを出る時に調達していた申請書をカウンターへと置く。そしてついでに昨日ラペッサが編纂した本を確認しながら作成したタクライを原料とした薬を取り出し、書類の横へと置いた。

 何かが置かれた音に反応しカウンターの上を一瞥した男だったが、それだけだ。彼はその書類を手に取って見る事もしない。それどころか――。



「いやいや、お嬢さんが薬を販売ですって? 冗談はよして下さい! 聞きましたよ? 貴女、グエッラ商店へ薬を売ろうとして、断られたのでしょう? そんな女の薬なんて、売れるはずがないじゃないですか。身の程を知った方が良いのではありませんか?」

「……」

「おや、図星ですか。でしたら諦めて――」



 肩を竦める男。

 露店販売は禁止事項を守っていれば、誰でも露店を開けるのではなかったか。目の前の男は暗に「お前が薬なんて作れるはずがないのだから、見栄を張るのはやめるべきだ」と言っているよう。

 露店販売が登録できなければ、シーナは現金収入を得る事ができない。どう対応すべきだろうか、と悩んでいると後ろから誰かが歩いてくる雰囲気が感じられた。すぐに後ろを向けば、そこにいたのはリベルトだった。



「どうした? 何か私の書類に不備があったか?」

「リベルト様……」

 


 最初は「うるせえな」とでも言いたげに、男の眉間に皺が寄っていた。だが、顔を上げてシーナの後ろにいたのは、リベルトである。彼の顔を見た瞬間、男の表情が強張った。後ろにいる男性が只者ではないと判断したからだろう。

 過剰な装飾はないが、軍服を纏っているのは一目瞭然だ。受付の男はそれを見て只事ではないことに気づいたのだ。

 


「いえ、その件なのですが――」

「あっ、申し訳ございません! 今から確認する所です! お待たせして申し訳ございません!」


 

 リベルトの登場で、空気が一変する。シーナの言葉を遮った男は、後ろにいるリベルトにぺこぺこと頭を下げながら、書類を確認した。そして保証人――リベルトが記入した書類を見て、彼は目をまん丸に見開いた後、シーナとリベルトへ交互に視線を送った。

 挙動不審な男の姿を見たシーナが、声をかける。



「何か不備がありましたか?」

「いえ……今のところ……問題ありません」



 男は少々怯えている様子で、先刻まで一度も手を付けなかった書類を慌てて読み込んでいる。そして保証人の書類へと手をつけると、男の顔色は読み込むごとにどんどん悪くなっていく。そして全て読み終えたらしい男は、恐る恐るリベルトへと視線を送った。



「あの、貴方様は……」

「今回彼女の露店販売の保証人となる、リベルト・ベルナルドだ」



 「ひぃっ、第二王子殿下の……」と小さな悲鳴が聞こえたが、リベルトもシーナも聞こえなかった振りをする。


 男は引き続き書類を読み込み、最後の一枚になったところで手が震え始めた。



「あの、リベルト様……おひとつ確認をさせていただきたいのですが、こちらの押印はベルナルド家のもので間違いございませんか?」

「ああ、勿論だ。当主にも許可を得ている。この件でギルド長と話がしたい。時間を取る事ができるだろうか」

「か……畏まりました。少々お待ちくださいませ。」



 そう告げて、受付の男は立ち上がる。右手には書類を、左手には先程シーナが出した薬を持っていた。リベルトの視線に怯えたのか、彼はそのまま一度も振り返る事なく扉を閉めて去っていった。



「リベルト様、ありがとうございました」



 男が個室から出ていった後、リベルトは彼女の隣にあった椅子へと座っていた。ギルド長との事前連絡のない面会だ。少々時間が掛かる事を見越して、彼はシーナに許可を得て座っていた。

 彼女は隣に立っていたリベルトへとこっそりお礼を伝える。すると彼はにっこりと微笑んだ。



「シーナさんのお役に立てて良かった」

「声をかけていただいて本当に助かりました。もしかしたら露店登録すらできない可能性もありましたから」

「あの男、書類すらまともに見ていなかったな……」



 リベルトは額に手を触れた。

 露店販売は販売する品物によって多少の違いはあるが、品物が販売基準を超えれば問題なく露店に登録する事ができる。

 薬に関しては登録する際に販売する予定の品をひとつ所持し、その品質が問題なければ売り出す事ができる。ただし、販売初日は品質確認のためにいくつか無作為に手に取ったものの品質を確認するし、その後も定期的に品質確認には来るが。


 だが、彼はそもそも彼女の書類を受け取ろうとせず、圧力で露店登録を止めさせようとしたのである。非常に悪質だ。


 しばらく二人で会話していると、そこに現れたのは先程踏ん反り返っていた男ではなく、以前住居探しの際にお世話になったカルメリタだった。



「お待たせして申し訳ございませんでした。お部屋へは私の方でご案内いたします」



 カルメリタの表情は強張っている。保証人相手がリベルトだからだろうか。全員無言のまま、彼らは廊下を歩いていった。

 



 案内された部屋へ入ると、目に入ってきたのはハンカチで額を拭いているふくよかな男性だ。シーナたちがカルメリタに案内されソファーへと座ると、その男性も同時にソファーへ座る。そしてハンカチを畳み、ズボンのポケットへと仕舞い込んだ。

 カルメリタは軽く頭を下げた後、入ってきた扉とは別の扉に入る。しばらくして彼女は奥から出てきたが、お皿に置かれた茶請けとお茶を持ってきたらしい。

 彼女によってお茶が目の前に出された後、相手の男の人が言葉を発した。



「バッテンバーグ支店長、エウリコと申します」

「話し合いの時間を設けてくださり感謝する。私はリベルト・ベルナルド。そして彼女は――」

「シーナと申します」 

「シーナさん……もしかして、先日ソフロニオさんと契約された方でしょうか?」

「はい。その件ではカルメリタさんに良くしていただき、ありがとうございました。お陰様で楽しく過ごしております」

「それは良かったです」



 エウリコがそう答えた後、三人の間に一筋の風が吹いた気がする。その後は誰も言葉を発することなく、気不味い空気だけが場を支配した。

 それを破ったのがリベルトである。



「単刀直入に話そう。第二王子殿下より通達が届いたと思うが、そちらは確認していただけただろうか」

「はい。薬の購入に関する件ですね。ですが……」



 チラチラとエウリコはシーナを見る。部外者である彼女がいるため、その事を告げても良いのか迷っているのだ。リベルトもその事は理解しているようで、「今報告する必要はない」と首を振る。


 

「その件は改めて報告に上げてもらえると助かる。今回はそれとは別件で商業ギルドのある職員がグエッラ商店に肩入れしている可能性についての話だ。本日、彼女が露店の登録をしようと受付へ申し込んだのだが、相手の男性は手続きを取る事なくシーナさんを(なじ)っていたのだ」

「そうでしたか……カルメリタ、今日の露店受付担当は誰でしょうか?」

「本日はビダルですね」

「やはり……」



 エウリコは「失礼」と二人に声をかけると、ポケットからハンカチを取り出し汗を拭く。尋常ではない汗の量に、彼の緊張が手に取って見える。汗を拭き取った後立ち上がったエウリコは、またハンカチをポケットに入れてからシーナに向けて頭を下げた。



「実は我がギルドの調査でもビダルが商店に肩入れしているという話があり、現在裏を取りつつ彼の処罰について考えている最中でございました。我がギルドの対応が遅く、このような事が起きてしまったのは私の失態です。シーナさん大変申し訳ございませんでした」

「……これは仮定の話にはなるが、もし彼女だけで登録に来ていたら、彼は書類を受理しなかった可能性が高い。それにシーナさんがグエッラ商店で薬の販売を拒否された事を知っており、それを盾にしていたようだった」

「シーナさんには大変不愉快な思いをさせてしまい申し訳ございません。この件に関しては後ほどビダルに渡していた録音具を回収し、裏を取らせていただきます。そして証拠が上がり次第、処罰を決定させていただきます。先程お持ちいただいた書類については、責任を持ってカルメリタが対応いたしますので、ご安心ください」


 

 そう告げたエウリコとカルメリタは深々と頭を下げた。ビダルという男性は一年前にギルド職員として採用された。最初はギルド内部の仕事を行なっていたからか、その気がある事に気づかれなかったという。周囲が彼の態度に疑問を持ち始めたのは二ヶ月ほど前らしい。元々自分より若い職員、女性に限る――に対しての態度があまりよろしくないと苦情がで始めたのだ。

 調査が始まると若い女性職員への横暴な態度以外にも、グエッラ商店から提出された書類を優先に扱う事が多くなったとの話も出てくる。その矢先に今回のシーナの話だ。それがギルドでは禁忌である「特定の店への贔屓」に繋がるとして、見過ごせない状況となってしまった。


 シーナは何度も謝罪するエウリコに頭を上げるよう伝えた。

 


「ありがとうございます。私としてはリベルト様のご協力により露店販売の登録を受理していただけたので、気にしていません。カルメリタさん、よろしくお願いします」

「承知いたしました。ギルド長、私は先にシーナさんの登録を済ませて参りますので、これで失礼します」

「……よろしく頼みますよ」

 


 彼女は再度礼を執ってから、足早に部屋を出ていく。

 部屋の中に残された三人は、彼女の背がドアに隠れるまで彼女を見つめていた。

明日の投稿はお休みです。

よろしくお願いいたします。

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