4、薬師の弟子は、パメラと話し合う
リベルトたちが訪れた翌日。
気分転換に、とシーナは市場調査と手紙を送ろうと商業ギルドに訪れた。
手紙はネーツィ宛である。
昨日勉強がひと段落した時に、彼へとカードが破れてしまった事に対しての謝罪のために手紙を書いたのだ。
商業ギルドに手紙を預けた後、シーナはギルド員に声をかけて地図を借りた。
王都バッテンバーグは南門、北門、西門と三つある。南門はリベルトたちと出会ったトッレシアに繋がっており、最終的にはヴェローロへ辿り着く。西門はアズリエル教国、グラスター帝国に繋がっている。そして最後に北門はファルティア王国に繋がっているわけだ。
他国に行くのであれば、必然的にこの王都を通る事になるようだ。これであれば王都の人間だけでなく、旅人も多いのだろう。
ギルドの地図で分かるのはここまでか。できたらこの周囲の山々も探査したいと思うが、この様子であれば試験後になるだろう。
息を吐いた後、地図を返却しようと筒状にしてから顔を上げると、そこには昨日グエッラ商店にいた店員のパメラが立っていた。
「あれ、えっとパメラさん……? 何か御用でしょうか?」
「いえ、手紙を出しに来たらシーナさんがいらっしゃったので、お声をかけようと思いまして。少々お時間よろしいですか?」
「あ、はい。私は大丈夫ですが、パメラさんのお仕事は……」
「今日は元々休みの日ですから」
そう言ったパメラの案内で、商業ギルドに併設されているカフェに案内された。
ギルドの賑わいとは反対にそれはあった。ヴェローロの商業ギルドにも併設されていたが、基本商談系は薬屋内で問題なかった事もあってシーナは入ったことが無かった。
いざ店内に入ると思った以上に広々とした空間が広がっており、正面奥はテラス席という事もあり日当たりも非常に良く、開放的な店内だ。
そして入り口左側にカウンターがあり、パメラ曰くそこで商品を注文してから席に着く仕組みという事らしい。パメラは紅茶を、シーナは水を注文してから席へと向かった。
パメラは左側の通路を歩いていく。こちら側は個室のようだ。二人は空いていた個室へと入り、扉を閉めた後に席へと着いた。
誘われてここに来たのは良いが、何を話せば良いのだろうか……そう躊躇っていると、パメラが机の上の魔道具を起動させてから話しかけてきた。
「先日の件に関してですが、私の方で副商会長宛に手紙をお送りしました。少々時間が掛かるとは思いますが、沙汰についてはお待ちいただけると幸いです」
そう頭を下げながらパメラは続ける。
「最初から話を聞いていましたが、デニスは貴女を見て嘘を吐いていると言い、実物が出されたにもかかわらず、品質鑑定する事なく偽物であると決めつけたような態度……店員の対応としてはあり得ません……あのような態度を冗長させたのは、私や他の店員に他なりません。そのまま放置していた事、そして貴女に実害が出てしまった事、大変申し訳なく思います」
頭を下げているパメラに顔を上げるように伝える。そしてデニスの事を聞いてみた。
しどろもどろになりながら教えてくれた話によると、彼は帝国のある男爵家……グエッラ家の遠縁らしい……の次男である。元々は帝国にある本店で働いていたが、半年前にこちらへ異動してきたという。
他国の支店へと異動になるのはグエッラ商店では幹部候補のみと考えられており、異動になった本人からすると栄転なのだ。だからデニスも数年こちらで働けば、帝国へ戻る。そしてその後幹部へと昇格する、という流れらしい。
そのため店長やそれ以外の店員は、デニスに対して注意する事なく彼の言いなりなのだそうだ。特に従業員の中で女性であるパメラを、度々見下すような発言をし、彼らはその度にデニスへと同調してきた。だから彼が増長しているのだろうと。既に今の時点で「俺は将来の幹部役員だ」と威張っているらしい。
その話を聞いて口を突いたのは疑問だった。
「……帝国ではもっと真面目に働いていたのでしょうか」
シーナが店員と言って思い出すのは、ネーツィである。彼は双方の利益享受を掲げ、マシアが居なくなった後も良くしてもらった。
店員からも慕われている彼をみていたからこそ、デニスの違和感が半端ない。
パメラもシーナの言葉に眉を顰める。
「私もそれが気になり、一度帝国の店舗に知り合いがいるので話を聞いてみましたが……本店では非常に模範的な店員として慕われていたと聞きました。こちらに来て本性を現したのかもしれません。それ以前は爵位を棚に上げて横暴な態度を取る方だと噂がありましたので」
「本当かは分かりませんが……」と彼女は呟く。それ以上は口をつぐんだので、シーナは追求しない。あとは商店に対応して貰えば良い。
薬は露店販売すれば良いのだから。……何の商品を作ろうか、それにもう少し時間は掛かりそうだが。
ぼーっとそんな事を考えていたシーナ。だから彼女は気づかない。目の前にいるパメラが哀愁漂う瞳でこちらを見ていたのを。
「それよりもシーナさん。薬を売るあては見つかりそうでしょうか?」
「あ、はい。露店販売する事にしました」
「……うちで買い取ってもらえないなら、そうなりますよね……」
そう話すパメラは申し訳なさそうな表情だ。
「大丈夫ですよ! 元々この街に来たのは、露店販売で薬を販売しようと思っていましたし、当初の予定となんら変わっていませんから!」
慌ててフォローするシーナに、決意を宿した瞳でパメラは彼女を見た。
その意志の強い瞳にシーナは、ハッと息を呑む。
「シーナさん。もし宜しければ、今の季節どのような薬が売れ易いか、お話しさせてください。あの事があった以上、シーナさんが店を訪れにくいですよね」
「ですが、良いのですか? 売上に関する事を口外しても……」
いつどこでどの薬が購入されるか、販売履歴はその店の宝だと思っている。そんな情報をシーナが得て良いのか、と首を傾げるとパメラは真面目な表情で告げた。
「今までの傾向を見て、どんな薬が売れ易いか伝えるだけですから。多分、大丈夫ですよ」
シーナ個人としては非常に助かる情報だ。それに今一番欲しいものでもある。
「ありがとうございます」
そう彼女が頭を下げれば、パメラはにっこりと微笑んだ。
「今の時期はポルニカ、と呼ばれる木の開花時期なのですが、それが原因で起こるポルニカ症に効く薬は非常によく売れます」
「ポルニカ症と言えば、確か目の痒みや鼻水、くしゃみなどが頻繁に起こるという?」
「はい。特に我が国では周囲を山に囲まれていることもあり……そのためか、ポルニカが他国よりも非常に多く群生しており、ポルニカ症に罹る者も多いのです。開花時期は大体あと一ヶ月ほど続くと思いますので、薬は作成しても良いかもしれません」
話を聞いて、以前シーナの薬屋に訪れた客の中で、ポルニカ症を発症していたお客がいたのを思い出す。そう言えばその人の出身地はナッツィアだと言っていた。
ナッツィアは木材の輸出も非常に盛んなのだが、木材の中でもポルニカは非常に背丈が高く、真っ直ぐに育つため建築資材にうってつけらしい。そのためナッツィア産のポルニカ木材は、他国でも非常に良く売れるとパメラはが教えてくれた。
この国はポルニカをナッツィアの特産として見ているのだ。だから、それが無くならないようにポルニカを木材として切り出した後に、またポルニカの苗木を植える……植林というものをしているため、ポルニカが無くなる事はないと言われているそうな。
ポルニカ症は誰でも発症し得る病気だが、幸いなのはそれが死に至るような病気ではない事だ。だが、人によっては症状が重いようだ。
今の所ポルニカ症を治す薬は開発されていない。だが症状を軽減する薬はある。
ポルニカ症に効く薬は二つ。一つは鼻水とくしゃみを抑えるための薬。もう一つは目の痒みを抑えるための薬だ。一つで全てを賄えれば良いのだが、生憎それはなかなか難しい。薬の使用方法が異なるからである。
以前見た薬図鑑の中にポルニカ症について書かれていた項はあったが、時期は知っていてもどの地域に多いのか等は書かれていなかった。
ヴェローロでもたまにポルニカ症と思われる人がシーナの薬屋に訪れていたが、両手ほどの人数である事を思い出す。
今回もそれくらいなのだろうか。
そう考えているシーナにパメラは声をかけた。
「シーナさん。この地域はポルニカ症の患者が多いです。多分貴女が思っている数倍の人数かと思います」
「……そうなのですか?」
「はい。我が店の薬が売り切れるほどですから……」
深刻な表情でそれを伝えるパメラに気後れするシーナ。店の薬が売り切れる? そう聞いてシーナは少し多めの薬を用意する事に決めてから、はた、と思いつく。確か借りている本にもポルニカ症の項目があった。あそこは見ておくべきだろうと。
そしてパメラの話は続く。
「あとはやはりタクライ単体で作成されている薬でしょうか。症状が重い方には効きませんが、軽めの症状であればある程度の病を治してくれると良く購入されるお客様は多いです。後……この時期意外と多いのは、喉の違和感を取る薬でしょうか? 後は手荒れを治すクリームだとか、日常品で使用するような薬もあると良いと思います」
喉以外の薬は向こうの薬屋でも置いていたもの。やはり大元は変わらないらしい。あと喉に効く薬……これはニグラ、アルトバエラ、バーバスという名前の薬草を全て同量で調合すると喉の治療に特化させる事ができる。
その薬の材料も幸い幾つか残っているので、作れる分だけ作れば良い。
「ありがとうございます。次の露店販売の際の参考にします」
店舗に見に行けない分、パメラに話を聞けて良かったと思う。シーナが感謝を述べると、彼女は微笑んだ後に席を立った。どうやらこの後も用事があるらしい。
パメラの背を見送り、残されたシーナは全く手を付けていなかった水を半分ほど飲み干しながら、今回売り出す薬の量を決定した。その後頭の中で薬草や瓶などの必要量を鞄の中に入れておいたメモへと書き記し、家に帰って該当する数があるかどうかを把握しようと立ち上がった。




