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3、薬師の弟子と、師匠の思い出

 メレーヌと別れ、シーナは薬屋へ戻った。

 そして扉の看板を開店の文字に変えようとしたところで、ふと手が止まる。


 そのまま扉をくぐり、薄暗い店内を見渡した。



「……そうか、ここではもう薬が作れないのかぁ……」

 


 まるで自分の気持ちを代弁するかのような室内。

 心に影が差した。


 ……この薬屋は師匠との思い出が詰まっていた彼女にとっては実家とも呼べる場所。走馬灯のようにマシアとの思い出や、メレーヌとの思い出……様々な思い出が頭の中を駆け巡る。

 

 

 マシアは、シーナが2歳の時に孤児院から引き取ったらしい。

 らしい、と言うのは、この話を教えてくれたのはメレーヌの母だったからだ。

 

 彼女はシーナを孤児院から引き取った理由だけでなく、自分の過去についてすら頑なに話さなかった。知っているのはこの店を開く前は放浪していた、それくらい。

 

 シーナも一時期、彼女が自分を何故引き取ったのか、どうして育ててくれたのか……それを知りたかった時期があり、マシアに内緒で周囲に聞いたのだ。

 何も話してくれない彼女に痺れを切らしたシーナが以前お世話になった孤児院に薬を届ける際、そこの院長にも尋ねてみた事がある。

 その時院長から教えてもらった話では「気分だよ、気分。何となく薬師として大成しそうだと思ってね」という理由だったらしい。


 その話を聞いてから、シーナは過去を探るのを止めた。

 彼女に思惑があろうがなかろうか、自分にとって薬師は天職だと言う事には変わりがないからだ。院長の言葉が本当かどうかは分からないが、引き取ってくれた事実だって変わらない事に気づいたから。

 

 正直、本当に気分だったとしても、弟子として育ててくれたマシアには感謝している。


 そんな思い出のある薬屋を出る事に今更ながら抵抗があった。



「……それにしても、なんで国外追放にする必要が? 王都を追い出すくらいにして欲しかったな……」

 


 やっぱり理不尽、そう思う。


 そもそもの話。

 単に契約を切るだけではダメだったのだろうか。

 

 「立ち退き」という言葉は、まるで悪い事をしたような言い方だ。それが解せない。

 ふと思い立って、昨日作った薬を鑑定で確認する。マシアからお墨付きを貰っている商品ではあるが、もしかしたら、知らないところで質が落ちていたのかもしれない。

 それだったら仕方のない事ではあるが、鑑定ではいつも通りの数値が出ている。


 鑑定機が故障している可能性も無くはないが、シーナの目から見ても品質が落ちているような色ではない。結局は侯爵家の画策によって追い出されただけなのだろうな、と思った。


 首を捻った後、自らの頬をパンと手で叩いた。

 

 

「こうしてはいられないから、まずは師匠に連絡入れよっと」



 起きてしまった事は変えられない。なら、次に進むまで。

 

 そう思ったシーナは、カウンターの奥にある自室へと向かい、脇目も降らずにベッドの脇にある棚に置かれている遠隔通信用の魔道具の元にまでやってきた。

 その魔道具はベッドの横にあるサイドテーブルの上に置かれており、顔ほどの大きさの四角い箱型だ。

 箱の上部にある宝石へ魔力を注いだ後、まず音声を録音し、その次に箱の側面にある送信ボタンを押すと、マシアの持つ対の箱の中に音声が送信され保存される仕組みをしている。

 

 問題なく彼女の箱に届けば、上部についている宝石に白い光が一度灯った後消えるのだ。伝言が届いている場合は、白い光が点滅するようになる。

 届いた音声を聞く場合は、点滅している宝石に魔力を込めれば聴ける。


 「なるべく連絡は気づくようにするさ」と言っていたので、多分気づいてくれるだろう。

 

 内容はシンプルに。わかりやすく。


 

 『師匠!王太子命令で、私は国外追放になるそうです!』



 うん、これなら分かってくれるだろう。



 

 マシアへの連絡が無事届いた事を見届けた後、自室の整理をしようと部屋の中にあるもうひとつの魔道具である魔法袋を手に、整理をしていく。

 見た目以上の容量を持つそれは、商人が喉から手が出るほど欲しがるものだ。

 これは容量が少なめらしい……と言っても、家にある物は全て入るが。


 確かこの魔道具はマシアが宰相から分捕った……いや、貰った物。何故、あそこまで彼女は宰相に強気になれたのか、今思えば不思議だ。

 


 自室の整理を終えたところで、ふと通信機を見ると宝石がピカピカと光っている。マシアから連絡が届いたのだ。早速宝石に手を翳し、魔力を込めると懐かしい声が。


 

『ほーぅ、あのお花畑王子がねぇ……ならシーナ、そんな国捨て置いて、全て持って出ていってやれ。たしかそこからだと、ナッツィアが一番近いか。ナッツィアの王都でお前の薬を露店販売したらいい。役所で申請すれば、販売できるぞ。あと、国を出る前にこの魔具はネーツィに返しといてくれ』



 相変わらず言葉が辛辣だ。

 マシア自身が、毒舌である事を理解していて「口が悪いのは下町育ちだからだ」と言い張っていた事もあったが、性格の問題だと思っている。辛口だし、薬の指導は厳しいが、実際は言葉遣いと遠慮のない物言いだけで、元々優しい人。


 現にシーナを導いてくれている。

 

 そんな彼女の言葉に少し浮かれてしまった。



「露店販売?! それも楽しそうかも〜」



 今までにない経験ができると思うと、心が弾む。

 

 元々必要経費以外の金銭をほぼ食事にしか使っていないため、贅沢をしなければ、数ヶ月はのんびりできるであろうくらいの金銭は持っていた。

 

 幸い、魔法袋は劣化が遅い。

 そのため、隣国の王都くらいの距離であれば最近作った薬を少しずつ売りながら行けば、道中の金銭には困らないだろう。


 願わくば……この国でしか採取できない薬草の群生地を一度訪れてみたかったが、それは泣く泣く諦めるしかない。

 その分隣国にしかない薬草を自分で採りに行けるのではないか、とワクワクが止まらない。

 今はそのことが彼女にとって一番嬉しい事なのだ。

 

 それもそのはず。

 シーナは薬師のくせに、原料である薬草を自ら採りに行った事がないのだ。

 宰相との契約により店を閉める事ができない事ため、どうしてもその地に生えている薬草が必要な際はマシアが採りに向かい、その間店番をするという役割分担をしていた。


 大抵はマシアが懇意にしている商会へと依頼し、必要な薬草は届けてもらっているのだが……彼女がいなくなった後も、実際それで事足りてしまうので、足を運ぶ事もないまま今に至っていた。


 別に今までの店に縛られる契約も苦ではなかったが、シーナとしては薬草がどのように生えているのか、どんな場所に生えているのか、その薬草の近くにある物を利用して薬を作ってみたらどうか、と色々頭の中で考えていた事ができると思うととても楽しみだった。



 ほぼ全ての片付けを終えた頃。

 疲れからかカウンターで寝そべり、うつらうつらしていた彼女の耳に、扉が開く音が届いた。パッと顔を上げて「今日は店じまいです」と声をかけようとしたところ、そこに居たのはメレーヌと彼女の母――シーナはおばさんと呼んでいるが――だった。



「あらまぁ、メレーヌの言う事は本当だったのかい。まーったく何にもありゃしない」

「もう、だから言ったでしょう!」

 

 

 驚きに目を見開いているおばさんと頬を膨らませているメレーヌの手には、パンの入った籠がある。

 慌てて立ち上がったシーナとメレーヌの視線が交差した。



「シーナ、お腹空いたでしょ? パン持ってきたよ」

「ありがとう、ええとお金はちょっと待っててね……」



 メレーヌがカウンターにパンを置く間、すぐにカウンターに置かれていたお金袋から取り出し、いつものようにお金を渡す。

 そしてお礼を伝えたところで、おばさんが声を上げた。



「娘から聞いたよ〜、シーナちゃん。あんた、ここを出て行かなくちゃならないんだって? どこに行くかは決めたの?」

「はい。先程師匠に連絡を入れたら、ナッツィア王国はどうかと言われまして」

「ああ、それは良いかもしれないねぇ。隣とは街道で繋がっているし、歩きやすいとお客さんから聞いた事があるよ」



 眉尻を下げて話す彼女に、今までお世話になった礼を伝える。



「いやいや、私らはお金をもらった分だけ仕事をしていただけさ。むしろメレーヌと仲良くしてくれて、嬉しかったよ。……でも、シーナちゃんがいなくなるなんて、寂しいねぇ。ね、メレーヌ」

「あ、うん……」



 周囲を見回していたメレーヌは、どこか上の空だ。先程までは元気に話していたのだが、どうしたのだろうか。

 そう思って首を傾げれば、メレーヌはぐりん、とシーナへ顔を向けた。



「シーナはいつ出立するの?」

「そうだねぇ。家は片付けたから、今から挨拶回りして……って考えると、明日の午前中から昼にかけての間を予定しているよ」

「分かった! シーナ、明日出る前にうちに寄ってちょうだい!」

「え、でも……」



 午前中は大分多忙な時間帯ではないだろうか。だが、断るにも彼女の瞳は真剣そのもの。どうしようかとあたふたしているシーナに気づいたのか、おばさんは笑顔で声をかけてくれた。



「いーのよ、シーナちゃん。明日1日くらいなら問題ないわ。こっちは気にしないで。メレーヌの言う通り、出立する前にうちへとおいで」

「分かりました」



 そう告げて出ていく二人の背中を見て、やっと国外追放という言葉を実感したような気がした。

 

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