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幕間 アントネッラ(視点)

 シーナさんの家から王宮へ戻った隊長と私。

 あと数分のところで殿下の執務室へ辿り着くだろう、そんな時に隣からカチッと何かを押す音が聞こえた。


 隣を見ると、隊長が小型魔道具のボタンを押したらしい。彼の手にある魔道具は菱形で天辺にボタンが付けられている。確か遮音と幻惑魔法の魔道具だったか。この魔道具は他者に話を聞かれたくない時に使用するもので、音声と読唇術対策ができるものだ。私たちリベルト隊は殿下直属の精鋭と呼ばれ、機密事項を扱うことも多い。だから、殿下よりこのような魔道具も支給されているのだ。


 だが、今日はシーナさんの家に行って褒賞について話しただけ。何故隠す必要が……と考えて、隊長の顔を見る。何か意図が掴めないかと思ったからだ。


 チラリと見れば、隊長の眉間には皺が寄っており、何かを考え込んでいるようだった。

 呟く言葉に度々「シーナさん」と名前が出てくるのだ。もしかして……?


 そう考えて改めて隊長の顔を見ると、丁度彼と視線が交わった。



「アントネッラ、シーナさんの事でひとつ聞きたいんだが」



 先程まで思い悩んでいたように見えるリベルトは、今までに無いほど非常に真剣な表情で私を見たのでこれは絶対アレだ! と私は思わず声を上げていた。



「様子がおかしくなかったか?」

「やっと自覚されたのですか?!」



 同時に発せられた言葉を聞き取り、私はまずいと思った。てっきりリベルト隊長がシーナさんへの想いを自覚したのかと思ったが、そうでないらしい。

 いやいや、シーナさんの前であんなに笑顔だったのに、まだ気づいていないんかい……と隊長に突っ込んでいる自分と、全力で誤魔化すんだ! と叫んでいる自分がいる。


 彼が私の言葉に反応する前に、隊長の言葉に反応すれば問題ない。すぐさま私は同意した。



「シーナさんの様子は私も少しおかしいと思いました」



 臆せず堂々と言えば、訝しがりながらも「やはりそう思ったか……」と隊長が呟いた。幸い同時に声を上げたからか、私の言葉は聞こえなかったらしい。隊長にバレないように胸を撫で下ろしていると、彼が話を続けた。


 

「シーナさんの言い分に問題があるとは思わないが、薬を販売するなら……露店販売と商店への販売を両立すれば良いとは思わないか?片方で資金を稼ごうとするよりは確実に収入になるはずだ」

「シーナさんの実力であれば、ある程度の値段で引き取ってもらえそうですし。私もその点は不思議に思いました」



 隊長も同意した後考え込む。

 その表情を見て、完全に私の失言については忘れてくれたらしい。安堵した私はシーナさんの様子を事細かに思い出していた。



 **


 

 執務室。

 シーナさんの褒賞の件は殿下からすんなりと了承を得た後の事。歯切れの悪いリベルト隊長の様子に気がついたのか、殿下が訪ねてきた。



「どうした、浮かない顔をしているが」

「いえ、腑に落ちない事があっただけです」

「きっとシーナさんに関する事ではありませんか?」

「マルコス……な、何故それを?」



 あからさまに狼狽える隊長にマルコス様はため息を吐く。



「そんな事、考えれば分かる事でしょう? シーナさんの元へ行く前は何ともなかった貴方が、戻ってきたら何かを思い悩んでいるのですよ。どう考えても原因はシーナさんですよ」

「僕だって気づいたよ〜」



 いつものようにニコニコ笑いながら……楽しそうなダビド様。確かにシーナさんが現れてからリベルト隊長の表情は百面想である。ダビド様が興味を持たないわけがない。

 まあ、ダビド様だけでなく殿下やマルコス様も隊長がシーナさんをどう思っているかなんて察しがついているはずだ。本人が鈍いだけで。


 隊長は今更楽しそうな三人の表情に気づいたのか珍しく頬を染めてそっぽを向く。


 きっと隊長は恋なんてした事がないのだろうなぁ。

 そもそも家族を除き、女性に好意など抱いた事がないんだろうなぁ。

 だからシーナさんを特別視している事にだって気づいてないんだろうなぁ。


 ……確かに側から見てて面白いな、これ。

 

 なんて自己完結していたところに、殿下が三人を宥める。


 

「まあ、揶揄うのはこれくらいにして。何が気になったのかを教えてくれるかい? その件の解決も場合によっては褒賞のひとつになるからね。彼女は何日も……下手したら一ヶ月以上掛かるであろう調査を一週間程度に抑えてくれた大恩人。出し惜しみはしたくない」

「……杞憂であれば良いのですが」



 そう言いながら、隊長は私とここに来るまでに話した事をポツポツと説明し始めた。



「成る程ね……確かにそれは気になるね」



 殿下は机にペンを置き、天井を眺めながら顎に手を触れて何やら考えている。ダビド様は通常通り微笑んでいる……隊長曰く、考える事を二人に任せているからいつも笑っているのだとか。

 マルコス様は執務机から立ち上がり、彼の後ろに置かれている本棚から一冊の本を手にして、ページを捲りながら私に声を掛けてきた。

 

 

「アントネッラ。貴女がグエッラ商店を勧めたのは偶然ですか?」

「はい。王都で薬を取り扱っている店、と聞いてグエッラ商店を一番に思い出しましたので、そちらの商店の名前を挙げました」



 薬は高価な部類に入る。

 そのため我が国では薬を置く商店には販売許可証を発行していたはずだ。

 ちなみに露店はその限りではない。シーナさんのように保証人が居なかったとしても、ギルド職員が幾つか無造作に手に取った薬の品質を調べて問題が無ければ、ギルドの許可を得たとして販売できるのだ。ここでは口述しないが他にも対策はされているため、他商品も含め偽物が販売されるという事態はここ数年以上起きていない。

 

 マルコス様は本を捲りながら殿下へ向けて話始めた。



「殿下。現在売り出しを許可しているのはグエッラ商店と契約している店舗の2店舗のみです。販売許可要件のひとつに品質を確認できる魔道具の所持とあり、もう一店舗……ルビーニ商店は特例を使用しているようでそちらには置かれていませんね」

「マルコスゥ〜、特例って〜?」



 ダビド様は首を傾げながらマルコス様を見つめている。その姿が可愛らしいためお姉様方に人気のある理由が一瞬、垣間見得た。マルコス様は眼鏡の位置を直すと話し続けた。

 

 

「その店舗は全ての薬をグエッラ商店から購入する事が契約のひとつに盛り込まれています……つまり契約店舗でシーナさんの作成した薬を購入する事はできない、という事です。まあ、グエッラ商店でシーナさんから買い取って、契約店舗に置くなら問題ないでしょうが……何にしろ、グエッラ商店が窓口となりますね」

「じゃあ、シーナちゃんは薬をグエッラ商店に買い取ってもらわないとダメなのか〜」



 特例の事は知らなかったので、てっきりルビーニ商店でも薬を購入してくれるのかと思っていたら、違ったようだ。成る程ね、と私は納得していたら、ダビド様の言葉に殿下が反応した。


 

「マルコス。王都にはもう一店舗、薬師が開いている店は閉店したんだったか?」

「はい。あちらは1年ほど前に薬師の店主が高齢と後継不足で」

「そうか。新設した薬師室の件で後回しにしていたが、先に手をつけるべきだったな……」

「おっしゃる通りです。今までは問題がなかったようですが……」

「ちなみに薬の輸入先はどうなっている?」

「グエッラ商店の薬の購入先はファルティア(薬師の国)が五割ほど、グラスター(帝国)とヴェローロが残りを分けている状態です。ですが、シーナさんが追放されましたので、この割合も変化するでしょうね」



 引き続きページを捲りながらマルコス様は話す。そして該当箇所が見つかったのか、そのページを開いたまま殿下の執務机に置く。殿下は置かれた本に一通り目を通すと、本をマルコスへと返す。

 

 

「ヴェローロから輸入した薬は確かシーナさんが作成している薬ではなかったか?」

「仰る通りです。数年前からマシア様は店舗の運営をシーナさんに任せていた、という情報もありますし、ここ数年ヴェローロから輸入した薬の大半は彼女の物で間違い無いかと思われます」



 マルコス様の話が途切れた所で、執務室の扉を叩く音が聞こえた。この中では一番下っぱである私が取り次ぐために扉を開くと、そこには扉の横で警備をしていた衛兵が紙を一枚持って佇んでいた。

 私はそれを受け取ると、扉を閉めた後殿下へと紙を渡す。すぐに紙を一読している殿下の眉間にだんだんと皺が寄ってくる。読み終えて顔を上げた殿下は、その紙を隣にいたマルコス様へと渡した。


 

「……やはりマルコスの懸念は正しかった、という事だな」



 意味が理解できず疑問に思っていると、マルコス様が紙を殿下に返しながら教えてくれた。私が受け取った紙はグエッラ商店の内部事情を調査した書類だ、と。調査結果を持ってくるように、と殿下が指示していたらしい。いつ指示したのか、新たな疑問が生まれたが、話が商店に戻る事を察した私は口を閉じた。

 殿下はマルコス様から受け取った紙を、次は隊長に渡す。


 隊長は私が理解できるように、と内容を教えてくれた。



「半年ほど前に帝国のある男爵家の三男が本店からこちらへ異動してきた、と。本店では商会長の覚えもめでたく、将来に向けて経験を積ませるための栄転だったようだが……現状王都にある支店の評判は下がっているな。ふむ、入店時に店舗の奥から怒鳴りつける声が響いていた。棚に置かれている商品の補充が遅い。顧客が多数並んでいる上、会計機が二台あるにも関わらず、店員が一人で対応し、他の店員が奥から出てこない……これに関しては、店舗奥から声が聞こえるため、確実に二人以上はいると思われる……以前のグエッラ商店では考えられない事。しかも、その報告が上がってきたのは、帝国から男が異動した以降の話のようで」



 そんな事があったとは、私も知らなかった。仕事でも私用でも度々足りない薬を買いに行く事はあったが、以前と変わらぬままだと思っていたのは私だけだったらしい。



「気になるのはその後だ。今まで変わらずだった仕入業者が、彼の異動後に幾つか増えている。まだ切られた業者は無いようだが……」

「異動してきた男が関係していると考えても良いでしょう」

 

 

 そう隊長とマルコス様が話している時、殿下の隣に何か黒いものが落ちてきた。

 と思えばすぐにそれは上がっていく。一瞬の事で目を丸くしていると、殿下の手には何やら新しい紙が握られている。最初は隊長が殿下へと報告書を返したのか、と考えたのだが、隊長は変わらず報告書を手にしていたので、新たなものだろう。

 殿下はすぐに手元の報告書を一読する。そしてだんだんと読み進めるうちに、目を大きく開いていった。

 


「……最新の情報だ。シーナ嬢がその男に怒鳴られていたらしい」



 先程と同じように、マルコス様、隊長の順で紙が回る。隊長が内容を読んでいる時、彼の魔力が漏れており、私は威圧されているように感じた。隊長を見れば、怒髪天を衝くような表情で報告書を持つ手が震えていた。

 


「リベルト」

「……申し訳ございませんでした」



 殿下の声で我に返ったらしい隊長はすぐに魔力を引っ込めた。そして口を一文字に結び、報告書を殿下に返却する。その瞳には憤怒の炎が燃えているが、本人はその事が珍しい事だと気づいているだろうか。

 手持ち無沙汰なダビド様は先程からずっとリベルト隊長の事をニヤニヤと笑いながら見ているくらいだ。滅多にない事なのだろうなと思う。


 その間に殿下とマルコス様の会話は進んでいく。



「評判が悪化した時点で店を見張っていて良かったな。マルコス、お手柄だ」

「いえ、それを許可していただいたのは殿下ですから」

「それより、グエッラ商店の商会長はこんな男も見抜けないほどの節穴だったのか? 以前挨拶で会った時には、こんな失態を犯すような男には見えなかったのだが」

「現在は本店を部下に任せているようです。商会長の息子であり、次期会長候補の男はヴェローロ支店を任せてほぼ隠居の身だそうですよ」

「なるほど〜」


 

 気の抜けるようなダビドの相槌に、マルコスは眉を顰めたが続けて話す。


 

「商会長の息子は切れ者と評判です。ですから、シーナさんの有用性を見抜いているでしょう。国外追放は王太子殿下の命ですので、追放は止める事ができません。ですから何らかの形でシーナさんとは取引ができるよう、対応していると思うのですが……」

「……つまりシーナさんは次期商会長との何らかの約束があって薬を売ろうと商店に行ったが、何らかの理由で拒否され薬を購入してもらう事ができなかった、と」

「リベルトの言う通りだろうね。うーん、ちょっとグエッラ商店を野放しにし過ぎたかな?」

「そもそも他国の商店に一商品を独占させるという事が異常な事ですから、これから改善していかなくてはいけませんね」

「まあ、それは後ほど話すか」



 マルコス様と殿下の表情が、まるで悪役だ。

 シーナさんの様子がおかしい、という話から重大な案件にまでなってしまった事に気づき、私は少々身を引き締めた。むしろこれ、私が聞いて良かったのだろうか。

 勿論、目が合ったマルコス様に「箝口令です」と言われ、私は了承するしかなかった。

 

 

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