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3、薬師の弟子は、報酬の相談をする

 用事が終わったシーナは彼女の家となった修理工房に戻ると、一階の工房へと顔を出す。すると一旦休憩を取っていたらしいソフロニオがミゲラとお茶を啜っていた。



「あら、お帰りなさい。シーナさん」

「……おう、帰ったか」

「ただいま戻りました」

「うふふ、今この人と丁度シーナさんの話をしていてね――」

「な、何を言い出すんだ! ミゲラ!」



 彼はミゲラの言葉に動転しているらしく、彼女の言葉を止めようと慌てふためいている。自分に聞かれたら不味い会話でもしていたのだろうか……と首を捻ると、ソフロニオの狼狽した姿に笑いが堪えられないらしいミゲルが教えてくれた。



「あら、貴方。シーナさんの魔道具はきちんと手入れがされていて状態が良い、と褒めていたじゃない。それを言おうとしただけよ? 何をそんなに慌てているの?」

「……そうか」



 疲労からか背を椅子に預けて天井を見上げるソフロニオ。その姿を見て微笑んだあと、シーナへ肩を竦めていたずらっ子のように少し舌を見せたミゲル。きっとソフロニオは彼女の尻に敷かれているのだろう、とシーナは思った。

 ふと彼の後ろを見ると、点検し終えたであろう自分の道具が置かれている。そちらに視線を送っていると、それに気付いたのか彼が話しかけてきた。



「ああ、後ろにある道具は点検を終えた。道具自体には問題ないが……薬研の取手部分、あそこの布を取り替えておいた。その方が力が入れやすいと思ってな。ちょっと握ってみてくれるか?」


 

 目の前に置かれた薬研の持ち手部分を見ると、綺麗な白い布が持ち手の木の部分に巻かれている。シーナは立ち上がってから取っ手を握った後、力を入れた。すると以前に比べて力が入れやすくなっている事に気づく。

 彼女ははち切れんばかりに喜んだ。



「ありがとうございます! 使いやすくなりました!」

「少しの違いで使いやすくなるからな。もしまた擦り切れてきたら持ってくると良い」

「はい! あっ」



 シーナは布代を、とお金を払うために財布を取り出し顔を上げる。するとそれに気づいたソフロニオは首を横に振った。

 

「今回はおまけだ」

「いえ、それは流石に……」

「良いのよ、シーナちゃん。昨日薬を貰ったでしょう? あれの対価だと思ってくれれば」



 そう押し切られたシーナは、頭を下げる。その姿をソフロニオはそっぽを向きながら横目で、ミゲルは微笑みながら見ていたそんな時だ。



「すみませーん。ソフロニオさん居ますかー?」



 工房の入り口から声がかかる。

 あれ、何処かで聞いた事がある声だと思っていたシーナは、ミゲルの言葉で誰が来たのかを理解した。



「あら、アントネッラちゃんじゃない。今日はどうしたの?」

「また魔道具でも壊したか?」

「こんにちは、ミゲラさん。ソフロニオさん、私……そんな乱暴者じゃありませんってば〜」

「どうだかな……」



 まるで祖父と孫のようなやり取りをしている二人。よく部隊で使用する道具の修理をここへ頼みにくるらしい。それ以上の回数で彼女が持っている道具を修理しに訪ねてくるらしいので、ソフロニオの中で彼女はよく道具を壊す人、という認識なのだと後でミゲラから聞いた。

 少し拗ねた彼女は口を尖らせて話す。


 

「本当に違うんですって。今日は工房に用事があるわけではありませんから」



 もしかして自分に用事では? とシーナは考えた。こちらの室内が暗いため、どうやらアントネッラはシーナが見えていないらしい。彼女は工房内へ入りながら話を続ける。暗がりに目が慣れたであろう頃、シーナがいる事に気づいたらしい。



「シーナさんってお嬢さんがこちらに……あ、シーナさん!」

「なんだ、嬢ちゃんもアントネッラと知り合いだったか」

「はい。以前薬草関係でお世話になりまして……」

「違う違う。薬草関係でお世話になったのはこっち! 今日は……」



 彼女が後ろを振り返ると、そこには一際背の高い男の人がいる。リベルトだ。

 


「ソフロニオさん、ミゲルさん。いつもお世話になっております」

「あら、リベルト様ではありませんか」

「隊長よ、彼女に道具を大切に扱うよう注意してくれんか?」

「大丈夫ですってぇ……」



 会話が混沌とし始め、シーナはアントネッラの姿に少々同情していた頃、リベルトがここを訪れた理由を話し出した。やはりシーナの褒賞に関してだったようで、黒馬亭の女将からこの場所を聞いて訪ねてきたらしい。

 最初は何故シーナとリベルトが知り合いなのか疑問視していた二人だったが、出会いを聞けば、二人は納得したようだ。ついでに「魔獣に向かっていくのはダメです」とミゲラに怒られたが。


 

「なら三階のシーナちゃんの部屋で話してきたら? ねえ、貴方」

「ああ。別に儂等の許可は取らなくていいぞ」

「まあ、シーナちゃんは大丈夫だと思うけれど、リベルト様のように知り合いなら良いけれど……知らない男の人を招いてはダメよ? あとはなるべく男性と二人きりにならないようにね」

「はい」



 まるで孫を見るような視線で話されると少しむず痒い。なんとなく、家族ってこんな感じなのかなと思う。シーナはお礼を伝えた後、道具を運ぼうと腰をあげる。一人で運ぶ予定だったが、「手伝おう」というリベルトと「ついでだし」というアントネッラの協力を得て、点検してもらった道具を持ち運びながら部屋へと帰った。



 三階に辿り着き、物置――ではなく、薬部屋へと道具を運んでもらったシーナは、お礼にと残っていたタクライでお茶を淹れた。

 


「拠点が決まって良かったね〜」

「ここなら確かに匂いを気にせず薬の作成もできるだろうな」

「はい。薬草屋や図書館、ギルドが近いのも有り難いですね」

「あ、シーナさんはそこが一番気になるのね……でも良かった。ちゃんと薬を作れる部屋が見つかって」



 彼女もシーナと共に「宿では薬作りは遠慮したい」という話を聞いていたので、気掛かりだったのだろう。平常通りの彼女に胸を撫で下ろしたアントネッラだった。

 軽い雑談が終わったところで、リベルトが切り出す。

 


「褒賞についてだが……殿下が『シーナさんに何か欲しいものがないか聞いてきて』と良い笑顔で言われてな。ああ、勿論金一封は渡されるから安心して欲しい。それ以外に欲しい物は何かないか?」

「え……そんなに貰っても良いのですか?」

「いや、すまない。むしろこちらが謝らなくてはならないのだが……シーナさんが平民でこの国の者ではない、という事で横槍が入ってな……金銭は……今のところ一日金貨一枚は確保しているが、君の功績に対してそれほど多くないと我々は思っていてな。だからその分を違う形で渡せば良いと殿下が判断されて、訪ねに来たのだ」

「いやいやいや……流石に貰い過ぎでは……?」



 こちらに利がありすぎる、とシーナは思った。

 大体市民が一日で稼ぐ金額が銀貨二、三枚と言われている。金貨一枚は銀貨十枚相当なので、もし一日金貨一枚であったとしても一日で稼ぐ金額の数倍以上に当たるのだ。


 シーナは改めてあの時の自分を回想する。


 探索しやすいようにと隊員たちに守ってもらい(魔獣と戦えないから)

 薬草の知識を好きなだけ披露し(隊員が聞いてくれたから)

 リベルトに薬草採取の許可を得て(それが権利だと言われたから)

 薬草を全力で見つけていた……。


 あれ、あまり貢献していなくない? と思うわけだ。


 それなのに一日金貨一枚? 貰いすぎである。

 二人はシーナの思考を置き去りにして、話を進めている。


 

「アントネッラから宿の話は聞いていた。だからシーナさんが良ければ、家の斡旋でも手伝おうかと考えていたのだが……まさかこんなにも早くソフロニオさんたちに受け入れられているとは思わなかったからな……」

「本当にびっくりしました! 今日引っ越してきたんですよね? なんか二人のひ孫さんかと思うほど、馴染んでましたね」



 ニコニコと笑って話すアントネッラに首を縦に振って同意しているリベルト。外からもそう見えたんだな、とシーナは褒賞について考えるのを止めた。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「後は定期的な収入が必要か……なら私が薬の保証人になるのはどうだろうか? そうすれば、店舗でも定期的な購入が見込めるのではないか?」

「隊長、薬を販売している店ならば、グエッラ商店が一番だと思います。確かマシア様も以前商店に薬を卸していたという話を聞いた事があります! つまりグエッラ商店ならシーナさんも繋がりがあるのではありませんか?」

「ああ、それは良い。では……」

「お待ちください!」


 

 グエッラ商店の名を出されてシーナは我に返った。もう既に彼の店には訪れており、ネーツィに渡されたカードも破られた後である。そこにリベルトが訪れて彼女の薬を販売するように話せば、その場は良くても後々何を言われるかわからない。


 お客はともかく、商売に関しては付き合う人は選びたいと考える派なのだ。これはきっとマシアの影響だろうが。まあ、彼女は傲岸不遜(ごうがんふそん)な客も全て追い返していたが。

 それにパメラの動きを邪魔したくはない。

 

 いきなり大声を出した彼女に、二人は驚く。

 そして二人の視線に当てられたシーナも冷静さを欠いていた。その姿を取り繕うために、彼女は喋る。


 

「えっと、お店も良いのですが……私、露店で薬を販売しようと思っていまして……」

「だが、シーナさん。君は試験の申し込みをしていなかったか? 大丈夫なのか?」

「大丈夫です! 勉強もするのですが、やっぱり気分転換も必要だと思いませんか?」



 最重要事項であった家が決まったのだ。薬草もニノンから購入した分と元々家にあった分を合わせれば一ヶ月の儲け分くらいの薬は作れるはずだ。ソフロニオたちには先に三ヶ月分の家賃は払ってあるし、褒賞金も貰える。それを計算すると無駄遣いをしなければ暮らしていけると算段は付いたのだ。

 元々この街に来たのも、露店が出せると聞いてきたのだから、当初の予定通りでもある。



「……確かに、ずっと勉強ばかりしてたら息が詰まっちゃいますね」

「それもありますが、元々この街に来たのは露店で薬を販売してみたい、と思ったから訪れたのもあるんです。商店へ販売するのであれば、以前と同じですから。他国に来たからには今までと異なる経験を積みたいなと思いまして……それに、毎日販売するわけではないですから! 曜日を決めて販売しようかと思っていますから、大丈夫だと思いますよ」

「……」 



 畳み掛けるように話すシーナに気圧されたのか、アントネッラは何度も首を上下に振る。一方リベルトはシーナの表情を瞬きもせずに見つめていた。その視線がシーナを見極めようとしているように思えるのは、気のせいであって欲しい。

 彼は少しの間シーナを見つめていたが、引き攣った笑みを見せるシーナに折れたようだった。



「それなら私がシーナさんの保証人をしよう」

「へ、保証人、ですか? 何の保証人でしょう?」

「もしかして隊長。露店登録する際の保証人、て事ですか?」

「ああ。装飾品や食料品あたりなら登録して終わりなのだが、シーナさんが販売するのは薬だからな。念の為後ろ盾があった方が良いかと思ってな」

「仰る通りです。シーナさんの腕は確かですし、それが知れ渡れば難癖をつけてくる人もいるかもしれませんね。騒ぎが起きればギルドや警備隊が対応してくれるので、問題はありませんが……隊長の知り合いであれば、いちゃもんつける輩も減るでしょうし」



 露店販売はなるべく人の目があるところに出店するようギルドで調整されているらしい。

 

 難癖をつけられたりするのは、露店販売ではよくある事だとか。まあ、何か騒ぎが発生してもギルドや警備隊が対応してくれるから問題はないらしい。確かにそうでなければこの王都で露店販売が続けられるはずがない。


 リベルトの保証人も、念には念をという話だった。

 彼はこれでも伯爵家の息子であり、第二王子とはいえ殿下の側近候補なのだ。そういう輩の抑止力にはうってつけである。だが、シーナとしては申し訳ない気持ちで一杯だ。なるべく騒ぎを起こさないようにしようと決意した。

 だが、販売しているときにあの男と出会ったら……? そう思うと気分が落ち込む。

 そんなシーナを見たアントネッラは、他国出身の彼女が気後れしていると考えていると思ったらしい。元気付けるために声を上げた。



「そんな心配しなくて大丈夫だよ! 確かグエッラ商店で働いている男の人の一人が帝国の貴族出身って言っていたかな。他国の人であろうが私たちは気にしないよー!」

 


 その言葉でシーナの肩が跳ねる。グエッラ商店で男と言われて思い出したのは、あの偉そうなデニスという男。もしかしたら彼がそうなのだろうか。彼女は考え込んでいたので分からなかったが、反応をリベルトがしっかりと目に入れていたのだ。続いて紡がれた彼の言葉にシーナは思わず顔を上げた。

 

 

「なら私が初日は薬販売を手伝おう」

「ちょちょちょちょ、待って下さい? お願いですから待って下さい?」

「あ、珍しい。シーナさんが突っ込んでる」



 まるで面白いものを見た、と言わんばかりの表情でアントネッラはシーナを見た。

 慌てているシーナはそんな彼女の視線に気がつかない。それよりも貴族様に店番をさせる訳には……! と冷や汗をかいていた。調査隊では薬草に出会えた事に興奮しすぎて、彼に迷惑をかけてしまったのは承知の上だ。宿に送ってもらう際に一度謝罪をしたが、「問題ない」と言われたのでその時はそうしていたが……それが終わった今、彼に頼るのは違うと思うのだ。


 きっと軽い冗談だろう、そうだろうと思ってリベルトを見ると、その瞳は冗談を言ったような瞳ではなく……。シーナはどう止めよう、と頭を悩ませた。


 

「調査隊でお世話になったのに、個人でやる予定の露店まで手伝わせられません! そもそもリベルト様はお貴族様で殿下の側近候補なのですから!」

「おお、シーナさんが正論を言っている」



 アントネッラの野次が耳に入らないほど、シーナは狼狽えていた。ヴェローロ王国の貴族像とリベルトたちが違う、というのは知っているが……だからと言ってここまで付き合わせる必要はない。

 「大丈夫です」と繰り返し呟いていると、その姿が哀れに思えたのかアントネッラが口を挟んでくる。



「隊長、流石に店番を手伝うのは止めた方がいいと思います。シーナさんの精神的に。その上で提案です。保証人は受けてもらって、リベルト隊長含む我々が、薬を購入しに行くというのは如何でしょう?」

「……ほう」

「リベルト隊長が店にずっといたら、お貴族様がいる、と気後れしちゃうようなお客さんもいると思うんです。だったら、人通りが多い時間帯に隊長がシーナさんから薬を購入すれば、シーナさんの薬の信用に繋がるかも知れません。シーナさんもそれくらいなら、良いかな?」

「そちらの方が有難いです」



 アントネッラの言葉にシーナは首を何度も縦に振る。「ほら」と彼女はリベルトに視線を送れば、彼は考え込む。



「それに隊長。薬の購入代がシーナさんの報奨金の上乗せに繋がりますよ!」

「それは良い。なら殿下とはその予定で話そうと思うのだが……良いか?」

「あ、そうしていただけると嬉しいです」



 シーナはリベルトが店番をしない、と決まった事に胸を撫で下ろす。



「ではその事を殿下へと進言する。これで問題ないとは思うが、数日かかるかも知れない。何かあれば連絡する」

「わざわざありがとうございました」



 背を向けて部屋を出ていく二人を見送り、シーナは息をひとつつく。


 リベルトが購入してくれるのなら、露店販売でひとつも売れない事はないだろう。それは有難い。一日でどうにかなるとは思わないが、露店販売に出す薬の質をあげたい、そう思ったシーナはギルドで貰った本を取り出し、熱心に勉強を始めた。

 

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