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2、薬師の弟子と、グエッラ商店

 契約後、シーナは泊まっていた宿に戻り手続きをする。

 

 彼女が隣国から来ている事を知っていた女将に「家は大丈夫なのかい?」と尋ねられたので、ソフロニオの家の空き部屋を借りる事を伝えたところ、彼女は「あのミゲラをねぇ……」と感心していたようだった。

 

 ひとつ心残りなのは、ロスからの褒賞を受け取らなくてはならないという事だ。また改めてアントネッラやリベルトがその件でここに来るかもしれない、と言えば、女将は伝えておくと約束してくれた。


 ひとまず安堵したシーナは、荷物を持って二人の待つ修理屋へと向かった。



 家へと着いたシーナがミゲラに案内されたのは、以前彼らの両親が使用していたという部屋だ。

 この家は一階が修理工房、二階と三階が住居となっている。元々二人の両親が建てたものだったらしく、何度か修繕はしているが間取りは建築当初から変わっていないらしい。

 二階はソフロニオとミゲラたちの住居であり、シーナは三階を使用して良いそうだ。一応娘家族が来る想定なので間取りは広めだ。居間にキッチンが付いていて、後はトイレと寝室と少し広めの納戸がある。

 納戸の窓を開けると、幸いな事に視界が開けていた。ここなら少々臭くても周囲に迷惑は掛からないだろうと思う。

 そしてシーナが驚いたのは、外階段がある事だ。もし来客があっても、こちらの階段を利用すれば二階を経由しなくても良いらしい。

 

 部屋の中は定期的に掃除しているからか、とても綺麗だった。

 彼女は魔法袋の中身を取り出す。以前薬作成用に使用していたテーブルを納戸に置いてみる。少々手狭ではあるが問題なさそうだ。

 

 設置してある棚に本や器具を並べて即席の薬師部屋が完成した頃、扉から「あらまあ」という声が聞こえた。

 後ろを振り返るとそこにいたのはミゲラとソフロニオだった。二人とも口を半開きにしている。



「もしかして、納戸に器具を置かない方が良かったですか……?」



 先程ミゲラには「納戸を薬作成部屋にします」と告げて許可を得ていたのだが、ここまで置いたのはやり過ぎだったのだろうか……とビクビクしていると、我に返ったミゲラが首を横に振った。


 

「いやね、まさか器具を全部持っているとは思わなかったのよ。てっきり今から買いに行くのかと思ってねぇ」

「……ふむ、よく手入れもされているな」



 ソフロニオは修理工房を営んでいるからか、シーナの持ち物に興味があるらしい。彼女の許可を取ってから、器具を手に取って見ていた。まるで点検しているようだ。

 実際、点検していたらしい。



「……この器具は今すぐに使うか?」

「いえ、今日は使わない予定ですが……」

「なら、その間に儂が整備しよう」

 

 

 シーナが申し訳ないです、と慌てて告げる。それを横で見ていたミゲラは「まぁ」と驚きを隠せない様子だったが、にっこりと微笑んで言った。



「うちの人、実は魔道具に興味があるのよ。もし良ければ点検ついでに、見せてやってくれないかしら? 大丈夫、壊しはしないと思うし、万が一何かあれば弁償するわ」

「薬師の使用する器具は数度しか手に取った事がなくてな。整備ついでに見せてもらえると助かるな」

「でしたらお願いします」



 シーナたち三人は修理工房まで魔道具を運ぶ。そして全て運び終わった後、ソフロニオは整備用の器具を身につけてから、どかっと座った。そして無言で彼女の道具を熱心に見る姿を見てから、シーナは踵を返した。


 

 三階に戻った彼女は、魔法袋の中身を確認する。

 残り入っているのは、メレーヌからもらったパンひとつ。それ以外にはお金とネーツィから貰ったカードと、以前作成した薬だった。特に薬はこのままにしていても品質が下がるだけだ。

 品質が悩みの種ではあるが、グエッラ商店であれば卸しても大丈夫だろうと思った。

 

 以前ネーツィから聞いていた話だが、かの商店は薬の品質検査機を支店ごとに置いている。つまり彼女の目の前で鑑定をしながら購入を決めている。


 

 シーナはネーツィから貰ったカードを手に、グエッラ商店に行こうと決める。その前に腹ごしらえでメレーヌのパンを頬張りつつ、彼女にパンのお礼の手紙を書いて封を閉じた。



 

 メレーヌへの手紙を認めた後それを商業ギルドへ託し、シーナはいくつかの薬を持ってグエッラ商店へと向かった。商店の支部の場所は商業ギルドのある大通りを南に進んだ門の近くにあった。この門は以前リベルトたちと入ってきた時に使用した門で、トッレシアの街やヴェローロ王国方向へと向かう道がある。こんな場所、あったなぁ……と思い出しながら、シーナは歩いていた。


 そしてギルドから数分ほどでお目当ての商店へと辿りつく。店内を見ると、一人棚と睨めっこをしている客であろう人と、エプロンを着た店員であろう二人が中にいる。多忙な時間ではなさそうだ、声をかけても問題ないだろうと判断したシーナは店内へと入り、近くにいた店員へと声をかけた。



「あの、すみません。薬を売りたいのですが」

「はぁ、薬ですか……」



 相手はシーナが呼んだのだと気づき、あからさまに面倒くさそうな声を出す。そして彼女の頭の上からつま先までを不躾にじろじろと見ると、「はっ」と鼻で笑った。



「お前が薬なんて作れるわけねーだろうがよ。嘘つくんじゃねぇよ」

「いや、本当に……」


 

 そう言ってシーナは鞄に手を伸ばす。これは実物を見せた方が早いと思ったからだ。そこから薬とネーツィから貰ったカードを取り出し、彼女は男の店員に薬を差し出した。



「こちら、私が作成した薬です。品質は機械で調べていただければ、分かります。そしてこちらは他の店舗の店員さんから戴いたカードです。こちらを見せれば薬を買い取ってくれる、とその方は仰っておりましたが……」

 


 男の目の前にカードを差し出す。それが煩わしいと思ったのか、男は眉間に皺を寄せ、シーナからのカードを受け取った。そして――。



「お前、これ偽物だろ? お前のような女にこのカードが渡されるはずないだろうがよ」

「えっ?」



 相手の言葉が理解できず呆然とする彼女を男は嘲笑う。



「本来なら警備隊に突き出されるところだったろうが……俺は優しいからな。こうするだけにしておいてやるよ」



 そう言って男はシーナのカードを破り捨てた。あのカードは厚紙で破れにくくはなっているが、破れないわけではない。細かく引き裂かれたカードに目が離せない。瞬きもせずに彼女が男の行動を見ていると、破り終えた男はパンパン、と手を叩いた。

 我に返ったシーナは、無意識に口から出ていた。



「ネーツィさんから貰ったカードが……」

「ああ? ネーツィ? そんなやつこの商店にはいないぞ?」

「え、えっと……ヴェローロ王国の王都にある店舗にいる……」

「はぁ? 俺は顔が広くてあっちの王都の店員も知ってるが、そんなやついねぇよ。お前ももっとマシな嘘をつけよ」

「ちょ、ちょっと! デニスさん! お客様に何をしていらっしゃるのですか?!」

「は? 何言ってやがる」



 と言い放った後、デニスと呼ばれた男は周囲を見回していた。丁度何人かお客が入店した時に、女性の店員の大きな声が耳に入ったらしい。全員がシーナとデニスに注目していたのだ。彼は聞こえない程度に小さな音で舌打ちをした後、愛想笑いを湛えて言った。



「大変失礼いたしました。少々行き違いが起きたようです」



 そう周囲の客たちに告げれば、彼らはすぐに興味を無くして散っていった。最終的に残っているのは、デニスと女性店員とシーナだけとなる。デニスは最初シーナへと厳しい視線を送っていたが、即座に後ろの女性店員へと顔を向けた。



「お前、大声で叫ぶんじゃねぇよ。うるせぇし、注目を浴びるだろうがよ」

「で、ですが……流石にデニスさんの行動はお客様に対して失礼――」

「ああ? こんなちんちくりん、お客じゃねぇよ」

「ですが、こちらのカードをお持ちに――」

「偽モンに決まってるだろうがよ。こんなモン」



 カードの残骸が床に散らばっている。シーナがそれを見て言葉を失っていると、急に黒い革靴が目に入った。デニスが破ったカードを足で踏みつけている。



「とっとといなくなれよ。お前はお客じゃないんだからな。薬師ならこの店舗で売っている薬も要らないだろうしなぁ」



 再度残骸を踏みつけながら笑ってお客のいる支払いカウンターへと向かうデニスを、二人は呆気に取られたまま見つめる事しかできなかった。



 しばらくして。

 目の前の女性店員が座って細切れになったカードを手で回収し始めた。シーナはその姿を見て慌てて座り込み拾い出す。


 その頃には店内にお客はおらず、デニスは鼻歌を口ずさみながら従業員専用と書かれた扉の奥へと入っていた。その時に「おい、パメラ! 後は任せたからな! 愚図で鈍間なお前でも、お客がいない店の店番くらいできるだろうよ」と笑いながら言い捨てて。


 無言のまま拾い続ける二人。

 そして全て拾い終わるとパメラと呼ばれた女性店員は、立ち上がりシーナに頭を下げた。



「我が店の店員が……大変な失礼をいたしました事、心よりお詫び申し上げます」

「まさかこうなるとは思わず……驚きました」



 こういう輩はたまにいる。薬屋でもそうだった。

 シーナに対しては横暴な態度をとるくせに、そこにマシアが現れた途端静かになる客。彼女曰く、そういう客は「女性は弱者だと見下している」から強気に出るのだと言われたことがある。

 ……まさか店員にそんな態度を執られるとは思わず、シーナはど肝を抜かれていたのだが。


 目の前にいるパメラの顔面からは血の気が引いているように見え、何度も謝罪を繰り返した。



「二人のお話をわたしも途中から聞いておりましたが、彼の店員の態度は許される事ではありません……止められず申し訳ございません。私が我慢せずちゃんと動いていれば……」



 唇を噛み締めるパメラ。最後の言葉は小声ではあったが、バッチリとシーナの耳に入ってきた。その言葉で彼女がデニスから、シーナが受けたような暴言を吐かれているのだと察した。

 パメラは最後の言葉を無意識に呟いていたのかもしれない。自分の耳に入っていれば慌てて取り消すであろう言葉を訂正する事なく、再度シーナへ「大変申し訳ございません」と重々しく謝罪するパメラ。シーナはいつまで経っても頭を上げない彼女に声をかける。

 


「私も仕事上、ああいうお客様の対応もしていたので、あまり気になりませんが……それよりネーツィさんから戴いたカードが破れてしまったのが申し訳なくて」



 そう答えればパメラは驚いたのか、頭を持ち上げた。


 

「ネーツィ様、ですか? 大変申し訳ございませんが、このカードはどちらで……?」

「ヴェローロ王国の王都にある支店で働いているネーツィさんと言う方から頂きました。こう見えて私は薬師の弟子なのですが、薬草や薬の購入などを一手に引き受けて下さった方で……あれ、どうしましたか?」

 

 

 目の前にいるパメラは真っ青だ。彼女は早急に破れたカードをひっくり返す。多分裏面を見ているのだろう、とシーナは思った。カードの裏にはネーツィの署名が入っていたのだが、それを探しているようだ。


 ある切れ端をひっくり返した後、パメラの顔から血の気が失せていく。その署名を見つけたのだろう。

 最初は呆然とその署名を見ていたパメラだったが、次には覚悟が決まったような表情を浮かべていた。そして改めてシーナへと向き直り頭を下げた。


 

「大変申し訳ございません。確かにこのカードはヴェローロ支店に勤めているネーツィのものでございます。こちらの事情で大変申し訳ございませんが、少々お時間を頂けますでしょうか? この償いは必ずさせていただきますし、対応した者には処罰を与えますので」

「……分かりました」



 彼女の圧が強く、思わず後ずさるシーナ。

 まあ、個人的にはあまり気にしていないし、ここで売れなくても露店販売すればいいので問題ない。次にネーツィに会った時、カードを破かれた事を謝罪しなければならないくらいか。うん、手紙は送っておこうと思う。

 

 

「よろしくお願いします」



 そう彼女はパメラに伝えた後、店を退店する。ふと振り返れば、まだその場で礼を執っているパメラがいた。

 

 

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