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18、薬師の弟子と、預かった本

 そんな彼女の目の前にふと、見覚えのあるマントが。リベルトがシーナを背に庇ってくれたようだ。

 


「お言葉ですがラペッサ様。あまり彼女を威圧しないようお願い申し上げます」

 

 

 そうリベルトが告げれば、先刻の圧はどこへやら。ニコッと満面の笑みでこちらを見る彼女が。



「あら、だってこうでもしないと、もしかしたら教えてもらえないかもしれないじゃない?」

「貴女も彼女がそのような人ではない事はもう既にお分かりでしょうに」

「念の為、よ。ごめんなさいね?」

 


 そう言って舌を少し出して片目を瞑る彼女に、シーナは王族の貫禄というものを見せられたような気がした。



「これがその本です」



 リベルトに勧められて紅茶を飲み、一息つき。シーナは本に記してあった事を伝えた後、持っていた荷物からニノンに託された本を取り出していた。

 改めてよく見ると、本の装丁は黒地に装飾のシンプルな物だが、装飾に使われているのは金箔ではないだろうか。そして裏表紙には植物と思われる花の絵が描かれていたのだろうが……丁度花の部分が剥がれており、何の花か見当もつかない。


 本が震えている事に気づく。いや、本を持つラペッサの手が震えているようだ。彼女は声を震わせてシーナに話しかけた。

 


「中身を……見ても良いかしら?」

「はい、勿論です」



 シーナが言うと、ラペッサが恐る恐る頁を捲る。数頁中身を確認したところで、彼女は顔を上げた。その目には涙が溜まっている。その場にいた全員が目を疑う中、彼女に声をかけたのはロスだった。



「大丈夫? ラペッサ」

「ええ、大丈夫……シーナさん。ちなみにこの本はどこで?」

「ヴェローロのある街でお世話になった薬草屋で預かりました。十年ほど前に訪れた夫人が、宿に泊まらせて頂いたお礼として家主へ置いていったと聞いております。ですが、その家主様もその後お亡くなりになり、本を引き継いだ現家主様が私を薬師だと知って預けてくださったものです」

「そうなの……見せてくれてありがとう。これは……私の叔母の研究日誌だわ」



 彼女の頬から一筋の涙が落ちる。不謹慎ではあるだろうが……その姿が美しく、シーナは少しの間見惚れてしまった後に慌てて声を出した。


 

「叔母様ですか……?」

「ええ。ビビアナ・ラディーチェ……現国王陛下の妹であり、十数年前に王宮薬師筆頭の地位を降りて護衛騎士と消息不明になった……当時叔母様と共に研究日誌が無くなった、という事で大騒動になっていたのを今でも思い出すわ」

「もしかして、それはノヴェッラ侯爵家の事件の後の話かい?」

「ええ。ビビアナ叔母様は何方かといえばノヴェッラ侯爵家寄りでしたから。かの家が没落した事で、クレメンティ侯爵家が台頭してから……叔母様は一人ノヴェッラ侯爵家の方針を支持していたのですが……最終的には亡命されたのでしょうね。幸せに暮らしていらっしゃれば良いのですけれど……」



 そう言ってラペッサは開いていた本を閉じ、シーナの前へ置いた。

 シーナは気が気でない。そんな話を一介の平民が聞いて良かったのだろうか。そう思って横にいたリベルトを一瞥すると、彼は首を縦に振ってくれた。そこから何となくではあるが気持ちが落ち着いた気がする。


 まあ、聞かなかった事にすれば良いや、そう思ったシーナは改めて本へと視線を送った。



「この叔母様の日誌があれば、ヴァイティスの名を知っていてもおかしくないわ……これはお返しします。見せてくれてありがとう。そして先程はごめんなさい」



 気づいた時にはラペッサの後頭部が見えている。頭を下げられたシーナは混乱の真っ只中だった。何か喋らないと、と慌てて言葉を紡いだ。



「ラペッサ様、頭をお上げください! それより、この日誌ですが……ラペッサ様が預かっていただけませんか? いえ、預けさせて下さい」



 顔を上げたラペッサは、シーナの言葉に数回瞬きをする。



「え、でも、これはシーナさんが預かったものでしょう? シーナさんが持つべきでは?」

「実は預かった方は、『好きなようにして良い』と仰って下さいました。なので、身内であるラペッサ様が所持されるのが一番だと思います。……その前に大変申し訳ございませんが、幾つか参考になる部分を書き写させていただけると嬉しいです」

 


 シーナはそもそも亡命したとはいえ、これの持ち主が王族であることに引け目を感じていた。身内がいるのに、彼女を差し置いて手元に置いておくなど……厚かましい事ができるほど度胸はない。

 ただあの日誌には有用な研究がいくつも乱雑に書かれていた。幾つか試してみたい研究があったので、その部分だけでも写させてもらおうと思っている。

 シーナ本人としては、全てを書き写したいと思うのだが……流石にそれは時間が掛かるからと遠慮した。


 ラペッサは思ってもみなかった事を言われたのか、目を丸くしている。

 


「ええ、それは勿論問題ないわ」

「今回の件で報奨を頂けるとお聞きしたので、その時までにはお返しします」

「ふふ、そんなに急がなくてもいいのよ? 元々は貴女が預かっているものだからね」



 そう言った彼女は本をシーナに差し出した。シーナは本を受け取り、持っていた鞄の中へ入れておく。宿を取った後にゆっくり確認しよう、そう考えていた彼女に声を掛けたのはロスだった。



「そうそう、シーナ嬢。ひとつ教えて欲しい事があるのだけれど」

「なんでしょうか?」

「あら、ロス。女性に変な事を聞いてはいけないわよ?」


 

 ラペッサの態からは、ロスがそんな失礼な事を言うとは思えない、という想いが滲み出ており、ちょっとしたからかいのつもりだったのだろう。だが、その言葉を聞いたロスの目が少し泳いでいる。

 そんな表情をする彼が珍しく、ラペッサはロスをじっと見つめる。ロスは意を決したのか、切り出した。

 

 

「そうだね。もしかしたらシーナ嬢にとっては聞かれたくない事かもしれないが……君は唯一平民にして王宮に薬を卸していたマシア殿の弟子、だよね? どうしてこの国に来たか教えてくれるかい?」



 その言葉に、場の空気が一瞬で固まった。やはり知っていた。本当に食えない方だ、とシーナは思った。



 そんな凍りついた空気を破壊したのは、ラペッサの一言だった。

 


「納得しましたわ。だから沢山の薬草を把握していたのですね。……マシア様のお弟子さんがまさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは思いませんでしたわ」

「……あの、師匠の事、ご存知なのですか?」

「ええ。こちらの国でも有名な方ですよ。王侯貴族はファルティア王国から輸入された薬を現在も使用していますが……民間ではグエッラ商店が薬を取り扱っていますの。主な取引先はファルティア王国で作製されたものらしいですが、中にはヴェローロの王都で薬屋を営んでいるマシア様とそのお弟子さんによって作られているものも取り扱っているとお聞きしましたわ。私も薬を使用してみましたが非常に効能の高い薬に仕上がっていましたので、非常に驚きましたわ……そんなお弟子さんが何故?」



 首を傾げるラペッサ。シーナは覚悟を決めた。


 

 「――という訳で、王都から追い出されまして、師匠のお勧めでこちらへ来ました……」


 

 その後追い出された経緯を洗いざらい吐いたシーナは、この混沌な状況に困惑していた。


 彼女の境遇を聞いたラペッサは、それは、それは怒り……今では立ち上がり地団駄を踏んでいるほどだ。マルコスは眉間に皺を寄せて「やはりあの男は愚かな……」と呟いている。ダビドは「可哀相だったね〜」と言いながらシーナの頭を撫でようとして、リベルトから頭を叩かれていた。

 ロスも「イーディオの独断だと知ってはいたが……」と呆れている。

 

 そんな中、怒り狂っていたラペッサは「あっ」と声を上げて青褪めた。


 

「だったら、王宮に来る事自体が怖かったでしょう? しかもさっき私、シーナさんの事威圧してしまって……ごめんなさああぁぁいっ!」



 

 泣きそうな表情で抱きついてくるラペッサ。

 先程までの緊張が一気に解けたような気がする。それに身の上をくまなく話したシーナの心も軽くなった。ヴェローロの王侯貴族と全く雰囲気が異なるロスたちの姿を見て、シーナは密かに『一括りにしてごめんなさい』と謝罪した。



「……でも実際追い出されて良かったです。偶然ではありますが、調査隊の一人として様々な薬草を観察できたのは私にとって有益な事でした。何と言えば良いのでしょうか……なんか自由を実感できて嬉しくて。以前は薬屋を空けてはいけないと言われていましたから配達と食事、日常品の購入以外はずっと薬屋にいなくてはなりませんでした。だから薬草採取にも行けなくて……今はそれを気にする事なく出来るので、楽しいです」

「なんて前向きなの……」



 ラペッサが感涙にむせびながら呟く。だが、リベルトだけはシーナの心に薄らと影が掛かっている事を見抜いていた。



「だが、少し怖いのだろう? 笑顔ではあるが表情が引き攣っている」



 そう指摘されてシーナはリベルトを見る。彼は真剣な瞳で彼女を見ていた。

 女性の機敏に疎いリベルトがまさか指摘をするとは思わなかった面々は、一斉に彼へと注目する。ロスに至っては「あの唐変木が……」と呟いたほど衝撃を受けていた。

 

 シーナは申し訳なさそうな表情をする。

 

 

「この王宮や皆様がそうだ、とは思わないのですが……確かにちょっとトラウマになっているような気がします」



 巻き込まれたと言え、役に立たないと言われて追い出されたのは事実。その傷は小さな棘として刺さり続けていたのだ。

 今までは自由に好きなものを見る事ができる楽しさに浸り、その棘を見ないようにしていた。だから前向きに進めていたけれど、王族、王宮……ここに来てその棘を隠せなくなってしまった。


 こんなに自分は弱かったっけ、とシーナは思った。だが、思い返せば自分が薬を作っていたのも、師匠に褒められて嬉しかったからだったし、お客から「ありがとう」と言われるのが好きだったから、更に薬作りにのめり込んだのだろうと思う。勿論、薬作りが好きだ、というのは大前提にあるけれど。

 ……今まで順調に来たからこそ、薬を否定された時の衝撃は大きかったのだ。


 

「だが、シーナさんは凄いな」

「え?」

「イーディオ王太子の発言を受けても、そこで止まる事なく……前に進めている事が素晴らしいと思う。普通はそこまで言われたら、薬作りを止めてしまう事だってあり得るだろうに。追放を前向きに捉えて、自分の糧にできる君の強さは、私としても好ましいと思う」



 素直な賞賛を受けて、シーナは顔が茹蛸のように真っ赤になる。それを自覚した彼女は恥ずかしさや照れくささからすぐに俯いた。一方でリベルトは顎に手を置きながら、何度も頷いている。当人は隣のシーナの様子や自分の発言に気づいていない。

 周囲は微笑ましいものを見るような柔らかな視線をシーナに送る。もうくっついちゃえば良いのに、と二人以外の全員が考えていた。



 

 ――だがすぐにこの穏やかな空気を引き裂くかのような音が鳴る。鑑定が完了したらしい。


ラペッサは鑑定機の表へ回り、落ちていた紙を拾って内容を確認した。

 

 

「全ての部位に関して毒性なし、と判断されたわ。エリヒオが持ってきたヴァイティス……シーナさんの報告はあるけれど、こちらでも研究してから判断するまで仮、をつける事にします。現在の薬の作成が終わり次第、この薬草の研究に入りましょう。リベルトさん、こちらの仮ヴァイティスの木は研究室で預かっても良いかしら?」

「勿論」

「では、こちら……小さい方で申し訳ないけれど、こちらはシーナさんが育ててほしいわ」

「え、よろしいのですか?」



 自分用に、と言って植木鉢に植え替えたのは良いが……リベルトの上司が王族という時点で、てっきり両方とも王宮薬師室へ寄贈されるのかと思っていたシーナは素っ頓狂な声が出る。


 

「ええ。これは貴女の協力によって見つけた薬草だもの。私たちにはこちらがあるから問題ないわ。それに、万が一私たちが枯らしてしまった際、シーナさんのそれから株分けしてもらう事もできる。万が一の場合に備えましょう。ロスもそれで良いかしら?」

「そうだね、良いと思うよ。ただこの植物がヴァイティスであると確定し、公表段階になったら……申し訳ないけれど、こちらに預けてもらうかもしれないけど良いかい?」

「これが有用な薬草だと知られれば、シーナさんのヴァイティスが狙われる可能性がありますからね」

「うんうん。暗殺者っていう物騒な奴もいるからねぇ〜」

「……その時はお願いします」


 

 マルコスやダビドの話に口角が引き攣る。貴族の世界って怖い、本当にそう思う。シーナの表情を見たロスが「今は大丈夫だよ」と話す。



「まあ、それより提案なんだけどね、シーナ嬢。君、王宮薬師の試験、受けてみない?」

「へっ?」



 ロスの言葉に目を剥く。王宮薬師としての職に就くために、試験を受けないかと言っている事を理解するのに時間が掛かった。

 だって、シーナは平民だ。調査隊の件でも採用されたのには驚きを隠せないのに、王宮薬師の試験を受けてみないかと誘われるとは思わない。王宮薬師には貴族が就くものだと考えていたから。

 

 

「ロス、シーナさんは気後れしている、と言っていたじゃない! でも、そうね……受けてもらえるなら是非!是非!是非! 受けてほしいけれど……」

「ラペッサ様も受けて欲しいんじゃないですか〜」

「それはそうよ! だってこんなに有能な薬師が居るのよ? 放って置けないわ! それにね、シーナさん!」



 思わず、と言った様子でラペッサがシーナの手を握る。目力が強い。



「だって、王宮薬師なんて薬師にとっては最高の環境だと思うの! 勿論、依頼された薬は作成しなくてはいけないし、医務室内で薬の処方をする事も薬師室の業務の一環ではあるけれど……薬作成は皆で協力すれば良いし、薬の処方も当番制である程度時間が決まっているからそこまで負担にならないと思うわ。そしてまさに今、王宮内に薬草用の温室を設立する計画が進んでいて、完成したら好きな薬草を育てる事ができるのよ! 業務さえこなしてくれれば、後は研究に没頭してもよし。薬師室や王宮図書室に置かれている本や論文を見る事もよし。リベルトと共に薬草の生態調査へ行ってもよし……これはロスに話を通して欲しいけどね。後は……意外と煩わしい薬草や必要道具の購入については今度薬師室に配属となる事務の方にお願いすれば手配してくれるし、金銭的な負担が掛かるわけでもなし。何か研究で詰まってしまった時は周囲に相談もできる。そして最後に! 給金が高い!」



 ラペッサの力説に呆気に取られるシーナ。

 でも話を聞けば魅力的な話だな、と思う。彼女はどちらかと言えば研究がしたいたちだ。少しでも多くの人へ薬が届くように、薬を飲んでもらえるようにと考えて作成する事が多い。だからいつも頭の中は薬の事で一杯なのだ。

 

 最終的にはどこかで師匠のように店を構えようかな、と漠然と考えていたシーナだったが、ふと話を聞いていれば王宮薬師という手も良いのではと思い始めた。店を構えるまでにはやはり金銭を集めなくてはならないし、それまで露店で販売するのも楽しそうではあるが時間もかかりそうではある。

 店を構えても店員と作成の両方をこなす事は意外と大変だった。それが作成に集中できるのはとてもよい。



「勿論、店を構えて自分の薬を販売するやり方を否定しているわけではないわ。人に寄り添える薬師のいる店は、民の拠り所になる大切な場所なのだから。ただ、シーナさんはどちらかと言えば研究に向いている性格をしていると思うの。個人的には新薬の作成や既存の薬の改良をして、より良い薬の作成に尽力して欲しいと思って。より効能の高く保存のきく薬が安価で作成できるようになれば、様々な人に薬が行き渡ると思うのよ。……私はこの国の薬学をファルティア王国以上に引き上げていければな、と思っているの。理由は彼の国は既に薬をお金儲けのための道具としてしか見ていないから……薬は人を助けるためのものであって、金儲けの道具ではないのに……。薬の作れない私が言っても、鼻で笑われるだけだったけどね」



 ラペッサの表情に影が落ちる。先刻の話で言えば、彼女はノヴェッラ侯爵家寄りの考えをしていたのだろう。



「確かに、この数年はファルティアで新薬が開発された話を聞く事はありませんね」

「ええ。叔母様が亡命する数年はそういう人たちも残っていたのだけれど……結局上のご機嫌取りが上手な者たちばかりが出世して、研究費を着服するようになってからは、彼らも辞めていったわ。クレメンティ侯爵家が幅を利かせてからは、国王陛下もお金に執着し出してね……いえ、元々執着していたのでしょうが、それを叔母様が諌めていたのよ。それが爆発したのでしょうね。幸い私は叔母様のように薬が作成できなかったから……追い出されるだけで済んだ上に、ロスのような素敵な婚約者に巡り会えたけれど……本当にままならないものね……世の中には薬を必要としている人が多くいるというのに……」



 沈痛な表情の彼女。それを見て、シーナはふとマシアを思い出す。彼女は一度だけ、今のラペッサのような顔を見せた事があるからだ。以前マシアの薬を以ってしても、人を助けられない事もあった。その時に言われたのだ。


 ――貴女は王家公認の薬師なのに、何故娘を助けられないのか! と。


 その人は、旦那であろう人に叱られて暴言を吐いた事をマシアに謝罪した。

 和解後、その夫婦が寄り添って去っていく背を見て、「私は無力だよ。あの時も助けられなかったのだからね……」と呟いた悲痛な面持ちのマシアは、シーナの目に焼き付いたのだ。


 師匠の悲しんだ姿を見たくない、そして薬で人を助けたい……更に強く思ったのはその時だったか。

 

 そんなマシアの面影を見ていたシーナにラペッサはもっと顔を近づけた。



「マシアさんの弟子として、数年前からグエッラ商店に薬を下ろしているのは知っているわ。ここ最近あそこで売っている薬は貴女が作成したものである事も知っているの。薬の分析をしたから私は理解しているわ。その実力は折り紙付きよ」



 握られた手により一層力が入る。

 


「だからマシアさんの知識を受け継ぎ、薬師としての能力も高いシーナさんには王宮薬師として働いてもらえたらと思うの! 今回の調査隊の件だって……貴女の実力を証明しているわ。だから……厚かましいお願いなのは承知の上で、私に協力してくれないかしら……?」

 

 

 彼女がナッツィア王国をファルティア以上の薬師の国へと押し上げたい、その気持ちが手に取るように理解できた。

 シーナはラペッサを助けたいと思った。彼女にマシアの面影を見たから、というのもあるが、己の力が彼女を助けられるのであれば、協力したいと。それがシーナの夢に繋がるのであれば、と。


 だが、ここでハッとする。

 


「で、ですが、私は場違いではありませんか? 王宮で働く方は貴族だと思っていたのですが……」



 まあ、ヴェローロではマシアが特殊だっただけで、ほぼ平民の登用はなかったはずだ。大体そんなものではないのか……? と疑念を抱いていると、シーナの思考を理解したらしきマルコスが話し始めた。



「我が国は実力主義です。特に騎士団や魔術師団、文官の中には平民が登用されている事が多いですね。全員が平等に試験を受けてから入隊します。そもそも試験を受ける人数が平民と貴族で異なるので、どうしても受験者数が多い貴族の合格率が高いですが、全く受け入れていないわけではありませんから、ご安心ください」

「あ、そっかぁ。ヴェローロは王宮で働く条件のひとつが貴族である事だもんね〜。シーナさんが貴族だけしか働けない、と思うのも無理はないかぁ」

「そうなのですね……」

「そうそう。だからシーナ嬢が試験を受けられない、という事はないから安心して。それに、無理して王宮薬師試験を受けなくても、咎めるつもりはないさ。私の言葉は命令ではなく……あくまで、()()()だからね。もし試験を受けずに王都で店を開きたい、と思っているならそれを止めるつもりもないし……あ、ただ薬草の生態調査への同行は、お願いすると思う。これは本当に申し訳ないんだけど……勿論、それ相応の報酬はきちんと出すからさ!」



 ロスはシーナに向けて両手を合わせた。ラペッサは何度も頷いている。


 

「私は体力が追いつかないのよねぇ……あと同行可能なのはサントスだけれど、彼は真面目で少し融通がきかないところが玉に瑕なのよ。シーナさんのように良好な関係をリベルト隊と築ける……かしら?」

「どうでしょうか……まあ、時間はかかりそうですが、可能ではあるかと」

「そこに時間をかけるのなら、既に関係良好なシーナさんに同行してもらった方がいいと思うんだよね。発見した薬草は採取してもらっても構わないし、調査に必要な食や住に関しては経費としてこちらが出すから……と言っても、これはシーナ嬢が王都に長期滞在する前提の話だからね? 君が他国へと向かおうと思っているのなら、それはそれで仕方ないと思ってる」

「あ、そうよね……ここに定住すると決まった訳ではないものね。貴女には貴女の人生があるのだから、引き留める権利はないもの」


 

 ラペッサは今その事に気づいたらしく、シーナの両手を覆っていた手を離す。王宮薬師試験の話を始めた時に比べて大分落ち着きを取り戻したようだ。


 

「もし良ければ、その事(王宮薬師試験受験)についても考えてくれると嬉しいよ」



 そう言ってロスは人好きのする笑みを見せた。


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