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幕間 第二王子殿下

 シーナ嬢へ私の婚約者の話をしてすぐにエリヒオが執務室に現れた。

 ラペッサが待ちくたびれている、との話を経てリベルトとシーナ嬢は先に彼女のいる薬師室へと向かっていた。我々はやり残した仕事を終えてから合流するつもりだ。

 調査隊が見つけた薬草と思われる植物……しかも幻と言われている薬草かもしれない、そんな話を聞いて胸を高鳴らせない男はいないだろう。

 特にマルコスは楽しみなのか、そわそわしている。


 中途半端になっていた書類を片付けていた私に、ダビドが話しかけてきた。



「殿下、どう思いますか〜?」

「ん、何?」

「シーナちゃんとラペッサ様ですよ。仲良くなれそうですかねぇ」



 気掛かりだと言葉にしてはいるが、ダビドの顔には楽しい玩具を見つけた、と言わんばかりの表情が浮かんでいる。完全にこの状況を楽しんでいるらしい。なんと答えようか、と思慮していた私の耳に入ってきたのは、マルコスの声だった。



「仲良くなれると思いますよ。むしろ二人で話し込んで薬師室に閉じ籠りそうですけどね」

「あ〜、確かにそっちの方が可能性高いよね! 『シーナさん大好き!』って言いそう〜!」


 

 予々私も同意見だ。だが、それは彼女にとって良い傾向である事は確かだ。

 

 今では明るく元気な彼女であるが、最初に出会った時はとても自己肯定感が低かった。

 薬師の国と言われているファルティア王国。王族も自ら薬を作成できるほど、彼の国では薬学が重宝されている。その中で唯一、幼い頃からラペッサだけが薬に魔力を込める事ができず、薬が作成できなかった。それがきっかけで、王侯貴族内で彼女は冷遇されていた。

 

 私との婚約が決まった三年程前、彼女は彼の国を追い出されるかのように一人でこちらに来た……正確に言えば、置き去りにされた、という方が正しいか。

 

 当時の報告によれば、豪華な馬車が正門前に着けられたと思ったら、簡素なドレスを着た女性が馬車の側に付いていた護衛に引っ張り出されたそうな。馬車内から強引に引き出されたのか、手首には痕が残っていたほど。あまりにくっきり残っているそれを見た我が母である王妃陛下は、臣下の対応に怒髪天を衝いていたほどだ。

 馬車はいくつかのトランクを彼女の後ろに置くと、そのまま帰っていたらしい。呆然とする彼女と門番を残して。


 その時は彼女がまさか婚約者であるラペッサだとは思わなかった。元々ファルティア王国から申し込まれたこの結婚。

 まさか婚約を締結後、「後程」と言われていた姿絵が来る前に本人が来るなどと……常識的に考えて思うだろうか。

 彼女がラペッサ本人であると判明したのも、持っていた手紙に付けられていた印がファルティア王家のものであると証明された事、数日後にファルティアの国王陛下より「ラペッサを送りました」と手紙が届いた事……つまり数日は掛かっている。

 表向きこちらの国に慣れるため、と書かれていたが、体の良い厄介払いだったのだ。


 きっと彼らは薬を輸入している我が国の事を格下であると判断し、そのような無礼な行いに出たのだと思う。

 我が国の北西に位置する帝国や、シーナ嬢の出身であるヴェーローロは宮廷薬師がおり、ファルティアまでとはいかないが……ある程度の薬を国内で作成できるほどの仕組みが整っている。

 

 

 まあ、実際そうだ。わが国の王侯貴族は、「輸入すれば良いだろう」と判断する貴族も多く、ファルティア王国の薬を使用している。勿論、今もだ。その事実が嘗められても仕方ない状況を作り出している。

 

 話は戻るが、私はそんな彼女に一目惚れしたわけだ。最初は庇護欲を刺激され、「か弱き彼女を守らなくてはならない」という使命感に駆られていた私だが、それがいつしか愛情となり、彼女も少しずつ私の愛に応えてくれるようになった。

 そして何よりも彼女の望みである「薬学に関わりたい」。それは薬を自ら作成できるようにしたいと考えていた王家にとっても朗報だった。しかも彼女の知識量は非常に多く、薬が作れない分知識を詰め込んだと言っていた。

 ……だが、その行動が家族に認められたのか、と言えば否というしかないが。


 元々薬師室と言うのはなく、薬は輸入したものを医務室に置いておき医師がその時々に薬の効能を調べて処方するという方針だった。そのため、医師の方からも「薬まで処方するのは時間が掛かり、診察時間を圧迫する」という苦情が以前から出ていたのだ。

 その事も薬師室を新設するための後押しになっていた。

 

 その許可が降りてから、ラペッサは最低限必要な薬草や薬の知識を本に纏める作業に取り掛かった。彼女がそこに取り組んでる間、私は王宮薬師の部署を新設。当時王宮魔導師団の隊員の一人が自国での薬の作成の有用性を解いていた事もあり、実は魔道師団の中に三人程薬を作成できる者がいる。最終的に彼らと相談し三人は薬師室へと異動となった。

 ちなみにその後……昨年の話になるが王宮薬師試験を開催した。その際合格したのは一人、薬師室に異動したある薬師の妹。彼女はラペッサの編纂した本を二週間で読み切ったという猛者で、どちらかと言えば研究者タイプの女性。現在は、彼ら計五人で現在は薬作成へと取り組んでもらっている。


 勿論国益に関わる事だからと力を入れたが、彼女の存在が無ければ、こんなに短期間で計画が始動する事は無かったと思う。

 つまり私はラペッサの事が大好きなのである。

 

 

「んー、その時はどうしてくれようか?」

「殿下、そこで嫉妬しないでいただけますか? 貴方様がラペッサ様を溺愛している事など王宮に勤める者全員が承知している事ですからご心配には及びませんよ。それに彼女は有能な薬師ではありませんか。我が国の薬学の発展に寄与してくださる可能性の高い方ですからね」

「本当に、殿下はラペッサ様の事が大好きですよね〜!」

「ラペッサが可愛いらしいのは誰でも知っているはず。彼女を好きにならないで、誰を好きになると思う?」

「殿下〜、人には好みがありますからねぇ。まあ、僕はラペッサ様の事大好きですけど!」

「お前はラペッサを見るな。減る」

「ええ〜! 殿下、酷くないですか〜?」

「このやり取りを何度繰り返せば飽きるのですか……そして殿下、その姿を先刻見せて欲しかったです……」


 

 ダビドは私とのこの会話が好きなようで、頻繁にラペッサを好きだと言ってくる。自明のことだが、本気ではない。ダビドの一番は婚約者なので我々からすれば挨拶のようなものだ。

 

 マルコスはいつもこの会話の後そう嘆いているが、私がこう振る舞うのは王位継承権争いなどという面倒な事に巻き込まれないよう、自衛しているに過ぎない事も理解している。

 以前私を王位に付けて傀儡にしようなどと考える輩が近づいてきた事があり見せしめとして手を下した後、そのような煩わしい輩は現れなくなったが……まあ、彼としてはもう少し威厳を見せても良いと思っているらしい。

 確かにマルコスの言う通りではあるが、今の振る舞いが個人的に一番楽なのだから仕方ない。

 

 私自身王位には全く興味がないし、ラペッサがいれば良いと思っている。臣籍降下した暁には、ラペッサと共に薬学の発展に力を入れるつもりだ。


 目の前に積んであった書類がなくなり、マルコスの机を確認する。すると丁度彼も書類を片付けた終えたようだ。

 薬師室へ向かおうと椅子から立ち上がる。



「さあ、行こうか」


 

 きっとラペッサが目を輝かせる姿は可愛いのだろうな、そう思いながら我々は執務室を後にした。



 執務室へ向かっている途中、ダビドが「そう言えば」と話を切り出してくる。


 

「マルコス、さっき君があのボンクラ君の愚痴を言っていた時。あの時さ、一人()()部外者がいたでしょう? なんで身内って言ったの?」

「……貴方も理解しているでしょうに……」



 ダビドのニマニマとした笑みを見て、眉間に皺を寄せて答えるマルコス。

 二人のやり取りを見て、私は笑いを漏らす。ボンクラ君――ヴェローロ王国の王太子イーディオ・バルバストルは、本当に愚かな事をしたな、と。そして彼女が今この時期に、この国へと訪れてくれた事に感謝しかない。


 きっと彼女はこの国で身内と呼べる立場の人間になってくれるだろう、という事をダビドもマルコスも当たり前のように思っている。ちなみに私も彼女ならそうなるだろうと確信しているが。

 


「あはは、ごめんって〜! でもそうなってくれたら良いな、とは僕だって思ってるよ! だって絶対面白いじゃん?」



 満面の笑みで話すダビドに呆れの表情を見せているのはマルコスだ。彼は額に手を当てて嘆息した。

 

 

「……私は貴方の趣味が分かりませんね」

「だって、どう見ても『恋愛とは無縁でした』って顔している二人……いや、彼のあの表情! 見ていて面白すぎたよ! あんな百面相しているの、僕初めて見たし〜」



 確かに今までの彼はなんだったのだろう、というくらいシーナ嬢の隣にいたリベルトは表情がコロコロと変わっていた。

 

 

「それは私も同意するね」

「やっぱり殿下もそう思います〜? もうさっきの二人の行動が面白くってしょうがないですもん。観察が捗りますよ〜」

「……ダビド、ほどほどにしてくださいよ」

「勿論! 本職はきちんと全うするからね〜」



 シーナ嬢も大変な人(ダビド)に目をつけられたな、と一瞬哀れに思うが、きっと彼女は薬草や薬ばかりで関心を寄せられた事など感知しないのだろう。ダビドの言葉を借りるが、面白い人(シーナ嬢)に出会わせてくれたイーディオには感謝だ。


 

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