14、薬師の弟子は、実験をする
その後、シーロは全ての植物に触れるが、魔力を持つ植物は赤い実をつけたこれだけだったそう。
植木鉢に入りそうな大きさのものを二株見つけた後、それを植木鉢に移したシーナ達はエリヒオの魔法袋へと入れて下山の準備に入った。
下山中もシーナは目を凝らして周辺を見回す。
そして偶にシーロへと魔力の有無の判断を依頼した後は、魔力があろうがなかろうが、それを採取して魔法袋へと入れていく。
そんなこんなでトッレシアの街に着いたのは、陽がもう少しで落ちそうな時間だった。
リベルトはそれぞれに指示をしていく。
「エリヒオ班、いつもの場所で報告書の作成を頼む」
「御意」
「アルベロ班、警備隊長の元へ行き『家を借りる許可』を得てくれ。終わったらエリヒオ班と合流するように」
「承知!」
二班を見送ったリベルトは、三人へと向き直る。
期待した瞳でこちらを見ているシーナに申し訳なさを感じつつ……心を鬼にして告げた。
「シーロ、アントネッラ。引き摺ってでも良いから、シーナさんに食事をさせてくれ。シーナさん、研究はその後にお願いする」
「了解しました!」
「そんなぁ……」
膝を折って悲しむシーナに、アントネッラは背中を優しくさすり、諭すように話す。
「シーナさん、許可を得ないと薬は作れませんよ〜。むしろその間に食事をしておけば、倒れて時間を無駄にする事なく薬が作れそうだと思うんだけど……」
「確かにアントネッラさんの言う通りだね! リベルトさん、食事に向かっても良いですか?」
「ああ、行ってくると良い。シーロとアントネッラはそのままシーナさんに着いていてくれ。会議後にまた私が合流する」
「了解っす!」
既に飛び跳ねながら食事処へ向かっているシーナの後ろに着いていくアントネッラ。
シーロはリベルトに頭を下げると、すぐに二人を追って走り出した。
一時間ほど経った頃、シーナは借りた家の中で早速薬を作成していた。
原料は、シーロが「魔力が籠っていない」と判断した草だ。
葉の形状はタクライに似て細長く、先が尖っている。
アントネッラ達から見たらタクライと間違えそうな葉も、シーナは見分けがつくらしい。
昨日アントネッラとリベルトに見せた作成法で手際よく作るシーナ。
数十分ほどで魔力を込める前――薬草成分を抽出し終えた液体の状態まで作り上げる事ができた。
シーナは出来た薬を持ち上げて、振ってみる。
色は薄いが、薬に見えなくも……ない。
チラリとアントネッラを一瞥すると、彼女もうーん、と唸った。
「……昨日の薬と同じように見えるなぁ。シーナさん、後は魔力を込めるんだっけ?」
「そう。それで完成のはずなんだけど……」
直感ではあるが、魔力が込められないような感覚がする。
そう思いながらもテーブル置いていつものように力を込めたのだが……。
「うん、無理。魔力は込められない。上手く言えないけれど……魔力が弾かれる感じがする」
「なんでなんすかね?」
「うーん、考えられるのは……薬草は魔力を自ら取り入れる事ができるけれど、雑草はその仕組みがない……とか?」
三人で知恵を絞るが、考えは浮かばず。
半ば諦めたアントネッラが手を挙げた。
「これで雑草と薬草の違いは何かがある程度分かったから良いんじゃない? という事は、これから未知の植物を判断する際にはシーロが必要になるってことね。これからシーロは調査に引っ張りだこになりそう!」
「薬師一家に一人は欲しい存在だな〜」
「ひぇええ……シーナさん、こき使わないで欲しいっす……」
態とらしく怯えるシーロに笑うアントネッラ。
シーナもくすくすと笑いを溢しながらも、取り出した紙に今回の結果を書き付ける。
「あれ、シーナさん。何書いてるんすか?」
「この研究結果を一応書き留めてるんだ。もしかしたら報告に必要になるかもしれないと思って」
「シーナさん、優しい〜! 誰かさんとは大違いっすね!」
「誰か、とは誰よっ!」
あっという間にシーロはアントネッラに羽交い締めにされる。
その様子に堪えきれず、ぷっと吹き出した。
しばらく彼らを見ていたシーナだったが、再度紙へと視線を戻す。
もしリベルトが報告書の作成を指示したとして、それはきっとエリヒオの仕事になるだろう。
シーナは頂上で助け舟を出してくれた事は忘れない。
まあ、本人としてもこの結果を残しておきたい、ついでではあるが、その助けになればと思う。
書き終えた後、未だに戯れ合っている二人に顔を向けた。
そして何事もなかったかのように声をかける。
「じゃあ次はこの赤い実で薬を作ってみるね」
「うん、よろしく、シーナさん」
「た……助けてくださいっす……」
「うん、頑張って!」
そんな賑やかな中で、シーナは次の薬作りへと取り掛かったのである。
それからシーナが一息ついたのは、薬を煮込む段階になってからだった。
彼女が作成している間、アントネッラは先刻シーナが書き留めていた研究結果を許可を得てから別紙に写していた。一方シーロはテーブルの上に出ていた薬草や雑草を手にして、何かを書き留めていた。
シーナがふう、と一息ついたところで現れたのはリベルトだった。
「あ、隊長」
「お疲れ様っす」
「ご苦労。様子はどうだ?」
「現在は頂上で採取した実で薬を作成している最中です。先程までは魔力無しの草で薬を作成していました。結果はこちらです。シーナさんに許可をいただいて、書き留めた物を写させてもらいました」
「ふむ、有難い。シーナさん、こちらは報告書を作成する際に使用しても良いだろうか?」
「勿論、どうぞ!」
「助かる。アントネッラ、済まないがこれをエリヒオに渡してきてもらえるか?」
「良いですよ〜。エリヒオさんは会議室ですか?」
「ああ……そうだ、ついでに。手を出してくれ」
リベルトは彼女の掌の上に何枚かのお金を落とす。
何事か、と目を丸くして掌とリベルトを見るアントネッラ。
「それで軽くつまめる物を買ってきてくれるか? 薬草茶と合いそうな物が良い」
一度目をぱちくりとさせたアントネッラだったが、満面の笑みで了承しその場を後にする。
彼女の背が扉で見えなくなった頃、リベルトは振り返って二人に告げた。
「さて、一息つくか?」
シーナのティーポットには、シナリィーと呼ばれる薬草を使用した茶が入っている。
先日と違うのは、そのお茶を淹れているのがリベルトであることくらいだろうか。
「隊長、薬草茶なんて淹れられたんすね?」
「ああ。ラペッサ様にご指導いただけてな……執務室でたまに出している」
話しながらも手際よくリベルトはティーカップにお茶を注いでいる。
念の為シーナは陶器釜の中身を瞥見する。見る限り一息ついても問題なさそうだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
リベルトが持参したシナリィーと呼ばれる薬草は、身体の回復や集中力を高める効果があるとされている。ふっと刺激的な香りが漂い、休息を取って重くなっていた頭が爽快になる。
「美味しい……」と溢せば、リベルトは口角を上げた。
「そう言ってもらえると、練習した甲斐があるな」
そんな彼を上目で見ながら、シーナは久しぶりに淹れてもらった茶を楽しんだ。
アントネッラもすぐに姿を見せ、皆で軽食を摘みながら一息ついていた頃。
シーナの後ろを見たアントネッラは「あれ」と声を上げた。
「シーナさん。火が消えてるみたい」
「本当だ」
どうやら燃料があまり残っていなかったらしい。シーナは魔法袋から燃料とトングを取り出し陶器釜の下に置いた後、燐寸を取り出そうとしたのだが――。
「あ、燐寸を買い忘れていたみたい……」
そう言えば、シーナが使っていた物は王都を追放される前日の夜に無くなっていたのだ。この家に置いてあった燐寸は先刻使用したもので最後だったのだ。
店で購入しようと立ち上がったシーナを止めたのは、リベルトだった。
「私が付けよう」
そう言って彼が小さな声で呪文を唱えると、陶器釜の下にあった燃料が燃え始める。
初めて見る魔法に驚きを隠せないシーナだったが、ふとボアの討伐の時を思い出した。あの土も魔法だったのではないか、と。
「もしかして、以前助けていただいた時も魔法を?」
「ああ、ボアの時か。あの魔法はアントネッラが放ったものだ」
リベルトは彼女に視線を送る。アントネッラはその視線を受けて、胸を張った。
「あの時はシーナさんが目潰ししてくれたお陰で、ボアを止める事が出来たから本当に助かった〜。私はまだ動いているものに当てられないから……」
「ボアの前にいたのならまだしも、後ろにいたっすから。距離感が掴めないのは仕方ないっす。できるのはエリヒオさんくらいだと思うっすよ?」
「……あの、皆さん魔法を使えるのですか?」
シーナの疑問に全員が一斉に彼女に視線を向けた。
少々圧を感じたシーナは肩が跳ねる。もしかして、聞いたら不味かったかな……? と青褪めたシーナに声をかけたのはリベルトだった。
「一応全員が魔法は使える。だが、属性を持つのは半数くらいか?」
「属性?」
「ああ、そっか。シーナさんには馴染みがないよね。私は土を操る事ができるから土属性、隊長は火を操る事ができるから火属性。他にも水と風属性があるんだ」
「四属性を持っている者たちは魔獣に対して直接攻撃ができる事もあり、重宝されている事は確かだな。かと言って、この属性を持っていない人が魔法を使えないか、と言えばそうではない。シーロは属性持ちではないが、探索に関する魔法を使うのが上手い」
「所謂無属性ってやつっす」
シーナも薬を使う際に魔力を送っているが、これも魔法の一種なのだろうか。
そう尋ねれば、「然り」とリベルトから答えが返ってくる。
「薬は誰でも作れるわけではない、とラペッサ様から伺った事がある。つまりシーナさんも魔法を知らず知らずのうちに使っているのかもしれないな。まあ、四属性と無属性に分けてはいるが、人数が多く汎用性があるものを分類しているだけだ。言ってみれば四属性には無いものは全て無属性にしているだけだから、あまり気にしなくていい。王宮魔法師内では更に細分化されているらしいしな」
「そう言えば隊長、代々親から子へと受け継がれていく属性もあるらしいと聞いた事があるのですが、そんな事あるんですか?」
「……ああ、昔はあったらしい」
苦虫を嚙みつぶしたような表情のリベルトだったが、すぐに元の表情へ戻る。
「まあ、気にするな、という事だ」
苦しそうな表情が気になったシーナだったが、彼はその話を終わらせたいように見える。ならば、とシーナは質問した。
「他の班の方でも属性魔法を使える方がいらっしゃるんですね」
「そうそう。エリヒオさんは風属性だし、アルベロ班の二人は水と風属性。ちなみに隊長は火だけじゃなくて、水属性も使えるよ」
「……こちらから聞いていて今更ですが、隊の情報を教えてもらっても良いんですか?」
「構わない。どうせこれ位の情報なら周辺国も手に入れられるだろうしな」
そういうものか、とシーナは納得する事にした。




