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13、薬師の弟子は、山頂にたどり着く

 アントネッラやリベルトの申し出を受け、三人で協力して幾つかの鎮痛薬を作成した翌日。


 王都から戻ったアルベロ隊から(もたら)された追加の薬草の絵は十数枚にも至った。

 その量に落胆する隊員たちの中、一人だけシーナは絵を食い入るように見つめている。


 そんな彼女の姿に気を呑まれていた隊員達も、パラパラと紙をめくり薬草の絵を目に焼き付けていた。

 するとシーロがあ、と声を上げる。



「アン。これ、一昨日シーナさんが見つけた薬草っすよね?」

「うん、確かに見つけて地図に印を書いた気がする。名前は……オフィキナリス。うん、これだ」

「毒草のジクタビロサと似ているから注意って言われて記憶があるっす」

「流石、シーナさんだねぇ」



 周囲は二人の話に手を止め、耳をそば立てる。

 ついさっきまでは気落ちしていた隊員達も、彼らの話を聞いて希望を見出した。

 

 薬草の専門家がいるだけで、これほど心強い事はない。


 期待の篭った瞳でシーナを見るが、そこには狂喜乱舞した彼女。

 あの姿を見ると心許ない気もしなくはないが……。


 何人かは、覚えなくて良いのでは? と思ったのか手を止めて顔を上げる。

 だが、それを許さなかったのはリベルトの視線だった。


 視線で雄弁に「少しは役立つよう努力しろ」と言っているようだ。

 だが、無理なものは無理である。

 ともかく、隊員たちは覚えきれない量の薬草絵に頭を抱えていた頃、シーナがリベルトへ声をかけた。



「知っている薬草ばかりでしたので、問題ありません! そろそろ薬草探しに向かいませんか?」



 目を輝かせて鼻息が荒いシーナに、本当に大丈夫か? と無意識に全員が思ってしまったのも無理はない。

 ある種の不安を抱えたまま、今回は二班であるエリヒオ班が以前探索した場所で薬草探しを始めたのだった。



 

 

「まさか、こんなにサクサク終わるとは思いませんでした……」

 


 そううっかり本音を零したエリヒオに同意したのは班員達だった。



「いや、本当ですね。まさか陽が天辺へと昇り切る前に僕たちの調査範囲が終わるとは……」

「専門家がいると違いますねぇ」



 現在、山の中腹を少し登った辺りにいる。

 以前彼らが探索した時は陽が落ちる頃にここへ辿り着き、慌てて下山を始めた記憶があった。

 

 あんなに苦労した探索が嘘のように楽になった事に気づき、三人はシーナに心の中で感謝を述べた。

 ついでに「疑って申し訳ない」気持ちも乗せて。

 

 

 エリヒオ班が見逃した薬草はシーナによって大量に発見された。

 歩く度に何かしら見つける彼女に、エリヒオ班とアルベロ班の隊員は舌を巻く。

 

 それだけではない。

 ついでにアルベロ隊が持ち帰った薬草絵以外にも、シーナが知っている薬草は全て地図に記載され、彼女から薬草についての解説があるというおまけ付き。

 

 ……薬草を見つける度に、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)する彼女を見ると気圧される事もあるが。


 エリヒオは見覚えのある大岩を見つけ、後ろにいるリベルトへと振り向いた。



「リベルト隊長、我々が探索したのはあの大岩までです。この先はどうなさいますか?」



 思案に暮れるリベルトの後ろでは、先程入手したハムルスの花を取り出して、目を奪われているシーナが見える。

 対照的な光景にエリヒオは笑いを噛み殺すのに必死だ。

 

 彼の表情を見て首を傾げていた二人もエリヒオのように顔を向ければ、肩が震え始めている。きっと彼と同じように笑うのを我慢しているのだろう。

 

 考え込んでいたリベルトが顔を上げる。

 慌てて三人は真面目な表情を作り上げた。



「そうだな。山頂までどれくらい掛かるか分かるか?」

「この調子でしたら、一時間ほどでしょうね」

「なら、頂上を目指してみるとしよう。シーナさん、疲れているようなら休憩をここで入れるが……」



 楽しそうな彼女へとリベルトが尋ねれば、彼女は面食らったようにポカンと口を開けていた。

 まさか訊ねられるとは思わなかったらしい。

 

 

「休憩なしでも問題ありませんよ!」

「……本当か? 君は疲れていないか?」



 休憩は二度ほど取っているが、慣れない山道で彼女も疲れが溜まっているのではないか、そんな優しさを見せるリベルト。

 その一方でシーナは期待に胸を高鳴らせていた。

 

 

「ええ、ええ問題ありませんし、私はそんな柔な人間ではありませんからね! ささ、行きましょう!」

 

 

 小躍りしそうな様子で歩き出すシーナに、呆気に取られる隊員達。

 その静寂はアルベロが思い切り吹き出した事で破られる。



「楽しそうで良いじゃないですか、隊長! 要望通り山頂へ向かいましょうよ!」

「しかし……あまり休憩を取っていないから、大変じゃないかと思ってな」



 妹に甘いお兄ちゃんじゃないか。

 シーナ以外の全員がそう思った。


 そこに意を唱えたのは、まさかの妹枠のシーナだ。


 

「いえいえいえ、平民薬師である私を舐めないで下さい、リベルト隊長! まだ見ぬ薬草のためならどこへでも行きますよ〜元気溌剌です!」

「隊長、あんなに楽しそうなシーナさんを止めるんですか?」



 彼女を指差して首を傾げるアントネッラの言葉に詰まるリベルト。

 ひとつため息をつくと、彼は全員を見回してから言った。



「では、これから山頂へと向かう。エリヒオ班は先行して魔獣が(たむろ)していないか、確認をとってくれ」

「御意」

「アルベロ班と我々でシーナさんを囲むように警戒を怠るな。……ついでに薬草があるかも見るように」

「「了解」」



 多分シーナさんが全て見つけるのだろうけど……とリベルトを含めた全員が心の底で思っているのだが、それをおくびにも出さない。


 

「シーナさんはトビアスとアントネッラの間にいてくれ。薬草があれば今までと同じように声を上げてくれると助かる」

「任せてください!」


 

 そう満面の笑みで答えるシーナにリベルトは微笑んだ。


 その時。



「シーナさん、これ、もしかして薬の原料とかじゃないっすか?」



 後ろで小低木を訝しげに見つめていたシーロが彼女に声をかけた。

 シーナは頭が取れそうなほどの勢いで彼の方へ向くと、「あっ!」と驚きの声を上げた。



「これはニフェリンですね! 根や葉の部分がよく薬として使われています。実物は本でしか見た事が無かったのですが……こんな場所に生えているなんて! 採取、採取!」



 ニフェリンの葉を数枚取る。

 本当は根も持っていきたいところだが、これは低木なので葉だけで我慢だ。


 シーナが和気藹々とした雰囲気を醸し出す間、それに慣れっ子のシーロとアントネッラは絵の確認と地図に記入する事を忘れない。


 

「あ、ニフェリンは絵に含まれていないっすね」

「じゃあ、名前をここに記入すれば良いかな」



 こんな具合で調査もすぐに終わるのだ。

 最初は舌を巻いていたアルベロ班の面々も、これが幾度となく続いたので馴染んでしまった。


 周囲が微笑ましくシーナの様子を見ている中。

 リベルトは印をつけ終えたシーロに話しかけた。

 

 

「シーロ、よくこれが原料だと分かったな。このニフェリン、という植物は配給した絵の中には入ってなかっただろう? 何か理由があったのか?」

「これは俺の推測なんすが、薬草の葉や茎には魔力が含まれているような気がするんすよね」

「……確かシーロは、対象物に触れると魔力を感じ取る事ができるのだったな」

「そうっす。今までシーナさんが選んだ薬草は、全て葉や茎、根の部分に魔力を感じたんすよね。特に薬として使用するとシーナさんが言っていた箇所は、多くの魔力が含まれていると思うっす」



 まだ仮説ではあるんですが……と頭を掻くシーロに、リベルトは目を見開く。



「シーナさん、この仮説を君はどう思う?」

「薬草に魔力……興味深い説ですね。ですが、薬草については誰かが研究していそうな気もするのですよね。それこそ薬師の国の方とか」



 最先端の研究を行っている、と言われているファルティア王国。残念ながらヴェローロまでは論文等が回ってこない。

 数年前まではマシアが伝手を利用して論文を手に入れてきていたが、それ以降は多忙だったこともあり、王都の図書館にある薬や薬草系統の本しか読む機会は無かった。

 

 マシアに強請って読ませてもらったが、論文は新薬の研究についてが多く、薬草自体を研究したものはほぼ無いと言って良かった事を思い出した。

 リベルトは首を捻りながら言葉を紡ぐ。

 

 

「ひとつはファルティア王国が故意に隠蔽している可能性。もうひとつは薬草自体の研究はされていない可能性、だろうな。可能性としては後者である気がするが……シーロのように対象物に触れると魔力を感じる特殊な体質の者などほぼいないからな。シーロがその体質である事が判明したのは、確か入隊後だったか?」

「そうっすね。普通に生活していたら、それが特異な体質だとは気づかないと思いますね」



 シーナだって彼のような体質の人がいるとは初めて知った。シーロの話を詳しく聞けば、魔力を含んでいる物体に触れると、ちょっとした違和感があるらしい。

 魔力量が多ければ多いほど、その違和感も大きくなるという。

 どんな感じなのか尋ねると、「例えれば水と油が混ざらないような感じですかね……?」と言われたが、シーロ自身もうまく説明できないらしい。


 だが、彼のお陰で薬草とは何か、を解き明かす事ができるかもしれないと思うとシーナの胸は高まった。

 そして直感的に思う。これは大事なことでは無いかと。

 だから彼女は目を輝かせ、リベルトへと詰め寄った。

 

 

「それを証明するために、帰ったら研究させてくださいね! もしかしたら、結果によってはより効果の高い薬を作成できるかもしれませんから……!」

「あ、ああ……」


 

 顔を思い切り近づけられて、たじろぐリベルト。

 それを見た周囲――特にアルベロ班は目を点にした。


 隊長が狼狽えている……!


 目の前で怯むリベルトにどんどん迫るシーナ。

 その様子を見たアルベロは思う。


 面白いから放置しよう、と。



 こんな事を何回か続けながら、調査隊一行は山頂へと辿り着いたのだった。

 

 

 足元を眺め回すシーナを座らせ、軽い休憩と食事を摂らせた頃。

 休憩と食事で元気を回復したらしいシーナは、目を爛々と光らせながら歩き回っていた。

 

 中腹や山の麓とは違い、標高が高いからか岩場が多く自生している植物も少ないようだ。

 最初は嬉々として歩いていた彼女だったが、表情は段々と暗くなっていく。



「この山頂には、知っている薬草はなさそうです。岩場だからでしょうか……」


 

 草をかき分ければ焦茶色の土が見えた中腹とは違い、この場所には岩や石がゴロゴロと落ちている。植物の育つ場所が限られているのか、生えている植物の種類自体も少ない。

 その中でも大部分を占めているのは淡紅色を帯びた白色の花をつけている草だろう。

 大きくても足首ほどしか無いその草は、ところどころに赤い実がなっている。

 

 残念だ、と肩を落とすシーナに声をかけたのは、シーロだった。



「シーナさん、これって薬草じゃないんすか?」

「どれですか、シーロさん?」



 彼が指している先には赤い実がなっている植物だった。

 シーナは肩を竦めながら答える。



「薬草では無いと思いますが、気になる事が?」

「いえ、この植物、葉や実……特に実に魔力が大量に含まれているんすよね。だからもしかしたらと思ったんすけど……じゃあ、俺の仮説は違うのかぁ〜」



 そう言って悔しがるシーロを慰めるアントネッラ。

 隊員達も「残念だな」と口々にシーロを励ましている一方で、黙り込んで考え事をするシーナに気づいたリベルトは彼女に呼びかけた。



「そんなに考えて、どうした?」



 シーナは彼を一瞥した後、座り込んで赤い実に触れる。

 そして、考え込みながら話した。



「いえ、なんとなくこの植物が気になりまして……もしかしたら薬草として使えるのかもしれないと思ったのです」



 それに歓喜したのはシーロである。

 

 

「シーナさん、本当っすか?!」

「はい。私としてはシーロさんの仮説はほぼ正しいのでは、と思っています。山頂に来るまで、いくつか薬草とそれ以外の植物に触れてもらいましたが、薬として使う原料の部分もしっかり見抜かれていました。つまり、この植物も知られていないだけで、薬草として使用できる可能性があります」

「今は退治したが、この山は魔獣も生息している。トッレシアの街に暮らす者たちは山の麓までしか入っていないから、気づかれなかったという事か」

「そうですね、仰る通りかと。採取しても良いですか?」

 


 リベルトが首を縦に振る姿を見て、シーナの声に明るさが滲む。

 実と葉を手に取り、じっくりと観察し始めたシーナの後ろから声が聞こえた。

 

 

「シーナさんもご存知ないとは……隊長、シーロの仮説も含めて、これはラペッサ様に報告するべき案件では?」

「その方が良いだろうな。エリヒオ、任せても良いか?」

「御意」


 

 エリヒオは首を垂れた後、すぐにシーロの元へ向かう。

 その間にシーナはリベルトへと近づいた。


 

「あの、お聞きして良いのか分かりませんが……ラペッサ様とは何方でしょうか……?」

「ああ、調査を依頼された王宮薬師の一人だ。我が国の薬学の第一人者と言っても良いだろう。かの方にお聞きすれば、薬学の大体の事は分かる」



 シーナはリベルトの言葉に驚きを隠せない。

 そんな方に一度話を聞いてみたい……と思うが、思い直す。平民薬師であるシーナにはまた夢の夢だと。


 流石にここまで来れば、彼らがお偉い様の命令で調査に来ている事自体理解する。

 先日の会議の時も、「あのお方」と言っていたが……きっとラペッサの指示なのだろうと思う。

 それならば、とシーナは提案する。


 

「成程……リベルトさん、それでしたらこの植物を王都へと持っていくのは如何ですか?」



 そう言ってシーナは魔法袋の中から植木鉢を取り出した。いつか種や苗が手に入ったら、家で育ててみようと思い購入していた植木鉢。

 だが、間が悪く使われる事が無かったのだ。その事を心残りに思っていたシーナは、折角だからと持ってきていたのである。

 

 

「新種であっても、なくても、薬師様であればどのような環境で、どう育っているか――は把握したいのと思われるのではありませんか? 環境は言葉でしか伝えられませんが……どのような植物であるかはこれを使えば見せる事ができます」



 その提案にリベルトは腕を組んで憂慮(ゆうりょ)する。

 

 

「葉や実だけならまだしも……未知の植物を持ち込むのは少々心配だな」



 気が気でない様子のリベルトに、「無理か」と観念したその時。

 エリヒオから助け舟が出される。

 

 

「なら、リベルト隊長。私の持つ魔法袋に入れて持っていきましょうか? 私の魔法袋は時間停止能力が付いておりますし、王宮へと行けば毒草かどうかの鑑定ができるでしょうから。あ、もしシーナさんもこの植物が欲しいのであれば、植木鉢に入れて下さい。安全か判断が付くまでは私が持ちますが、その後お返ししますよ。如何ですか?」


 

 天にも昇る気持ちで彼の顔を見る。するとエリヒオは彼女に目配せをする。

 嬉しさから相好(そうごう)を崩したシーナは、浮き浮きしながらリベルトへ顔を向けた。


 彼女の顔を見てリベルトは片手で顔を覆う。

 顔を覆った手で上を向いた後、手を取ってからため息をついた。



「分かった。エリヒオの案なら問題ない」

「本当ですか?! エリヒオさん、ありがとうございます!」

「やりましたね、シーナさん」



 二人は手を取り合う。小躍りして喜ぶ彼女に周囲は目を細めている。

 そんな穏やかな雰囲気の中で、トビアスは一人リベルトを見てこう思っていた。



 ――隊長、なんか羨ましそうな顔でエリヒオを見ているな、と。

 


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