12、薬師の弟子は、薬を作る2
その後シーナはお茶を終え、釜に入っている煮詰まった薬を、先程とは異なる漏斗へ流し込む。漏斗の下には瓶が置かれており、その瓶は完成品の薬を入れるために店で使用している物だ。
釜に入っていた薬には細かく潰したタクライの葉らしきものが漂っていたが、漏斗の中を通す事で不純物がろ過されていく。
こちらの漏斗にも先程使用した物と同じように布が張られているが、今回使われている布は只の布。
葉の滓で濁っていた薬は、この布を通す事で透明度が幾分か増している。
だが、リベルトやアントネッラは満足そうなシーナを見て、首を傾げた。
普段使用している薬に比べると、透明度が足りない気がしたのだ。
その事を指摘しようと二人が口を開こうとしたが、シーナの雰囲気が変わったことに気づき視線を元に戻す。
瓶をテーブルに置いたシーナは、口を一文字に結び、真剣な眼差しで両手を瓶の側面に置く。’
そのまま目を瞑った彼女は、微動だにする事なく、集中しているようだった。
リベルトは気づく。
シーナの魔力が薬へと流れていることに。
それに気づいた彼はシーナの両手の間にある薬を注視してみれば、魔力が薬へと浸透しているのか、透明度が上がり鮮やかに色づき始めているように見えた。
一方で、アントネッラは未だに動かないシーナに声をかけるべきか、悩んでいた。
隣にいたリベルトに助けを求めるように視線を送れば、彼は首を横に振っている。
隊長がそう判断するのなら……とアントネッラは声をかけるのをやめ、しばらく様子を見ているとシーナはいきなり動き出す。
「リベルトさん、アントネッラさん、もう声を掛けていただいて大丈夫ですよ。……先に何をするか言えば良かったのですが、いつもの癖で工程を進めてしまいました。ごめんなさい」
頭を下げた後、舌をぺろっと出したシーナに、アントネッラは首を横に振った。
「ううん、大丈夫だったよ。声をかけなくて良かった……今のは何をやっていたの?」
「あれは私の魔力を薬に込めたんだよ。別に魔力を込めなくても薬はできるんだけど、効き目が雲泥の差になるんだよね。魔力を込めると薬の吸収が上がるみたいで……あれ?」
「どうしたの、シーナさん」
「なんとなくだけど、魔力がいつもより沢山入ったような気が……?」
瓶の中身をクルクルと回し、薬をじっと見つめるシーナ。
彼女の真剣な表情に呑まれ、アントネッラもリベルトも、彼女が持ち上げている薬を穴が開きそうなほど見つめる。
二人には分からないが、彼女に分かる何かがあるらしい。
リベルトはいつも利用する薬との違いが分からなかったのか、シーナに尋ねた。
「何か違うのか?」
「うーん、そうですね……薬の透明度がいつもと違う気がしますね。ここまで綺麗に反対側の景色を見通せる薬は初めてです」
どうぞ、と言われてリベルトも薬を持ち上げて見てみるが、普段と同じにしか見えない。アントネッラも同様だった。
そもそも彼らからすれば、薬をじっくり間近で観察したこと自体が初めてだ。いつも有事の際に手に入れて、そのまますぐに飲み干してしまうのだから。
「えー、そんなのが見分けられるの? シーナさんってすごいねぇ」
目をまんまるにしているアントネッラに褒められたシーナは、頬を掻きながら「そんな事ないよ」と話す。
「これが出来るからって良い薬ができるとは限らないし……」
実際、幾ら薬の良し悪しが見ただけで判断できたとしても、変わらない品質で薬を卸していても「お前は用無しだ」と言って追い出される事だってあるのだ。
国外追放を告げられた時の事を思い出して、シーナは眉を下げる。
彼女が意気消沈していると見抜いたリベルトは思わず呟く。
「私は……薬学が素人なので申し訳ないが、薬の良し悪しを評価する事はできない……だが、相当な努力をしたのだろうな、と感じる事はできた」
「私もそう思う。シーナさんの知識は本当に有難いもの! 沢山勉強したんだな、って思ったよ?」
「……君からしたら、大した事はないのかもしれない。だが、我々は君の知識に助けられている。……場所や人が変われば評価も変わるはずだ。だから、いつか君の薬を評価してくれる人たちは現れるはずだ。自分の思う道を進めばいい」
リベルトの言葉を聞いて、シーナは思った。
ヴェローロでは彼女自身の聞こえが高いわけではない、と。
薬屋は師匠に譲られたもの。元々王侯貴族である彼らから、師匠であるマシアは世の覚えがめでたかった事もあり薬師の認可を与えられたのだ。
強いて言えば……宰相はそうかもしれないが、彼だって「マシアの弟子であるシーナ」だからであって、彼女自身をどう評価しているのかは分からない。
シーナ自身上に認められたい、と思って薬屋を引き継いだわけでは勿論ない。
薬を作るのが楽しい、知識を得るのが楽しい、そんな思いでやっていたし、お客に「ありがとう」と言われる事が非常に嬉しかったし、師匠であるマシアがいたので続けられた、というのはある。
だが……彼らのように認めてくれる人たちがいる。師匠の弟子ではない、シーナ自身を。
そう思うと、天にも昇る心地になった。
シーナは歓心を隠す事なく、満面の笑みで二人に向き直った。
「……ありがとうございます! まずは調査を頑張りますね!」
「ああ、よろしく頼む」
「シーナさんだけが頼りだからね!」
顔を綻ばせるリベルトと、シーナの両手を握りしめるアントネッラ。
心にあった蟠りが吹っ切れたようだと、二人はそっと胸を撫で下ろす。
二人が安堵したのも束の間、シーナは窓の外を確認する。
その後魔法袋からゴソゴソと音を立てて何かを取り出した。
大量のタクライ、である。
なんとなく彼女の次の行動が予想できた二人は、微笑んだまま硬直した。
「さて、折角の時間なので……タクライで薬を作りますね! タクライから作られた薬は鎮痛薬として使えますから、調査にも役立つと思いますし。あー、久しぶりに大量に薬が作れるなんて……幸せ……」
パチン、パチン、という心地よい音で我に返る二人。
シーナがにやけながらタクライを切り出している姿を見て、二人は愁眉を開いたのだった。