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幕間 リベルト隊(アントネッラ視点)

「……なあ、アントネッラ。リベルト隊長ってあんな笑顔を振り撒く人だったか?」



 本日の報告会が終わり、隊長がシーナさんを送ると言って解散した後、隊員の一人であるアルベロさんが私に話しかけてきた。


 彼の後ろでは、まだ残っている隊員が聞き耳を立てている。

 ……確かに彼らから見たら隊長の様子が変わったのではないか、と思うのも無理はない。


 

 隊長は女性に頬を緩める事など一度もなかったからだ。

 

 彼は伯爵家の次男で、美しくサラサラな黒髪に整った顔。そして第二王子殿下の側近兼将来の近衛候補。地位、権力、容姿どれを取っても令嬢たちからはウケが良い。

 特に伯爵家の次男、というところがまた絶妙なところである。流石に公爵家の令嬢を娶るには少々厳しいが、将来近衛となるならばギリギリ許容範囲内である。そのため侯爵家令嬢から見れば優良物件だし、子爵家、男爵家の令嬢からすれば婚約できる範囲にいる男性なのだ。

 そんな男性が第二王子殿下に忠誠を誓う姿、そして未だに婚約者がいない、つまり一途なのだろうと判断する令嬢は多いのだ。


 まあ、彼の同僚である側近たちも同様だ。特に隊長とマルコス様は周りに群がろうとする女性を煩わしい、と思っているのではなかろうか。たまに私も隊長に群がっている女性たちを見ているが、私があの立場なら三日で辟易すると思う。

 ちなみにかく言う私も男爵家の三女ではあるが、幸い私は女性という枠ではなく部下として見られている。婚約者がいるからね。


 私の話は置いておく。



 それよりも……女性の前では無口無表情を貫くあのリベルト隊長が!


 シーナさんを隊員に紹介した際、隊長が微笑んでいた事に彼らは衝撃を受けたのだろう。

 何があったのか、共に行動していた私やシーロに尋ねるのは当然だ。


 むしろ私だってそうすると思う。



「違います」

「だよな? あまりにもシーナさんに対する扱いが違うから、ちょっと目を疑ったんだけど」

「俺もアルベロと同じで驚いたわ」

「私もです」

「うんうん、本当に驚いたわぁ」



 私の後ろにいたシーロはうんうん、と頷いているし、後ろで聞き耳を立てていた隊員たちも口々にそう言い始めた。


 それ程、隊長の普段の態度を見ている私たちにとっては異常なのである。

 


「ついに隊長にも?」

「……あの訓練と殿下にしか興味がない隊長がですか?」

「そうだけど、実際隊長がシーナさんを宿まで送っているだろ。それが証拠じゃないか? 自分で送らなくても、同じ班だったアントネッラとシーロに任せても良いじゃないか。わざわざ自分から送りに行くなんて、彼女に興味があると言っているようなものだと思うが」

「実際の目で見たから理解できるけど……普段の隊長から想像もできない光景だ……」

 


 周囲は「隊長にやっと春が来たのか?」と少々興奮気味だ。

 なんだかんだ言って部下に対しては厳しいが、面倒見の良いリベルト隊長は隊員に好かれているからこそだと思う。


 だが、私の見立てで言えば、隊長のあの視線は恋している相手に対するものではない。


 むしろ――。


 

「うーん、俺から見たらなんか妹を見ているような目? って感じがしたけどな〜」



 ふとアルベロさんの奥にいたトビアスが声を上げて言い放つ。それは図らずとも私が言おうとしていた言葉だった。


 

「あ、なんか納得した」

「それだわ」



 やはりみんなそう思うらしい。

 

 

「確かにシーナさん、薬以外の事にとことん無頓着っぽいから目を離せないよなぁ」

「さっきも大きなお腹の音を鳴らしてたもんなぁ〜。あれは久々に笑いそうになったわ」

 


 そうなのだ。

 彼女は先程の会議でお腹を鳴らしたという事件を起こしたのだ。

 

 本日は別行動だった他の隊員に紹介をするから、とリベルト隊長はシーナさんに依頼していたため、私は隊長が取ったらしい宿に迎えに行ったのだが……彼女は私が呼びにいくまで、今日採取した薬草をずっと見ていたらしい。


 ちなみに私が部屋に入ったその時の笑みもニマニマとしたものだった。

 

 ……断じて彼女の部屋に無言で入ったわけではない。数度ノックしたが、返事がなかったので、鍵がかかっているかを確認するために扉を開けたら、薬草を見ていたシーナさんがいたのだ。

 

 シーナさんも顔の緩みに気づいていたのだろう。

 私の顔を認識した瞬間「あ」と言って頬を持ち上げて、緩んだ頬を戻していたのを見て笑いそうになったのだが。


 話を元に戻すが、結局彼女は何も食べずに来たため……最後の最後に大きなお腹の音を鳴らしたのである。報告会までには少し時間があった私たち隊員も、お腹が鳴らない程度に軽く摘んでこの場に臨んでいたのに、彼女は薬草に夢中で何も食べていなかったらしい。


 最後に食べたのはいつかと聞いたら、私たちと出会う直前にパンをひとつ食べただけだと。

 そりゃお腹が空くわけだ。


 

「あの時の隊長の顔、見ものだったなぁ……」

「必死に笑いを堪えていたもんなぁ……」

「やば、今でも笑いが……」


 

 あの時我慢した反動が来たらしい。

 全員が声を上げて笑い出す。


 私も笑いを堪えながら言った。

 


「シーナさんは薬や薬草の事になると猪突猛進する性格みたいですよ? 何度か隊長に採取の許可を得ていましたが……あの時のシーナさんの目力が強すぎて、隊長が少し後退りしていましたから」

「あの隊長が?!」

「ほんとっすよ! 自分の身長の数倍もある魔獣へ果敢に攻めていくあの、隊長がっすよ? 想像できます?」

「……できん」

「一度見てみたいですねぇ……」

 


 隊長が引いていた、と聞いて驚く奴もいれば、想像して笑いそうになる奴、既に笑っている奴など様々だ。そんな中で一際目立ったのはシーロの発言だった。


 

「きっとシーナさんは、おもしろい()枠って奴っすね!」



 その言葉に一瞬全員が口を開いたまま無言になるが、すぐにぷっと吹き出す音があちらこちらから聞こえてくる。


 

「あはは! おもしろい女枠じゃなくて、妹枠かよっ」

「まあ、ああ見えて隊長は面倒見がいいからなぁ。もしかしたら妹枠ですらなくて、部下枠に入っているのかもしれん」

「いや、流石にそこは妹枠だと思うっす。だってそれならアンにも似たような対応をしそうな気がしません?」

「確かにシーロの言う通りだな」

「アントネッラはあんな風に隊長に扱われたら、どうなんだ?」



 アルベロさんがそう私に振ったので、何気なくシーナさんの隣を自分に置き換えようとして――不気味さから鳥肌が立った。

 

 

「……変な事想像させないでください……鳥肌立ちました。きっと隊長は何か企んでるのではないか、と私なら疑いますね。それか変な物を食べて、思考能力が落ちているかを疑います」



 思わず想像して身震いする。

 

 

「あははは! ちげえねぇ」



 そんな私の様子を見て、他の隊員たちはお腹を抱えて大笑いしている。

 

 

「ともかく、明日が楽しみだ。明日は実地調査だったか? 隊長の珍しい姿が見られそうだ」



 ワクワクが止まらないアルベロさんの表情は、まるで大好きなお酒を目の前にしたかのように笑っていた。


 ……とても楽しそうなところ悪いのだが、それが叶う事はないのだが。

 シーロも彼の言葉に引っかかったらしい。


 

「あれ、アルベロさん。さっき隊長が明日は調査を休むって言ってましたっすよ? 聞いていなかったんすか?」

「な、なんだってぇ〜!」



 シーロは目を丸くして、驚いているアルベロに淡々と事実を伝える。



「アルベロさんの班は明日王都に向かうようにって言われてましたっすよ。隊長がシーナさんの事を殿下に伝えたら、殿下から他の絵も持っていけと言われた……って」

 


 聞き間違いだったっすか? とシーロは後ろにいるトビアスたちへと視線を送る。慌ててアルベロさんが後ろの二人の方へ顔を向けると、呆れたような表情で彼を見ている二人が。

 彼は頭を掻きながらバツが悪そうに二人の元へ歩いていく。



「あ〜、シーナさんと隊長の様子ばかり気にしてて、聞いてなかったみたいだな……」

「みたいだな、じゃなくて『聞いていなかった』でしょう……ここでシーロが確認していなかったら、アルベロさん、明日確実に寝坊していましたよね〜?」

「う……痛いところ突くなって……」



 トビアスに的確に行動を当てられたからか、アルベロさんは居心地が悪そうだ。ジト目で「明日ちゃんと来てくださいよ」と念押しされている彼を他所に、もう一人の班長であるエリヒオさんがこちらへ歩いてくる。



「シーロとアントネッラは明日何か予定はあるのですか? と言っても、街に残る組は休むか必要な物を買い物するくらいしかできませんが……」

「俺は非常食が残り少ないので買う予定っす」

「私はシーナさんが薬を作るとの事なので、見学しようかと……」

「え、シーナさんがですか?」

「はい。『薬の研究をしたい』とシーナさんが言っていたので、隊長が『場所を貸す』と……正直目を離した隙にどうなるかわからないから、と隊長と私がシーナさんをみは――いえ、見学させてもらう事になりまして」

 

 

 てっきり宿で研究をするのかと思っていた私たちだったが、よく聞けば「匂いが出るので街の外で研究しようかと思いまして」と言い出したシーナさんに慌てた隊長が「匂いが問題ない場所を貸す」と伝えた次第だ。

 

 すぐに隊長がトッレシア警備隊に交渉し、警備隊の所有する空き家を借りる事ができたのである。その際交渉した警備隊長から、空き家は元々監視塔のように使われており、滅多にないが魔獣が侵入する事があるとのこと。

 

 調査隊の誰かが彼女に付いていて欲しいと言われたため、私と隊長が彼女を見張る事になったのだ。


 言い換えた私の言葉に気づいたエリヒオさんは、また笑い出す。

 


「見張るって……魔獣じゃなくて完全にシーナさんが危険人物みたいな言い方になってませんか?」

「……シーナさんは何故か見張らないと……って気持ちになるんですよねぇ」



 いや、本当になんでだろう。

 さっきから見張るって言葉がしっくりきてしまう。


 

「うーん、ある意味危険人物かもしれないっすね。シーナさんは三度の飯や睡眠よりも薬草と薬が好きそうじゃないっすか? 誰かが見ていないと倒れそうっすよね」

「……倒れないように見張る係ですか。ははは、本当に隊長がシーナさんのお兄さんに見えますね……」



 成程、危なっかしい子どものようなところがシーナさんにはあるのだ。だから隊長も放っておけないのだろう。

 

 シーロとエリヒオの言葉に全員が納得する。


 そんな中でシーロが疑問を投げかけてきた。

 


「ひとつ疑問なんすけど、シーナさんって薬草や薬に関しては相当な知識量っすよね? 今日、切り傷やかすり傷が多かった俺らに彼女から薬を貰ったんすけど……効果が高いのか、もう治り始めているんすよね」



 そう言われて私も薬を塗った箇所を確認する。確かにシーロの言う通り、切り傷が塞がり始めているようだ。

 


「それも踏まえると、相当な腕の薬師さんだと思うんすけど」

「ふむ、シーロの言う通りですね。そんな彼女がそもそも何故旅人としてヴェローロから来たのかは疑問ではありますが……アントネッラはその事についてシーナさんに聞いてないのですか?」

「えっと……確か彼女に師匠がいて、その方へ会いにきたって聞いています……それ以上は知りませんが、なんとなくそれが本当の理由だと思えないんですよね」



 彼女は師匠と連絡は取っているが、数年会っていないと言っていた。それならもっと楽しそうに話しても良いはずなのだが……少々声のトーンが低かった事が気がかりだったのだ。

 そう私が伝えれば、遠くで考え事をしていたアルベロが話し出す。トビアスの説教はそっちのけで何か考え事をしていたらしく、トビアスはガックリと肩を落としている。


 

「一週間ほど前にヴェローロの王都で薬屋を営んでいた平民の薬師が店を畳んだ、という話があった事は知ってるか?」

「ああ、確か侯爵家以外で唯一王家の承認を受けていて、王宮へと薬を下ろしている薬師が開いている店……でしたねぇ」



 アルベロの言葉にエリヒオが同意する。

 


「そうだ。数年前までは承認を受けた薬師と弟子の二人体制で開いていた店だったが、今は確か弟子一人で店を開いていると言う話だ。その弟子が王都を出た、と言う話があってな……その弟子は女の子らしい」

「それって……まさか?!」

「……まあ、可能性の話だ」


 

 全員が無言となる。

 静寂を破ったのはエリヒオだ。彼は手を叩いて全員を自分へと注目させた。

 

 

「まあ、可能性の話ですね。気にしすぎるのも良くありません。では、アントネッラ。明日はシーナさんと隊長の事は任せますからね。……ああ、何か必要なものがあれば私が手配しておきますが?」

「あ、それは大丈夫っす。俺が買いに行くんで」

「なら大丈夫ですね。みなさん、そろそろ解散しないと隊長が帰ってきますから。アントネッラとシーロの二人は、片付けだけ任せますね」

「任せてくださいっす!」



 エリヒオさんやアベーロさんたちは笑いながら会議室を出ていく。

 昨日の報告会の後の雰囲気とは大違いだ。

 

 

 そもそも私たちの仕事は警備や討伐任務。

 薬草の調査など範囲外だし、領域外。

 

 だが、この調査が行われたのは今後の薬学の発展につながるからに他ならない。


 今まで私たちはほぼ全ての薬をファルティア王国からの輸入に頼っていた。

 だが年々高価になる薬を前に、やっと上層部が動いたのである。

 

 そして我がリベルト隊長の直属の上司である第二王子殿下筆頭に、調査隊を結成されたのだ。

 

 殿下の元で調査隊を結成した理由は二点ある。

 一点目は我が国の薬学を強化すべきと主張した筆頭の一人が殿下であった事。

 もう一点は、殿下の婚約者様が薬師の国と呼ばれるファルティア王国の王族の末娘であるラペッサ様であり、彼女が現在我が国の筆頭薬師である事が挙げられる。


 現在ラペッサ様により薬師の育成が進められている。

 同時期に彼女が殿下へと進言したのが「薬草群生地の把握」だった。


 ナッツィアでは、私の家のように薬草を収入のひとつにしている家はあるが、ファルティア王国のように多くの種類の薬草を栽培しているわけではない。

 ラペッサ様は仰っていた。もし薬学を発展させたいのであれば、自国にある薬草を把握し、その薬草を研究していく事が近道であると。

 

 そのために結成された調査隊だったが……全員が素人、一番薬草を知っている私ですら毛が生えたくらいの知識しかなかった。


 あまりにも終わりが見えない調査に、昨日の報告会では全員が意気消沈していたのだが……そこに現れたのがシーナさんだ。

 

 

 シーナさんは慣れない分野での調査に苦戦している私たちの前に現れた女神である。

 ……ちょっと変わってはいるが。


 正直彼女が何者であろうが、助けられているのは事実なのだ。

 彼女が話してくれるまで、待とうと思う。

 

 

 彼女が現れてから、調査自体が良い方向に進んでいるように思える。

 明日も楽しみだ。


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