10、薬師の弟子の、薬草探し
結論から言えば、杞憂だった。
シーナは三人が思う以上の活躍を見せてくれたのだ。
まず、アントネッラの言う通りに「余っている物を後で渡す」と伝えれば、シーナは絵を目に焼き付けるのを止め、すぐに描かれている全ての薬草を確認する。
そして描かれていた薬草の生息地を把握していたシーナは、彼らが知っている範囲で地形について教えてもらった上で、メモに描かれていた薬草たちがどこに群生しているかを予想した。
それだけでも三人にとっては御の字ではあったが、シーナはまだまだ話し足りないと言わんばかりに、語り続ける。
終わりの見えない青空薬草教室の始まりである。
最初のお題は小川に生えていたジャバニカだった。
「ジャバニカは水が綺麗な小川で群生します。リベルト隊長、このジャバニカは幾つか採取してもよろしいですか?」
「ああ、少しなら構わないと許可を得ている」
「ちなみに、私用にも少しだけ採取しても良いですか?!」
「あ、ああ……」
真剣な表情をしたシーナがリベルトへ顔をぐいっと近づけたため、彼は一歩後退りそうになる。
少量なら問題ないだろう、決して彼がシーナからの無言の圧力に負けたのではない。
シーナは嬉々として生えているジャバニカを三本採取し、二本は魔法袋へ入れる。
頬は紅潮し、口元はだらしなく緩んでいる彼女の姿に何となく慣れてきた三人だったが、すぐにシーナの表情が無へと変わる。
彼女の表情の変化に驚いていた三人の目の前に、シーナはジャバニカの残りの一本を差し出した。
狼狽える三人に気づかないまま、シーナの薬草教室は続く。
「注意していただきたいのは、ジャバニカに似たような植物が他に2種類ある事です。ジャバニカを採ったつもりが、実は他の植物だったと言うこともよくあると聞いていますので……お気をつけください。その二種類はカナデンジスとジクタビロサと呼ばれる植物で、前者のカナデンジスは食べても問題ない植物なのですが、後者のジクタビロサは毒草です」
「「毒草?!」」
「はい。特にジクタビロサはジャバニカに似ていて、生息地も水辺です。ジャバニカと違って濁水の周りにも生えるので、もし濁水の周りに生えておりジャバニカに似ていたらそれはジクタビロサだと思われますので、採取はやめた方が良いかと。問題はジクタビロサもジャバニカと同様、清水の周りにも生える事です。ジャバニカの生息地に共に生えていることもあります」
「それは……問題だな」
「ジャバニカとジクタビロサの違いは香りです。ジャバニカからは青っぽい爽やかな香りがします。匂いが分からない時は葉を揉んでみてください。独特な香りがすればジャバニカ、それがなければジクタビロサです」
彼女の話を聞いて、三人はシーナが手に持っていたジャバニカから葉を取り、香りを嗅いでみる。
すると彼女の言うような独特の香りがした。
この話は何かに残すべきだと思ったのか、シーロは自分の物に彼女の言葉を書き付けている。
「あともうひとつの違いは根っこですね。なので、もし採取を依頼する際には根まで掘り起こすように伝えると良いと思います。ジクタビロサには根元に大きな根茎――土に埋まっている茎なのですが、それが緑色で太く節のようなものがありますので、見分けがつきやすいかと。師匠はジャバニカに関しては、根まで採取するように商会に指示していましたし、何度かジクタビロサが混ざっていた時に師匠と確認しましたので、間違いないです」
「ほぁー、勉強になりますねぇ……私は流石にそこまで知りませんでしたよ……」
アントネッラは手に取ったジャバニカの葉を揉み、香りを確認しながら呟いた。
「薬草と言ってもいろいろあるんすねぇ〜」
「特にこのジャバニカは似ているものが多いので、気をつけた方がいいですよ。ちなみにカナデンジスとの見分け方は葉の枚数です。五枚がジャバニカ、カナデンジスは三枚です」
三人が感心しながらシーナの話を聞いていると、ボアを回収しに来た衛兵が現れる。
対応はアントネッラとリベルトが行い、シーナの話はシーロが引き続き聞いていた。
「成程、凄いっすねぇー」と相槌を打ちながら聞いてくれるシーロに、シーナは饒舌になる。
今までの人生で、師匠以外でここまで熱心に話を聞いてくれた人はいただろうか、いやいなかった。
知り得る知識を彼に話していたところで、リベルトから声をかけられた。
「話しているところ済まないが、ボアも引き取りが終わった事だし、そろそろ調査に戻ろうと思うのだが……」
「はいっ! 行きましょう!」
シーナは食い気味に賛成を唱える。
その勢いにまたまた引き気味なリベルトと、二人の様子を見て面白いと笑う部下二人。
そんな四人の珍道中は始まったばかりだ。
「あ、その草の間にある赤い茎の植物……あ、それです。それはメモの後ろの方にあったコルダタという薬草です」
「あ……これはメモにはありませんでしたが、目の前の低木になっているのも薬でよく使う植物です。パリタンと言って、緑色の実の部分を使います」
まずは今まで見てきた場所へと向かう四人。
その道中でもシーナは薬草を見つけては、どんどん伝えていく。
すぐに薬草を見つけ出しては、薬草の名前、薬草が好む環境、似たような植物があれば見分け方を教えてくれるため、全種類の薬草を覚えきれていなかった三人にとって彼女は神のように見えた。
そしてシーナ本人も、リベルトから許可を得て見つけた薬草の採取をさせてもらっている。
双方にとって相互利益の関係であった。
リベルトは楽しそうに後ろを歩くシーナをチラリと一瞥する。
まるで小さい子どもが野山遊びを楽しんでいるような、そんな彼女の雰囲気に安堵する。
だから彼は気づいていなかった。
シーナを何度も見ている事に。
目敏くその視線に気づいたアントネッラが、二人を見てニヤリと笑っている事に。
歩き続けてそろそろ空が赤くなり始めた頃。
シーナたちはトッレシアの街にたどり着いた。
リベルトたちは門の右側にある通用口から街に入るらしい。
部外者が入るものではない、そう思ったシーナは静かにその場を離れる。
改めて入場の列に並んだシーナは、肩掛け鞄から財布を取り出す。
ネーツィから貰ったナッツィア王国の硬貨を、ノリッチの街の宿で入れておいてある。
準備はバッチリだ。
前の人たちが銀貨二枚を払っているところを確認すると、シーナも銀貨を二枚手に持っておく。
そしてシーナの番が来る。
「お嬢ちゃんは一人……かな? 念の為確認だけど、ノリッチから来たんだな?」
「そうです」
「よし、これで確認は終わりだ。ナッツィアに入国するには銀貨二枚だ」
差し出された手の上に彼女は銀貨を乗せようとした。その時。
「彼女は我々の協力者だ。支払いは免除してほしい」
何処かで聞いた事があるような声だと後ろを振り向けば、先程通用口から入ったであろうリベルトの姿がそこにはあった。
「リベルト様!」
衛兵が驚いてこちらを見ている。
その目はシーナに「どういう事だ?」と訴えていた。
「済まない。私の連絡ミスだ。元々彼女も通用口から入場させる予定だったのだが、それを伝えていなかったため律儀にこちらの列に並んだようだ」
「そうでしたか。今度は気をつけて下さいよ〜。なら嬢ちゃんは通用口から入んな! 隊長も次からはよろしく頼みますね!」
「ああ」
そこで会話は終わり、シーナはリベルトに通用口へと連れて行かれる。
「あのぉ、私は他国の人間なのに良いんですか?」
「ああ、問題ない。私が後ろ盾となるからな」
「へぇ? 後ろ盾?」
「ああ。だから犯罪は起こさないでくれよ?」
ニンマリと笑いながら言われ、シーナは頬を膨らませた。
「しませんっ!」
「まあ、薬の事で頭が一杯だろうから、そこは心配していないけどな」
「……そうですね」
リベルトの表情を盗み見る。
彼が楽しそうな表情でこちらを見ており、揶揄われている事に気づく。
シーナはせめてもの抵抗だと、そっぽを向いた。