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幕間 フードの男

本日投稿二話目です。

 俺はエリュアール侯爵家に雇われているしがない薬師。

 

 名前はテランス、姓はない。


 ヴェローロ王国の辺境に近い村で生まれ、幼い頃に村のおばば――薬師に才能を見出されて薬師の道へ進んだ平民だ。

 

 そんな俺は今、なぜか住み慣れた王都から遠ざかる馬車に乗っていた。



 「何で俺なんだろうな……」



 これが薬草の買い付けなら、まだ理解もできるのだが……俺が上司から受けた命に思わず首を傾げてしまった。

 だって『国外追放を命じられたシーナという娘を追尾しろ、もし国外に出なかった場合は知らせろ』だと。


 最初はふざけているのか、とも思ったが、俺に命じた上司も最初上から聞いた時は困惑したらしい。

 そりゃそうだろうな、と思う。

 

 

 「そもそも一介の薬師の俺に何でそんな諜報員みたいな事をさせるんですかね」


 

 上司に疑問をぶつければ、俺の言葉に最初は面食らったような表情をしていたが、すぐに話し始める。


 

「ああ、それはお前、あれだろ。追い出したシーナという薬師の動向を把握したいからだろう。万が一国内に留まる様子を見せでもしたら、暗殺も考えているだろうな……」



 そう真剣な表情で言う上司に俺は目を丸くした。

 その事に気づいた彼は、目を細めて俺に尋ねる。



「お前、俺の言う事が大袈裟だと思うか?」

「……正直大袈裟すぎだと思いますけど」



 たかが平民の薬師だろう、と思うが、そうではないのだろうか。



「あの方たちならやりかねん。マシア殿……ああ、シーナという娘の師匠だが、彼女が褒美で王都に薬屋を開く、と言って一番反対したのはこの侯爵家だからな。国内で唯一国王陛下に王宮薬師として認められていたあの方たちが、陛下の病を救う薬を作ったその恩でマシア殿の薬の購入を王宮で認めたと知って、当時屋敷が異様に荒れたと聞いた事がある」



 確かに王宮へ薬を卸す事ができるのは、侯爵家とマシアという方だけだという事は知っていたが……そんな事があったのか、と初めて知った。まあ、ここに来てまだ数年しか経っていない俺は知らなくても当然だろう。

 


「多分プライドがズタズタにされたのだろうな……現在では、侯爵家の薬よりもマシア殿と弟子のシーナ殿の薬が安価で効果が高いと言われているほどだ。貴族の中では『平民に負けるなんて』と侯爵家を貶める発言をする者もいるらしい。そんな経緯があるから、薬を販売しているシーナ殿への鬱憤が溜まっている可能性が高いが故に、何を指示されるかも分からんからな……もしだ。もし彼女が国内に留まる様子があるのなら、お前が説得してやってくれ」



 上司の言葉に口をあんぐりと開けてしまう。それだと命令違反になるような気がするのだが。

 俺は思わず上司に尋ねていた。


 

「そんなことしていいんすか?」

「……俺だって侯爵家のエゴで優秀な薬師を死なせるのはどうかと思うからな。正直ここだけの話だが、侯爵家の薬よりもシーナ殿が作成した薬の方が安価で効果が高いのは事実だ。だが、そんな彼女がいなくなればこれから侯爵家は王宮に引っ張りだこ、シーナ殿を追う余裕もないだろうから、きっと彼女だって平穏に過ごせるさ。元々侯爵家は諜報が出来るほどの人材を雇っているわけでもなし、王家の諜報員を動かせるのは宰相が引き受けているから、そちらも動かすことは無理、ということで下っ端のお前にいかせるんだろう。その時にお前がシーナという娘に接触したところで、バレやしないだろうよ。一番はお前の出番がない事だがな……」



 そう言った上司から袋を渡された。



「その中にあるお金は使用して良い。経費だ。だが、なんとなく……嫌な予感がする。彼女を見送ったら早急に帰ってきて欲しい」

「分かりました」

 


 そこから乗馬が可能か聞かれ、「少しくらいなら」と答えた俺に、彼はノリッチで馬を借りられる場所を教えてくれた。その時の切羽詰まったような表情で懇願する上司の顔が忘れられない。

 


 その日から一週間以上経った今。


 俺はその任務を終えようとしている。

 彼女はヴェローロ王国最北にあるノリッチの街から出ていった。接触なく、無事に彼女が隣国へと向かった事に安堵する。


 本当は数日滞在して彼女がこの国へ戻ってこない事を確認した方がいいのだろうが……きっと彼女は戻ってこない。一度振り返った時に見えた笑みはとても晴れやかだったから。

 

 上からの任務もここで終わりである。

 

 俺は上司の表情を思い出して、すぐに帰宅の途についた。まさか帰った先であんな事を依頼されるとは、今の俺には知る由もなかった。

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