9、薬師の弟子は、探索の協力をする
何故この場所にいたのかを説明すれば、リベルトは頭を抱えた。
「……それで助かったのは事実だが、この辺は少ないとは言え盗賊が出ることもある。もう少し危機感を持つべきだ……」
「……はい」
彼の言う通りなので、素直に頷く。
リベルトの言っている事は正論である。
怪しい男がいなくなり、浮かれすぎてはしゃいでいたのは事実だ。
すみません、気をつけます。ともう一度謝れば、「気をつけろ」と声を掛けられて終わった。
その後ちらっと彼を一瞥すると、彼の額へと置かれた手に傷がついている事に気づいた。
多分ボアを追いかけている時、枝に手を引っかけたのかもしれない。
そう思い、他の二人の様子も見てみれば、彼女たちにも薄ら血が滲んでいる箇所が幾つかあった。
軽い怪我でも早く手当をした方が良いだろう、そう思ったシーナは鞄の中から数枚布を取り出した。
「どうした?」
その行動を不思議に思ったリベルトは首を傾げる。
「皆さん、傷口から血が滲んでいます。ボアを追っている最中に枝をひっかけたりしませんでした? 小川で洗って血を流した後、この布で清めて下さい。その後に塗り薬をお渡ししますね。傷が消えるまで一日一度塗り込んでください。多分三日ほどで改善すると思います」
そう言って、シーナは乾いた布を手渡した後、魔法袋から三つの塗り薬を取り出した。
まあ、手のひらよりも小さい塗り薬だし、問題ないだろう。
三人はシーナに言われた通り、小川で傷口を洗った後布で清めた後、彼女から渡された薬を傷口に塗り込んだ。
「この薬の箱、可愛い! どこで売ってるの〜?」
一番傷が少なかったアントネッラは早々に塗り終えたのか、薬の入った箱をまじまじと見つめている。
適当に取り出したので、もしかしたら他の二人にも彼女のような薬箱が行き渡っていないかと心配したが、幸い二人の箱はシンプルな外装のものだったため、ほっとした。
「ああ、それは私が雑貨屋で見つけたものですね。薬は自分で詰めました」
「「「自分で詰めた?!」」」
「え? あ、はい……私、薬師なので……」
目を見開いてこちらを見てくる三人の迫力に押され、シーナは一歩下がった。
衛兵なので、問題ないだろうと思って薬師である事を話したのだが、不味かったのだろうか。
恐る恐る首を傾げて下から覗き込むと、三人は何やらコソコソと話し合っていた。
「たいちょー! お願いしてみても良いんじゃないっすか?」
「そうですよ〜。私だって薬草を知っていると言っても、数種類しか知りませんし……」
「だが……」
「あの方ならここで彼女にお願いしても許してもらえると思いません?」
「そうだがな……」
煮え切らないリベルトの返事に痺れを切らしたのはアントネッラだった。
彼女はシーナの右手を両手で握りしめて、涙目になっている。
「シーナさん! 貴女を見込んでお願いがあるの!」
「あっ、おい……!」
「はいはい、たいちょーはこっちへどうぞ」
シーロに引きずられ、リベルトは諦めたのか自分では気づかない場所にあった傷を洗っていた。
どうやらアントネッラの行動に目を瞑るらしい。
「今、私たちはこの周辺にある薬草の調査をしているの! 貴女の知識にある薬草だけでいいから、協力してもらえないかしら?!」
「えっ、薬草探しですか? むしろ私が同行してもいいんですか?! 是非是非是非! 行きたいです! この周辺だったらジャバニカ以外にもアレがあるんじゃないかな……あれ、ここら辺は林になるのかな? じゃあもしかしたらアレとコレも見つけられるかな……あ、山の方に行くのならもしかしたらアレも……?」
ぶつぶつと何かを呟き始めた上、口角を上げてニンマリと笑っているシーナを見てたアントネッラは少し引き気味だ。
あれ、この人に頼んで良かったの……か……な? と頼った事を少し後悔する。
自分の判断に自信のなくなった彼女は、傷口に薬を塗っていたリベルトに耳打ちする。
「シーナさん、大丈夫でしょうか」
「……まあ、大丈夫だろう。そもそもお前が声をかけたんだろうが」
「そうですけど……」
薬草調査と言ったらいきなり目を輝かせてニヤリとほくそ笑む女性。
ちょっと怖い。
「まあ、きっとそれだけ薬が好きなんすよ……多分。そう考えたら期待できそうじゃないっすか?」
「それもそうね」
そう言う事にしておこう、とアントネッラは思った。
決して考える事を放棄したわけでは……ない。
暫くすると、自分の世界から戻ってきたシーナははた、と気づく。
「あれ、そう言えば薬草の調査なのに薬師は居ないのですか?」
「ああ、居ない」
言葉に詰まったアントネッラの代わりに続けたのはリベルトだった。
「我が国には薬師が少ないため、調査に出る余裕のある薬師はいないんだ」
「そうなんですね」
「だから特徴や絵を描いてもらい、それを見ながら調査をしていた。あとはアントネッラの目利きか」
「目利きと言っても……私も数種類の薬草しか知らないんですけどぉ……」
「それでも知らないよりはマシだろう?」
そう言いながら彼は懐に入れてあった、紐で縛られたメモのようなものを取り出した。
「先程は大型ボアがいたから討伐していたが、実は幾つかの班に分けて調査をしているんだ。このように……」
「わあ!」
手渡された物を見たシーナは目を輝かせる。
彼女の知る薬草が幾つも描かれていたからである。
その中には、ナッツィア王国でしか採れないと言われている薬草の絵もあった。
目を輝かせて一心不乱に絵を見つめるシーナを他所に、リベルトの話は続く。
だが、彼もシーナが絵に夢中になっている事に気づいたらしい。
「もしかしたら抜けている薬草もあるかと思っていてな……って話を聞いていなさそうだな……」
「本当に薬草が好きなんすねぇ」
俺は匂いが無理っすねぇ……と、しみじみ話すシーロに、リベルトも思わず頷いた。
「まあ、いい。シーロ、ここの事は連絡を入れてあるか?」
「あ、はい。さっき薬を塗る前に入れたっす」
「じゃあ、このボアを引き取ってもらったら調査を再開しよう」
「承知したっす!」
「……それまでに彼女があの絵を手放してくれると良いんだが……」
「余っている絵があるので、それを渡せば良いんじゃないですか?」
三人はチラリと後ろにいるシーナを見る。
彼女は今だに幸せそうな表情で、うっとりと絵を見続けていた。
むしろ先程より目がキラキラと輝いているような気がするのは気のせいではないだろう。
そんな彼女の姿に一抹の不安を覚えたリベルトは、ふう、とため息をついた。