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1、薬師の弟子は、追放を言い渡される

新作長編です。

「いや〜、いつも悪いね!助かるよ」

「いえいえ!これも仕事ですから!」



 そう言ってシーナは薬の受け取り担当である衛兵に頭を下げた。

 

 彼女が今いる場所は、王宮にある薬置き場だ。

 普段は王都にある薬屋で薬師として働きながら薬を販売しているが、度々王宮から依頼を受けて薬を配達していて、今日がその配達の日。

 いつも配達が面倒臭い……と彼女は思ってはいるが、薬を王都で販売する条件のひとつに王宮からの注文も受けるという文言が入っているので、この注文は無視できないのだ。

 正直言ってしまえば、この配達の時間を薬研究に充てたいと何度思ったことか。


 

 なら何故そんな契約を結んでいるか、というと、元々この契約はシーナの師匠であるマシアがこの国の宰相と結んだものであるからだ。

 

 昔この国で流行病が起きた際、その特効薬を作成して国王陛下を助けたのが何を隠そうマシアだった。

 宰相は彼女の薬の腕を見込んで王都にあった空き家の一軒家を褒美として渡しただけでなく、薬屋を開く許可を与えたのだそう。


 だけどマシアは元々放浪癖がある人だった。この街に定住する前は修行の旅に出ていたほど。

 だから一年ほど前に、いきなり宰相の元へ連れて行かれたと思ったら……いつの間にかシーナが宰相と契約を結ぶ事になり……あれよあれよという間にマシアはシーナに薬屋を押し付けて旅立って行った。

 その手腕の鮮やかなことと言ったら。


 彼女は鞄に入れていたメモを取り出し配達完了の欄に丸をつける。

 全ての箇所に丸がついている事を確認し、出口に向かって歩き出した。


 出口に続く長廊下の往来は多く、すれ違う人ほぼ全てが貴族である。


 だからだろうか。

 

 平民であるシーナが王城を歩いているのが珍しいのか、品定めするような視線を浴びたり、眉間に皺を寄せて睨みつける視線を送る者たちが多い。

 彼らから言わせれば、「何故平民のお前がここに居る」と言わんばかりの視線だ。


 最初は萎縮して歩いていた事もあったが、もう慣れた。だから今ではこの時間は薬の新案を練る時間となっていた。


 今日彼女が考えているのは、お世話になっている八百屋の息子の件だ。

 以前八百屋の叔母さんが「薬を飲まなくて困っているのよ〜」と彼女に話していた事があった。


 確かに薬は苦い。

 幼い頃から試作品の確認のために味見していたシーナは特殊であり、普通の子どもたちは苦味に慣れないのだろう。


 より薬を飲みやすくする方法を頭の中で考えつつ歩いていると、目の端に貴族令息と令嬢のカップルを捉えた。

 後ろには一人男性の護衛が付いているようだ。

 

 シーナはすれ違う際になるべく顔を見せないようすぐに頭を下げ、早足で通り過ぎる。

 

 何もなかった事に安堵しながら、引き続き縮こまったまま薬のことを考え続けていた彼女だったが、しばらくすると後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえた事で、思考が一旦途切れてしまう。



「おい、お前!」


 

 多分声を上げているのは先程すれ違った貴族令息のようだ。

 先程シーナがチラリと一瞥した時に見えたのは、非常にゴテゴテとした……金ピカの衣装だ。

 ……あまり趣味は良くなさそうな。

 

 そこでシーナは思い出した。マシアもゴテゴテした服を着ている令息には関わるなと言っていた事を。

 


「あーいう輩は高位の貴族令息さ。関わったら碌な事にならないよ。覚えておきな」



 まだマシアがシーナと共に店を開いていた頃の話だ。

 王城へ薬を配達してた際、そう言ってから彼女が鼻をふん、と鳴らした事を思い出す。


 関わりたく無い、と思いながら更に早足で歩くと、再度「お前!」と呼ぶ声が聞こえた。

 こちらに向けて声をかけられているような気がするけれど、それは意識過剰だと思う。

 

 そもそもシーナは王城内に足を踏み入れているが平民だ。

 契約している宰相以外の高位の貴族に声をかけられる立場ではない。


 まさか自分が呼び止められたわけではないだろうと思い、立ち止まる事もなくそのまま足を進めた。


 歩き出してすぐにまた薬の事に頭を悩ませる。

 

 ふと廊下の窓に視線を送れば、色とりどりの花が咲き乱れていて、その花が、隣のパン屋の娘であるメレーヌから貰った砂糖菓子と重なった。

 しかもまだ手をつけていない。

 メレーヌが「感想を教えなさいよ!」と言っていたから、食べないといけないなぁ……と考えたのと同時に閃く。

 お菓子に薬を練り込む事はできるだろうか、と。


 良い案!と思ったので、次は自分が知っているお菓子を思い出そうとして……。



「おい、お前だ、お前!」

 


 また怒声によって、思考が遮られた。

 何度も声を上げてみっともない該当者は早く振り向いてほしい……とシーナは少し苛立っていた。

 彼女が一番嫌うのは、思考を巡らせている時に邪魔をされる事だ。

 

 だが、流石に高位貴族に文句を付けるような阿呆ではないので、なるべく早く彼の怒号から逃れようと更に踏み出そうとしたその時だった。


 前に進もうとしていた身体が、勢いよく後ろに引っ張られる。いつの間にか誰かが後ろにいて、右肩を思いっきり掴んでいたようだ。

 後ろへと引っ張られたシーナは、その拍子に肩へと触れてきた人物の顔を一瞬チラリと見た。

 するとそこには先程すれ違った貴族令息が眉間に皺を寄せて苛立ちを隠す事なくこちらを見ているではないか。

 

 面倒な人間に捕まった、とシーナは思った。

 

 その後すぐに右足を下げて倒れないように踏ん張った。

 相手が肩を引いた事が原因とはいえ、相手はお貴族様である。巻き込んだら何を言われるか、分かったものではないからだ。

 

 その上シーナが肩を叩かれると同時に、何らかの魔力の気配を感じ取った。

 誰かが魔術を行使したらしいが……何故? という疑問が頭の中を駆け巡る。

 

 なんとか踏ん張ったシーナは、怪訝な表情で声をかけた令息を見ると、彼は何故か口をポカンと開けて私を見ていた。

 その隙にスカートの裾を軽くぽんぽんと叩き、何か言われないうちに数歩下がって右腕を胸に置き頭を下げる。師匠から教わった礼だ。

 

 その行動で自分が呼び止めた事を思い出したのか、彼は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。


 

「何度も呼んでいるのに何故こちらを振り向かない! 答えろ!」



 えぇ……と言いそうになって、慌てて口と顔を引き締める。

 頭を下げているとは言え、見られる可能性もゼロではないからだ。

 

 この廊下は人の往来が多い。まさかいかにも平民である、と示すような格好をしているシーナが貴族令息に声をかけられるなどと誰が思うのか……。

 もしすれ違ったタイミングで声を掛けられていれば……気づいた可能性は高いが、声はだいぶ遠くから聞こえたので、まさか自分が呼ばれているとは夢にも思わなかったのだ。


 ――そもそもお前呼びじゃ分からん、とシーナは苛立った。



「大変申し訳ございません。私は平民ですから、貴方様のような高貴な御方に声を掛けていただけるとは思いませんでした」



 さも申し訳ないように伝えれば、相手は「それもそうか」と言って睨んでいた視線を若干緩めてくれたようだ。

 だが、この状態は迷惑この上ない。


 薬の事を考える時間が至高だと考えているシーナにとって、こんな無駄な事で時間を取られるのは嫌なのだ。

 早く話してほしい……と思っていると、目の前にいた貴族令息は仁王立ちでフンと鼻を鳴らした。



「俺だってお前のような下等な奴らに声をかけたいとは思わん。お前は城下町で薬屋を開いているシーナという娘か?」

「はい」



 シーナは彼の言葉に目を見開いた。

 平民である彼女に声をかけてくる貴族はたまにいる。その大部分は「王宮に平民の娘がいるのは何故だ」という問いだった。

 そのため配達の時は王宮の入場許可証を首に下げていて、何か言われたらすぐにそれを見せるようにしていた。

 

 だから、シーナの名前を知っていて呼び止めた事に驚きを隠せなかったのだ。


 通常と違う空気に身構える。

 緊張からか、思わず師匠(マシア)から貰った首飾りを隠れてギュッと握り込んだ。

 

 そうとは知らない令息はシーナが肯定すると、隣に居る美しい女性へ視線を向けてニヤリと笑ったようだ。

 

 

 何か含みがあるのか……たっぷり時間を取った後、彼は彼女を見下すように言い放った。

 

 

「お前の薬はもう用無しだ。あの薬屋から出ていけ」

「えっ……?」



 いきなりの事で目をまん丸くさせてしまう。

 相手の言葉は理解できるが、何故薬屋を出ていかなくてはならないのかが理解できなかった。

 口を半開きに開けたまま無意識にシーナは顔を上げた。普段であれば無礼な行動なのだが、彼女に言いたい事を言った相手の男は上機嫌なのか、再度「出ていけ」と嘲笑する。

 

 その姿はシーナから見ても、醜く見えた。



**


 

「お前の薬より、彼女の薬の方が効能が高いと判断された。無能で平民の薬師が作った薬を使うより、有能で貴族である彼女の薬を使った方が良いはずだ」


 

 声も出ない私を蔑むような声で、相手の男はどんどん話を続けている。


 彼の話によれば、隣にいる女性はマグノリア・エリュアール侯爵令嬢らしい。

 

 エリュアール侯爵家、と言えば聞いた事があった。

 この国の薬師の始祖と言われており、何代も素晴らしい薬師を輩出している貴族だ。かの侯爵家は元々伯爵家だったが、薬師としての実力と功績が認められて侯爵家に叙爵している。

 侯爵家の令嬢であるマグノリア様も、薬師として活躍しているようだ。


 つまり師匠のライバル、とも言える存在がエリュアール侯爵家なのだろう。

 

 元々王宮へと配給される薬はエリュアール侯爵家が作成する薬のみが使われていた。それが伯爵家の頃から代々続いていた伝統であったのだが、現国王の代で師匠が彼を助けた事で平民である私たちの薬が王宮に出回るようになったのだ。


 最初は侯爵家の薬が多く出回っていたのだが、現在は師匠の薬が多くを占めている。その理由は侯爵家の薬より価格が安く、効能も良いからだと宰相閣下から聞いた事がある。

 そもそも師匠が国王の患っていた難病に効く薬を作成した事で、彼女は国王や宰相に受け入れられたのである。その事実も侯爵家のプライドとしては許されないものなのだろう。


 仁王立ちでこちらを見下す男に苛立つが、黙って話を聞く。そこに鈴の音のような声が聞こえた。

 

 

「この度、私も成人した事で、薬を売り出す事ができるようになったのよ。侯爵家では薬を売り出す際、作成した薬を鑑定に出さなくてはならない、という決まりがあってね。鑑定にかけたのよ。そしたら、貴女の薬よりも効能があると認められてね――」

 

 

 大抵の薬師はマグノリアのように鑑定の魔道具を利用し、作成した薬の質を確かめてから売りに出す。

 シーナの薬屋にも鑑定の魔道具はあるが、自分の目で判断ができるようにと薬の成功失敗を色で判断できるよう訓練していた。現在は鑑定の魔道具と同等の精度になったと師匠からお墨付きをもらっているほどだ。


 引き続きマグノリアの話は続いている。詰まるところ、シーナの作る薬の効能が低いから、侯爵家で対応するという話なのだろう。


 だが以前師匠に聞いた話によれば、王宮への納入は書類で契約されており、それが解除されない限り契約不履行という形で罰を受ける事になってしまうのだ。

 最初は師匠の名で契約していたが、師匠が旅に出てからは私の名で契約している。その中には、王宮に必要数を納入する事、王都以外で薬を売らない事、国外に出てはならない事などが規約として書かれていると師匠に教えてもらった事を思い出した。


 流石に宰相閣下との契約を破棄するわけにはいかない、と困惑している彼女に気づかないのか、マグノリアはどんどん話を続けていく。


「そしたら、貴女の薬よりも私の作った薬の方が効果が高いと判断されたのよ!しかも貴女の売り出す価格で販売できる事になったの。それもあって、貴女の代わりに私が薬の納入を引き継ぐことになったの。あ、勿論貴女が経営している薬屋も、我が侯爵家が引き継ぐわ。だから、安心してね?」

「ああ。鑑定結果でそれが顕になったのだ。これは王太子命令になる。お前はもう王都に必要ない。むしろ今まで役に立たない薬を売り捌いたという罪で国外追放だ。……そうだな、王都からは3日で出ていけよ? 本当は明日にでも出ていけと言いたいのだがな」



 目の前の男はこの国の王太子だったらしい。一度も顔を見た事がなかったため、まさかの登場に驚いた。

 マグノリアは彼にしなだれかかり、豊満な胸を押し付ける。その感触に彼は鼻の下を伸ばしている。


 ――結局は派閥争いに負けたから、去れという事なのだろう。


 ただ、ひとつだけ確認しなければならない事があった。それは契約のことだ。



「あのぁ……薬屋から出ていかなくてはならない事は理解しました。命令にも従います……ですが、私は宰相様と契約を結んでおりまして、契約を解除しない限り出ていく事ができないのですが……」



 この契約は魔術を利用して結ばれているものだと師匠は言っていた。マシアからシーナに契約が移る時も、書類に描かれた魔法陣の上に手を乗せ、そこに魔力を注ぎ込んだ覚えがある。

 そう言ったシーナを面倒臭い目で見る王太子。

 


「そんなもんどうでも良い。放置しておけ」



 放置できるなら良いのだが、そういう訳にもいかない。

 

 

「契約書面内には確か『国外に出てはならない』と規約に書かれておりますので、私は国外に出られません……」

「ふん、面倒だな」

「そんな事を言わずに。……貴女の言う契約書面はこちらかしら?」


 

 そう言って見せられたのは、以前閣下と契約した時に使った書面であった。左下にシーナの名前と師匠マシアの名前が書かれている。

 マグノリアが言うには、シーナと宰相が書面契約を結んでいる事を知っていた。

 そのため、王太子に言って契約書面を保管している執務室から取ってきてもらったのだと言う。

 

 もしかして、これは王太子たちの独断か?と思うが、口を挟む事はしない。

 王太子が不機嫌なのは丸わかりであるからだ。どうも平民であるシーナに口答えされたのが気に入らないらしい。

 マグノリアは満面の笑みで彼に書類を渡した。



「では、殿下。お願いいたしますね?」

「ああ、任せろ」


 

 そう言って王太子は、懐から出した赤い宝石が嵌っている指輪をつけた後、目の前で契約書面を縦半分に破り捨てた。

 その瞬間、書面に込められていたシーナの魔力の残滓が消えていくのを感じ取る。

 目の前で破り捨てるところを見たからか、すぐに契約が破棄された事を理解した。そして今自由になったという事も理解した。


 破った張本人は今だに侮るような視線を送っているが、マグノリアが腕に抱きついているからか鼻の下を伸ばしている。


 

「これで文句はないはずだ」

「ふふ、貴女の開いていた薬屋は私たちで運営するから安心してね」 

「はい。すぐに支度をして出て行きます」



 そう頭を下げれば、シーナの答えに納得した王太子とマグノリアは、もうここに用はない、と言わんばかりの態度でここから去っていく。そして最後まで一言も喋らなかった護衛も、シーナを睨みつけた後去って行ったのだった。

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