デート
サイという謎の能力者が登場してから、数日経過。
週末、愛九と理沙は一緒に外出していた。生徒会同士の彼らはお互いの関係が深まって、私的に会うことも多くなっていたのだ。
朝に駅前で待ち合わせて、二人は出発した。電車を利用して、彼らはカフェに向かっている。
「あれ?愛九も、いっつも電車使ってるの?家、お金持ちなんだから、タクシー使ってるのかと思ってた」
電車の席に座りながら、理沙は訊ねた。
「うん、別に」
「変わってるんだね」
日常的な会話を続けながら、電車に揺られることさらに数分。
目的駅まで到着。電車から降りると、プラットフォームを通ってから、二人は駅から離れた。そして京都の町中を歩き始めた。
伝統的な京都の町並み。古風な石畳の道に、着物を着た人々の姿も見られる。道の脇には出店も出店されている。だが
例えば高層ビルの建築には、通称IRと呼ばれる産業用の巨大ロボットが採用されている。なので時代は確実に変化を遂げているのだ。
二人で肩を並べて歩いていると、通行人の会話が聞こえてくる。
「これから日本はどうなっちゃうんだろうね……」
「ホントだよね……」
「私、不安だな……」
首相が変わってから、日本の雰囲気は大幅に変革を見せていた。特に日本の首都である京都府が一番顕著だ。
今現在、IR機体によって京都府内に超日本タワーが急ピッチで建築中である。東京タワー、東京スカイツリーよりも圧倒的に高度の高いタワーの予定で、超日本帝国の威厳を見せつけるものだ。また京都府を取り囲む京都府の大壁も同じように建設されている途中だ。
まず、日本には濃厚な混乱と不安が募っていた。それも当然だろう。民主的な過程を経た人間が国のトップに就任したのではない。謎の能力によって操られた木戸哀田という政治家なのだ。
「やっぱりみんな、不安なんだよね……」
ボソリと、理沙がそう呟いた。
「大丈夫だよ、きっと」
「愛九は、Qの事、もしかして賛成してるの?」
「まあ、嫌いじゃないっていう程度だよ」
だがしかし、本当の理想郷を創り上げるには強硬的に改革を成すことも必要なのだ。
それから数分後。
目的地であるカフェに到着。
「愛九って、こんなお洒落なカフェに行ってるんだ!」
「お洒落かどうかは分からないけど、僕のお気に入りだよ」
「へー!」
理沙は大層な驚きを表情に出していた。それも妥当だったかもしれない。
愛九が理沙と一緒に着いたのは、EQ200という名前の、個性的なカフェだった。店舗は京都の伝統を受け継ぎながらも、限界まで現代的な要素を取り入れている。結果として、個性的としか形容が許されないカフェになっていた。
店内に入ると、雑多な音楽が流れていた。バッハやモーツァルト、ベートーヴェンを始めとする古典音楽。さらには快活なジャズ音楽。極めつけはビートルズなどのポップ音楽も流れているらしい。
客層は若者から壮年層まで幅広い。
入店すると、早速注文に入った。
「理沙はどうする?僕は和風カプチーノをいつも頼むんだけど」
「そんなドリンクもあるんだ……えっと、私はどうしようかな……」
「これなんてどう?」
悩んでいる理沙に対して、愛九はオススメを述べる。
「あ、それがいいかも」
「それじゃ――」
理沙の承諾を得ると、愛九は注文を済ませる。愛九はドリンクを受け取ってから、一緒に席に着いた。席は二階の窓側だった。
「それじゃ、始めよう」
「う、うん……」
カフェに来たからといって、別に二人は楽しい活動をするわけじゃない。
「ほんとう、受験って何であるんだろうね……あ、これ甘くて美味しい」
理沙は元祖フラペチーノを飲みながら、嘆いた。
京心大学受験を控える学生は苛烈な勉強を強いられていた。日頃の授業はもちろん、放課後も毎日のように予備校に通って、勉学に励む。
二人はテーブルに参考書をバッサリと広げていった。文系科目から理系科目、さらには芸術科目。世界最高峰の難関大学を受験する二人にはそれぐらいの勉強量が必要なのだ。
勉強すら始まってないのにも関わらず既に意気消沈している理沙に対して、愛九は和風カプチーノを優雅に啜りながら元気づける。
「大丈夫、僕が教えてあげるから、どうにかなるって」
「ありがとね。ほんっとに助かる!」
そして地獄の受験勉強が始まった。
店内はとても居心地の良かった。
店内の雰囲気はとにかく素晴らしいのだ。多彩な店内の音楽、豊富に用意されているメニューが鼻腔をくすぐり、さらには客層も素晴らしい。
だから過酷な受験勉強も捗っていた。
「す、すっごい!愛九、やっぱり教えるのも才能ある!」
「本当に?そう言われると、嬉しいな」
愛九は侍ワッフルを口の中に放り投げなら、髪を掻きながら顔を紅潮させた。
「あれ?でも愛九って、もう模試でもS+取ってるんでしょ?別に勉強なんてする必要あるの?」
そうだ。愛九は既に高校で学びうるカリキュラムは全て学んでいた。そして例え京心大学受験に必要とされる高度な知識や応用力も培っていたのだ。
だから全くと言っていいほど勉強などする必要はない。
それにも関わらず、愛九は理沙と同じ熱量で勉強しているらしい。
「勉強は受験の為だけじゃないからさ」
「ふーん」
と理沙が感心していると、ウェイトレスが登場。
「こちらが追加の注文の品になります」
こちらもまた個性的としか形容できない制服を纏うウェイトレスが、メニューをテーブルに運んできた。彼女は一礼すると、席から立ち去る。
「あー!美味しそー!」
理沙が追加注文したのは、四季タルトと呼ばれるタルトだった。タルトの表面に4つの区間が分けられており、時計回りに果実類で春夏秋冬が演出されている。さらにはタルト本体にも四季を取り入れた巧妙な仕掛けが成されていた。ちなみに略称は四季タルである。
「いただきまーす!」
「……」
愛九は黙りこくる。
だがしかしながら、実はその時の愛九の半分の意識は、他の作業に向けられていた。彼はここでも内職していたのだ。
「失礼しまーす」
と挨拶しながら、宅配スタッフが京都警察署に入っていった。
もちろん宅配スタッフは愛九が操作している。道中にすれ違った宅配業者を既に乗り移っていたのだ。理由は色々とある。その中の一つが、警察署の内部調査である。
「この荷物、どこに置けばいいですかね?」
宅配スタッフは一人の警官の机の前に到着する。
「ああ、そこにお願いします」
そう答えたは新人警察だった。
宅配スタッフは別れを告げると、そのまま彼のデスクを後にした。だがそれから宅配スタッフは警察署に居続けた。
「……」
宅配スタッフの身体に乗り移った愛九は、警察内部を観察しているのだ。
数分という僅かな間に。
愛九は警察内部の関係性を看破した。蜘蛛の糸のように複雑に絡み合う警察署内の人間社会のヒエラルキーをただ視界に収めるだけで、隅々まで理解したのだ。
その理解を元に、EQ200の天才である愛九はあらゆる目的の為に、操作することが出来る。もし何かがあった時に、さらなる策を弄する。
「あの愛九君、この問題はどうやって解けばいいの?」
宅配スタッフの操作に意識を集中させていた愛九に、理沙が質問を投げてきた。
淀みなく意識を切り替えながら、愛九は質問に答えた。
「この問題は、考え方が重要になってくるんだ。まずは問題の全体像を把握してから――」
「へー!すっごい!」
などという感じで受験勉強をしていると、耳に喧騒が流れ込んでくる。
「おい、ふざけるなよ!こっちは客だぞ!てめぇ!」
客が店員に向かって激怒していた。
「すいません……」
罵倒を受ける店員は、ただ頭を下げて平謝りしている。
「ほら、あなた、止めに行きなさいよ」
「やだよ、あんなやつに絡むなんて」
周囲の客も気の毒そうに眺めている。が、やはり他人程度の希薄な関係性なので、自分からリスクを犯すような行為には至らないのだ。
クレーマーのせいで和気あいあいとしていたカフェの雰囲気は一瞬にして崩れていった。今では殺伐として、全員ンが一様にクレーマーに注目を浴びせている。
「ああいう客って、嫌だよねー」
受験勉強を一旦中止させてから、理沙は嘆いた。
「……」
愛九はただ黙りこくり、状況の確認に徹した。僅か一瞬にして状況を理解した。どうやら客の料理に金属類が入っていたらしい。それもアクセサリーのような、口に入れば大変な物だ。
「どうやってこれを弁償してくれるんだよ!」
「すいません……」
客はこの店では恐らく常連客だと見た。愛九は既にこのクレームの事件は彼による自作自演だと看破していた。クレーマーがポケットから物を取り出して、それを料理に入れたのだろう。
「……」
愛九は操作を開始した。
今彼は同時に二人の人間を操っている。さらに彼は三人を同時に操り始めた。京都警察署で不正に監視カメラを設置する宅配業者とクレーマー、そして店員。
彼はさらに同級生に受験勉強を教えながら、自分を含めて、4人を操作している。だがしかし、IQとEQがともに200である大天才の彼にとってそれは普通の事だった。
「ちょっと本当にやばくない?警察でも呼んだほうがいいって」
「誰か!助けてやれよ!」
周囲の人々は密かに団結しあい、暴力的になっていくクレーマーに対して、行動を見せようとするが、その時だった。
「いでえ!!!」
ゴツン!
という後頭部を地面に打つ音がカフェ店内に響き渡っていく。
クレーマーが突然、椅子から転げ落ちていった。あまりにも席で喚いていたので、その勢いのまま床に転倒したのだ。
するとクレーマーのポケット内部から色々な物が零れていった。小物、アクセサリー類、指輪、などなど。こうやってこのクレーマーはいつもカフェで悪さをしているに違いない。
クレーマーから零れた金属類の一つが床を伝って、愛九の足元に転がっていく。それを拾い上げる。それは恐らく今苦情を申し立てている物と類似しているはずだ。
「あれ?あの金属って、彼のポケットから出たもんじゃない?」
「もしかして、自作自演?」
「ああ、そうに違いねえ!なんて汚いんだ!」
その光景を目撃すると、周辺の人間たちは、愛九が心で見た情報を共有することになった。やはりクレーマーは自作自演である、と。
そして愛九の能力によって事件は解決されていく。
「な、何が起こったんだ……?」
クレーマーは突然意識を奪われてしまい、呆然としていた。それから数秒後、彼は自分でやった事を確認して、顔面を赤らめる。彼の困惑は怒りへと転換したが、それを発散することは衆人環視が許さなかった。
ざわざわ。
ひそひそ。
こそこそ。
「く……くそ!」
と小声で喚きながら、クレーマーはフローリングに散らばった金属類を拾っていく。それらを手で集めていくと、愛九の席まで辿り着いた。
「おい、そいつは俺のもんだ!はやく、返しやがれ!」
「……」
愛九は無言の状態で、彼に渡した。
そして自分の失態を晒した後、
「……お、覚えてろよ!」
負け犬のような台詞を吐きながら、店舗から逃げ出していくクラーマーの姿。そしてそれを笑う客と店員の姿。再びカフェに陽気な雰囲気が取り戻されていく。
「今の見た、愛九!?」
「……」
「いやースカッとした!」
理沙は僕の侍ワッフルを無断で食しながら、興奮に滲んだ声で騒いでいた。




