3 馬車に揺られて
「私の仕事はアスタリアルにこの国の情報を流すこと。そして可能であれば有望な人材っを引き抜くことです。この国にとって都合の悪い人物でも、我が祖国に有益な人材かも知れない。そう考えると保安局なんて打って付けの職場でしょう? 現にあなた方を見付けられた」
随分とにこやかにアサギという人は自らを語る。
こちらの出方によっては致命傷になるような情報を自ら開示しているのに、声音がすこしもブレない。予め録音されていたのかと思うほどだ。
「あなたのご子息は優秀なゴーレム技師になる。その才能を、将来を、この国に潰されてはならない。我が祖国アスタリアルでなら、その左腕を恥じることなく生きて行けます」
「……魅力的な話ではあるが、あなたを信用するには時間が足りない。今しばらく――」
「申し訳ないが私の正体を知った以上、あなた方に時間を与える訳にはいかない。理不尽とお思いでしょうが今ここで決断していただきます」
「そんなっ」
「我が祖国アスタリアルへと向かうか、今ここで一家諸共あの世へ旅立つか、二つに一つです」
鞘から剣が抜かれた音がする。
その瞬間、思考は吹き飛んだ。
「――待てッ!」
気がつけば声を張り上げていた。
リビングの扉を開け放ち、姿を晒していた。
「ネイト、いつからっ」
「最初からですよ、ね? ネイトくん」
訪ねてきた時点でなにもかもお見通しか。
「アスタリアルに行けば助かるのか?」
「ネイト!」
「えぇ、もちろん。その後の生活も保障しましょう。あなた専用の工房も用意します。ネイトくん、あなたが祖国にとって有益な人材である限りは、ですが」
「もし眼鏡に適わなかったら」
「アスタリアルにいる必要がなくなりますね」
「国民にもなれないのかっ」
「この国のように始末されないだけマシでしょう? その辺のことはご子息のほうがよくわかっているようだ」
この国に踏み潰されるよりはずっとマシではある。
でも、それはこのアサギという男の言葉がすべて真実だったならの話だ。
彼の話を補強する材料が親父がクビになったことくらい。
本当はすべて嘘なのかも。
いや、仮に嘘だったとしても関係がないのか。
いま俺たちに迫られているのはアスタリアルへ向かうか、死ぬかの二択。
話に乗るか否かではなく、死ぬか生きるかに変わってしまった。
アサギにとって見れば話を信じる信じないはどうだっていい。
親父が現役だったならまた話は違ったのだろうけど、俺はもう知っている。
親父は世界一強い魔法使いでもなければ、決して越えられない壁でもない。
親父はただの、俺の父親なんだ。
「わかった。あんたの言う通りにする」
「ネイト、それがどういう意味かわかってるのか」
「わかってるよ、父さん。でも、こうするしかないんだ。だろ?」
「賢明な判断ですよ、ネイトくん。私としても死体の処理と隠蔽は骨が折れますので」
そんな物騒なことを口にしながら抜き身の剣が鞘に押し込められる。
「話が纏まったのでお三方は手早く出発の準備をしてください。あまり時間はありません。すぐに出ますよ」
そう言い残して彼はリビングを後にした。
静寂の中に扉が閉まる音がする。
荷造りをしないと。
「親父……」
「わかってる。こうするほかなかったことは……知らない間に成長したな、ネイト」
「すぐに荷物を纏めるわ。必要なものだけ持って」
お互いに頷き合って各自、荷物を纏めていく。
ゴーレム弄りに必要な工具、作り上げてきた試作品、思い出の品々。
この部屋で過ごしてきた証を鞄に詰め込み、がらりとした自室を振り返る。
もうここには戻ってこられない、そう思うと込み上げてくるものがあった。
それを鼻と目頭まででとどめ、階段を駆け下りる。
家族揃って玄関から出ると、家の前に馬車が停まっていた。
「さぁ、どうぞ」
親父と母さんが先に乗り込み、最後にアサギと擦れ違う。
「嘘だったらあんたの枕元に化けて出てやる」
「心配せずとも大丈夫ですよ。きっと私に感謝します」
「だと良いけど」
馬車に乗り込むと、早々に車輪が回る。
蹄と車輪の音に揺られ、俺たち家族はアサギに見送られて街を出た。
それからどれくらいの時間がたっただろう。
「ごめん、俺がそんなモノを作ったばっかりに」
喉の奥でつっかえていた思いがようやく言葉になった。
「こんな、こんなことになっちまった」
ゴーレムで人を幸せにしたい、あの時たしかにそう思った。
けど、いま俺が作ったゴーレムによって不幸がもたらされている。
あの時の思いは、願いは、間違いだったんだろうか。
そんな思いがぐるぐると頭の中を巡っていた。
「なにを言ってるんだ、ネイト。父さんは嬉しかったし、この左腕は誇りだ。それは今でも変わってない」
「でも、そのせいで」
「大丈夫よ、家族がいれば乗り越えられるわ。例えなにがあってもね、そうでしょう。あなた」
「母さんの言う通りだ。大丈夫、心配ない。すべて上手くいくよ」
親父と母さんに抱き締められ、馬車は夜の街道をいく。
きっと大丈夫、すべて上手くいく。
そう暗示のように言い聞かせながら。
そしてアサギの祖国、アスタリアルへと無事に到着した。
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