2 真夜中の訪問者
歯車が狂い出したのは、義手をプレゼントしてから一ヶ月後のことだった。
「突然、クビだなんて。いったいどうして?」
「わからない。ただすぐに辞めてくれとしか」
深夜、深刻な顔をした親父と母さんがリビングで話し合っていた。
机上で交わされる言葉に耳を澄ませながら、どこに向けていいやらわからない視線で扉から漏れ出る光をじっと見つめている。
「クビになるようなミスをした憶えはないし、周りの評判も悪くなかったはずなのに、いったいどうして」
「これからどうしたら……」
「失業保険が出るから当分の間はなんとかなる。明日から色々とツテを当たってみるよ。折角この新しい左腕にも慣れてきたんだ、頑張れるよ」
無理に笑って見せる親父と、不安が拭えない様子の母さん。
声だけでも扉の向こうを推測するのは簡単だった。
「俺が考えてもどうしようもないけど……」
また左腕をプレゼントしたように、なんとかできないか。
無理な話だとはわかっていても思考は止まらない。
あーだこーだと考えていると、インターホンが音を鳴らす。
「こんな時間に?」
「あなた、気を付けて」
「あぁ、大丈夫だよ。見てくる」
椅子から立ち上がる音がする。
「やべ」
扉の前からすぐに離れて玄関の死角へ。
親父が怪訝な表情をしながら玄関の明かりを付けて扉を開く。
「はい、どちら様ですか?」
「夜分遅くに申し訳ありません。私はアサギ、こう言うものです」
「魔法保安局の……」
「立ち話で済ませるような用事でもないので中で話しませんか?」
名刺を受け取った途端、親父の顔が青ざめた。
魔法保安局の役割はこの国の治安維持。主な相手はスパイやテロリストだったはず。
なぜ、そんな人物がここに? それも人目を憚るようなこんな夜中に。
「単刀直入に申し上げますと、あなた方家族は我々にマークされています」
再び扉の前で耳を澄ませるなり、そんな信じがたい言葉が鼓膜を振るわせる。
保安局がなぜ俺たちを? それじゃまるでスパイやテロリスト扱いだ。
「職場でクビを宣告されたのもそのせいです。耳の早い者がいたようですね」
「……なぜ、家族を保安局が?」
「ところで、その左腕についた義手は素晴らしい出来ですね」
「え、あぁこれは息子が私のために」
「それはそれは、さぞかしご自慢の息子でしょう。ゆくゆくはゴーレム技師となってこの国のゴーレム産業に革命を起こすかも知れませんね」
「あの?」
「ですが、それを快く思わない人たちがいます」
例えば、と彼は続ける。
「過去、この国では魔法技術の飛躍的な上昇によって大量の失業者を出しました。魔法使い排斥運動なん
てものもありましたね。多くの人々が魔法によって職を奪われたのです」
「……ゴーレムに職を奪われると?」
「現場作業員、配達員、警備員、御者あるいは馬車そのもの。そして魔法使いすら、ゆくゆくは必要なくなるかも知れない。今、その職に就いている者からすればとんでもない話です。職を失ったあなたなら気持ちがわかるのでは?」
親父は返事をしなかった。
「この国の根幹をなしているのは今や魔法使いたちです。それが不要となる可能性があれば、自分たちの地位や名誉を脅かすような存在があれば、彼らはなんとしてでも潰しにかかる」
「これから発達するゴーレム技術を取り込んで更に立場を盤石にすればいい」
「残念ながらそのような柔軟な考えが上にあれば私はここに来ていません。ゴーレムは木偶の坊でなければならない。それが上の決定です。いずれ適当な罪状を引っ提げた男たちが訪ねてくるでしょう。この家の一切合切を没収し、あなた方を拘束するために」
アサギと名乗った男の言葉を聞くたびに、その意味を理解するたびに、鼓動が早まる。
喉が渇き、呼吸が浅くなり、冷や汗を掻く。
ひょっとして俺は、取り返しのつかないことをしでかしたのではないか。
目の前が眩むようだった。
「……我々にどうしろと。あなたはなぜ今日ここに」
「アスタリアルという国をご存じですか?」
「隣国の名前でしょう」
「私はその国のスパイなんです」
「なっ!?」
親父と同じように、声を上げそうになるのを必死に堪える。
アスタリアルのスパイだなんて到底信じられない話だ。
そりゃどこの国にもスパイの一人や二人くらい入り込んでいるだろうけれど。
いま扉を一枚隔てた向こう側に、親父や母さんの目の前にいる男がスパイ?
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