愛情がないと婚約破棄された聖女は、ある日『真実の鏡』で公爵様の本心を知りました
「メリルリア。君の功績は素晴らしいものがある。だが、それだけではダメなんだ。なんというか、君からは俺に対する愛情を感じない」
婚約をして半年。私は婚約者であるベルダンデ公爵の邸宅に呼ばれる。
アレンデール・ベルダンデ――先代の公爵が亡くなりその爵位を引き継いだ若き公爵。
その中性的な美しさも相まって、社交界での人気は一際高かった。
父の尽力もあってそんな彼との縁談がまとまったとき、正直に言って現実だとは思えなかったのだが……。
(嫌な予感ばかり当たるのよね)
私は十五歳のときに神託を受けて聖女になった。
それからというもの、神通力のような能力が身について勘が異様に鋭くなったのだ。
アレンデール様と婚約をしたとき、私は漠然と胸がざわつく思いがした……。
「私はアレンデール様をお慕いしております。至らぬ点があるのなら謝罪いたしますが、まずはその印象は誤解だとお伝えいたします」
私はアレンデール様の主張を誤解だと断じた。
その外見もさながら、公爵の地位を継いでから領地改革によって見せた敏腕。
私は彼を敬愛していたし、婚約者として彼に尽くそうと心から誓っていた。
「そうかな? 君は父親であるフランツ伯爵の顔を立てるために俺を愛そうと無理をしているんじゃないか? 聖女だと聞いて俺は愛情深い人間だと思っていたが……どうやらそれは幻想だったらしい」
――愛情深い人間?
それってどんな人間のことをいうのかしら?
真剣な眼差しを送られながら、私の頭には具体的な人間像が思い浮かばずに困惑してしまう。
もちろん父の顔を潰さないようにとは注意していたが、アレンデール様のことが好きなのは確かだし、それで愛を疑われるのは心外だ。
「仰ることはわかりました。しかしどうしても納得できません。私はアレンデール様を愛しておりますから」
なんとなく無駄な気がしたが、私は素直な気持ちを口にした。
私としては愛を疑われてこの縁談が終わるのは心外だったし、何よりアレンデール様には信じてほしい。
「ならば試してみようじゃないか。君が俺のことを本当に愛しているのかどうか」
アレンデール様はそういうと、使用人に命じてあるものを持ってこさせた。
「これは?」
「『真実の鏡』だよ。これを覗くことで、本当の気持ちを見ることができるんだ」
そう言うと彼は手に持った小ぶりの丸い鏡を差し出した。
そこには曇り一つない銀色に輝く鏡面があり、その中に映る自分を見つめていると……。
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
なぜならそこに映った自分は幼い子供の頃の姿だったからだ。
「ふむ……やはりな」
「これがどうかしたのですか?」
「君の本音は子供時代の姿なのだよ。つまり君の精神状態はまだ幼く、人を愛することを知らないのだ」
アレンデール様の言葉を聞いて、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
(こんな鏡なんかで……そんなはずはないわ!)
この『真実の鏡』とやらが不思議な力を持っているのは認める。
でもそれがどうして私の本質を映すことになるのかわからない。
(きっと何かの間違いよ。そうに決まっている)
私は自分にそう言い聞かせると、改めてアレンデール様に向き合う。
「ではもう一度お願いいたします。私はアレンデール様を心からお慕いしております。ですから……」
私が必死に訴えかけると、アレンデール様は苦笑いを浮かべた。
「ダメだね。俺は自分を心の底から愛してくれる人と結婚をする。君は俺に相応しくない。婚約破棄させてもらうとする。まったく聖女様としての実績は大したものだと思っていたが、こんな薄情だったとは……騙された気分だよ」
「そんな……私は本当にアレンデール様のことを――」
「もういい。これ以上聞きたくない。出て行ってくれないか? 君と話していると気分が悪くなる」
アレンデール様は私の言葉を遮るように冷たく言い放つ。
私はそれ以上何も言えずに立ち去るしかなかった……。
「失礼いたしました」
私は部屋を出ると扉を閉めた。
そしてそのまま馬車に乗り、涙を拭く。
「嘘よ……。私はアレンデール様にあんな冷たい目を向けられたことがない」
私はショックで頭が混乱していた。
アレンデール様に嫌われたこともそうだが、彼の態度の変化が理解できない。
――ずっとアレンデール様を愛していたのは本当なのだから。
私が神託を受けて聖女になって以来、私は特別な存在として信仰の対象となった。
毎日のように忙しく、王国中の教会で祈りを捧げる日々。
しかしそんな状況に待ったをかけたのが、婚約者になったばかりのアレンデール様だった。
彼は国王陛下に直談判して私が体を壊したら元も子もないと、王都の一番大きな教会のみで祈りを捧げるというようにスケジュールを改善してくれたのだ。
『これで俺との時間が増えるな』
はにかみながら、そう言ってくれたアレンデール様の顔は今でも忘れない。
そんな彼だからこそ私は好意を抱いたというのに……。
(まさかその愛情を疑われるなんて……)
涙が止まらなかった。
なぜ嫌な予感だけが当たってしまうのか、心が壊れていくのを感じた……。
◆
アレンデール様との一件から数日後。
私は辺境に領地を持つ伯父のもとに行っていた父が屋敷に戻ってきた。
「メリルリア。お前が婚約者のベルダンデ公爵に婚約破棄されたというのは本当のことなのか?」
「……はい」
父は娘の不始末を咎めるつもりなのだろう。
当然だと思うし、私にも反論する気はなかった。
だけど私の返事を聞いた瞬間、父の表情が険しくなる。
「どういうことだ? あの男はワシの娘をなんだと思っている!」
意外なことに父の怒りの矛先はアレンデール様に向いた。
「あの男のほうから聖女であるお前を妻に迎えたいと懇願したにもこの仕打ち。たとえ公爵だろうと許さん!」
あれ? アレンデール様からは父に頼みこまれて私を婚約者にしたと聞いていたけど……。
私は聞いていた話と父の話の辻褄が合わなくて首をひねる。
とにかくこのままだと父は公爵家に乗り込みかねない剣幕だ。どうにかトラブルは避けないと。
「お父様、もういいのです。私は――」
「何がもういいものか! あのような男には断固として抗議せねばならん! お前が公爵殿を慕っていたのはワシも知っているのだ!」
「えっ!?」
「公爵殿と婚約してからというものお前は別人のように明るくなった。毎日のように公爵殿の惚気話を聞かされたらワシでなくてもわかる!」
アレンデール様への気持ちまできちんと知られていたとは予想外だ。
どうやら私が彼を愛していたことも筒抜けらしい。
面と向かって言われると少しだけ気恥ずかしい気持ちにもなる。
(うう、そんなに私って惚気話ばかりしていたかしら?)
「とにかくワシは公爵殿に抗議してくる! 立場はあちらが上だが、可愛い一人娘が理不尽に捨てられたのだ! 黙ってはおれん!」
そう言うと父は足早に去って行った。
◆
「ああ、どうしたらいいのかしら」
私は強引に出ていってしまった父の身を案じる。
また嫌な予感がしてしまったのだ。おそらくは良くない結末が待っているだろう。
私は重いため息をつくと、部屋で一人途方に暮れていた……。
「ふう……、どうやらお困りみたいですね」
突然声をかけられた私は驚いて振り向く。
するとそこには見知らぬ少女が立っていた。
年の頃なら十歳くらいだろうか。
黒髪の少女は長い髪を頭の後ろで結んでおり、目つきはやや鋭い感じがした。
「――っ!? あ、あなたは……誰ですか?」
私は警戒しつつ尋ねる。
見覚えのない顔だし、服装や雰囲気からも高貴な身分ではないようだ。
それにここはまがりなりとも伯爵家の屋敷。見知らぬ彼女が平然と入ってこれる場所ではない。
(まさか賊かなにかかしら? いやでもこんなに小さい子が……)
聖女である私は他国からその身を狙われて誘拐されそうになったことが何回かあった。
アレンデール様のおかげで王都の大教会でのみ祈りを捧げるようになってからはなかったが、それでも数少ない万物を癒やす魔法の使い手である聖女を狙う者がいるのはなんとなくわかっていたのである。
私は驚きのあまり声を出せなかったが、息を吸い込んで助けを呼ぼうとする。
「怪しいものではないわ。むしろあなたを救いに来たの」
「救う? どういうことでしょうか」
「どういうこと? ……ふふ、そうね。あなたの願いを叶える、とでも言おうかしら」
「私の願い……? それってもしかして……」
私は彼女の言葉を聞いて思い当たる節があった。
それはアレンデール様に婚約破棄された日の夜に見た夢。
私はそこで『真実の鏡』と名乗る不思議な女性と出会い、自分の未来について尋ねていたのだ。
思い出してみると彼女はその『真実の鏡』と自称する少女と似ている気がする。
その時にも同じことを問われた。そして私はこう願ったのだ。
『では、お願いいたします。私はアレンデール様を心の底から愛しております。ですから――』
そうだ。確かにその夢の中で私は願った。
『私がアレンデール様を心から愛していることを知ってほしい』、と。
この少女の正体。それはもしや――。
「……あなたは『真実の鏡』、ですか?」
直感的にそうだと感じ取った。
私の質問を聞いて、少女はニッコリと微笑んだ。
「ええ。よくわかったわね。あなたの言うとおり、あたしは『真実の鏡』。呼びにくいでしょうから、アリスとでも呼んでちょうだい」
自称『真実の鏡』は仮の名をアリスと口にして、手のひらから銀色に輝く水晶玉を出現させた。
「これは本物の『真実の鏡』の欠片よ。世界のあらゆる真実を映すことができる神具なの……」
そう言って彼女は私に水晶玉を見せる。
私は恐る恐るそれを覗き込むと……。
「これは……!」
私は思わず声を上げた。
なぜならそこに映し出された映像は、数日前の私の姿だったからだ。
「ご覧の通り、あたしはこの世界で起きている全ての出来事を知ることができる。あなたが今見ているのは、アレンデール・ベルダンデの視点から見たメリルリアさんの婚約破棄の様子よ」
「アレンデール様の視点……? そんなことがどうして……?」
「言ったじゃない。あたしはその気になれば何でも知ることができるの。メリルリアさんがなぜ彼に理不尽に婚約破棄されたのかという本当の理由も……」
「えっ!?」
私は驚いて目を丸くする。
アレンデール様は私を嫌いになった理由は、私が彼を愛していなかったからと言っていた。
アリスの口ぶりだと他の理由があるように聞こえる。
「あなたはあの方を心から愛していた。なのにあの方は愛していないなんて嘘をついた。その理由がこれよ――」
アリスの水晶が激しく銀色の光を放つ。
「ま、眩しい……!!」
私は思わず目を瞑る。そして、再び目を開けたとき……私の目の前には私が立っていた。
◇(アレンデール視点)
「メリルリア。君の功績は素晴らしいものがある。だが、それだけではダメなんだ。なんというか、君からは俺に対する愛情を感じない」
婚約をして半年。俺は婚約者であるメリルリアを呼び出した。
メリルリア・エーデルワイス。エーデルワイス伯爵家の一人娘にして、神託を受けた聖女。
その美しい銀髪、まるで雪のように白い肌、そして誰よりも可憐な笑顔。
俺は彼女に一目惚れしてしまった。
彼女のためならなんだってする。彼女が幸せになるのなら俺は命だって捧げられる。
はっきり言って俺は彼女に夢中だった。
俺はなんとかエーデルワイス伯爵に頼み込み、彼女を婚約者にすることに成功する。
嬉しかった。大好きな彼女が俺の妻になるのだ。人生においてこんなに嬉しいことはない。
だが、俺は彼女に一つだけ嘘をついた。
それは伯爵家のほうから縁談を持ちかけたという嘘だ。
公爵家の家訓として目下のものに求婚することが禁じられているからだ。
本来なら俺のメリルリアに結婚を申し込む行為は家の主義に反すること。
だから俺は厚かましいと思いつつ伯爵殿に頭を下げてあちらから縁談を持ちかけたという話にしてもらったのである。
(伯爵には申し訳ないことをした)
やっとのことで婚約者になってもらったメリルリア。
なのに俺は彼女に婚約破棄を突きつけている。
(まさか前世の記憶を思い出すなんてな。漫画か小説の世界だけだと思っていたよ)
この世界が未完のライトノベル「銀翼の聖女と金色の神剣」の世界だと知ったのはつい三日前のことだ。
激しい頭痛とともに目覚めた俺は前世、日本という国の大学生だったことを思い出す。
あまりにもベタベタにトラックに轢かれそうな猫を助けようとして俺は死んでしまった。
そのとき友人に借りていた「銀翼の聖女と金色の神剣」の入った鞄の中に入っていた。
それがこの世界に転生した理由なのかはわからないが、とにかくそのときの記憶が戻った俺はそのラノベの登場人物であることを思い出したのである。
小説の中でのベルダンデ公爵とその妻である聖女メリルリアは、この国に生まれた二人目の聖女である小説の主人公ロザリアを温かく見守るポジション。
メリルリアは先輩の聖女として、癒やしの魔法の使い方などを教えており、主人公とは師匠のような間柄だった。
そしてここからが問題の場面だ。
この国の国王が病んでしまって、疑心暗鬼に囚われてしまう。
そして、聖女であるメリルリアを公爵である俺が妻としたのは王家に歯向かうために信仰の力を利用しようとしたという疑いをかけられてしまうのだ。
そして、俺とメリルリアは反逆者の汚名を着せられて、処刑されるという悲劇的な結末を迎えることとなる。
小説の1巻は主人公のロザリアが恩人を失った悲しみから『銀翼』という神の力を覚醒させて、空へと飛び立つシーンで締められた。
モヤモヤして1巻が終わった上に2巻が出る前に俺は死んだ。
とにかくわかったのはメリルリアと結婚すると国王の不興を買い彼女が死ぬってことだ。
それはいけない。誰よりも美しく、そして慈愛に満ちた優しい彼女を死なせるわけにはいかない。
(婚約破棄するしかない。多少無理やりにでも別れなくては)
俺は彼女に恨まれてでも別れる決意をした。
彼女から嫌われるのは死ぬほど辛い。
でも俺のせいで大好きなメリルリアが死んでしまうのは死ぬよりも辛い。
(どっちを取るか。是非もない)
俺はメリルリアと別れる覚悟をした。
彼女はきっと食い下がるだろう。
だから俺は魔道具屋に頼んで鏡を作らせた。
公爵家に伝わる逸話、すべてを暴くという神具――『真実の鏡』。
それをヒントに俺は子供の頃の姿が見えるという偽物の『真実の鏡』を作らせることを思いついたのである。
「君の本音は子供時代の姿なのだよ。つまり君の精神状態はまだ幼く、人を愛することを知らないのだ」
もっともらしく魔道具を使ってめちゃめちゃ理由で別れようとする俺。
――死ぬほど心が痛い。
愛するメリルリアをこんなに悲しませるなんて、俺はそれだけで万死に値するだろう。
「ダメだね。俺は自分を心の底から愛してくれる人と結婚をする。君は俺に相応しくない。婚約破棄させてもらうとする。まったく聖女様としての実績は大したものだと思っていたが、こんな薄情だったとは……騙された気分だよ」
「そんな……私は本当にアレンデール様のことを――」
「もういい。これ以上聞きたくない。出て行ってくれないか? 君と話していると気分が悪くなる」
そして俺は理不尽に、そして強引にメリルリアとの婚約を破棄した。
彼女は涙を見せる。俺は涙を見せるわけにはいかない。
さよならメリルリア。どうか幸せになってくれ。
俺には祈ることしかできない……。
胸が締め付けられて、今にも呼び止めて彼女を抱きしめ弁解したいという衝動に駆られる。
(安易な気持ちに絆されるな!)
俺は拳を握りしめて、彼女の背中を見送る。
俺の手のひらは真っ赤な鮮血に染まっていた――。
◆(メリルリア視点)
「こ、これは……」
アリスという少女が見せてくれたのはアレンデール様の真実の想い。
それは私が想像していたものよりずっと辛くて悲しいものだった。
私のことを想うあまり、彼は私を傷つけるような言動を敢えてしていた。
彼の言うライトノベルや転生という単語の意味はよくわからなかったが、要するに彼は未来を知ってしまったがゆえに私を突放そうとしたのだろう。
(なにを一人で落ち込んでいたんだろう)
彼が苦しんでいたことにも気づかず、私はただ自分のことばかり考えていた。
愚かなのは最後まで彼を信じきれなかった私自身。
「ごめんなさい、アレンデール様……」
涙とともに謝罪の言葉が口から出る。
真実を知った以上、私は彼にこの言葉を伝えないわけにはいかない。
「メリルリアさん、あなたの力でアレンデールを助けてあげてはくれないかしら? 公爵家の家宝として、あの人がこのまま落ち込むのは見ていられないの」
「公爵家の家宝?」
アリスという不思議な女の子は私にそう告げる。
もちろん、私に彼の苦しみを取り除くことができるならそうしたい。
アレンデール様の愛情が本物だと知った今、私は彼のためならなんだってできるという気持ちでいた。
「『真実の鏡』は本来、ベルダンデ家の家宝だったの。ずっと昔に壊れてしまったんだけど……」
「壊れた家宝……?」
「アレンデールがあなたを想って偽物の『真実の鏡』を作ろうとしたことと、あなたの聖女としての神通力が奇跡を起こしてあたしは復活することができた」
奇跡――それは聖女の代名詞ともいえる現象。
神に祈りを捧げて、国の繁栄のために様々な奇跡を起こす。それが聖女の義務なのである。
「あのときあなたは神に祈らなかったかしら? アレンデールの愛を伝えたい、と」
「はっ――!?」
「アレンデールの想いで目を覚ましたあたしはあなたの祈りの力でこのように動けるようになったってわけ」
じゃあもしかして『真実の鏡』というのは私とアレンデール様によって生み出された奇跡の神具ってこと……? そんなことって……。
「だからお願い。あの人のところに行って。あたしと一緒にアレンデールを救ってあげて……!」
「はい!」
私は迷わずに返事をして立ち上がる。
そして部屋を出て走り出した。
馬車は父が使ってしまった。ならば、私は――。
「走るしかない。……待っていてください、アレンデール様」
「待って! メリルリアさん!」
「アリスさん? どうしました?」
振り返るとアリスが水晶を片手に現れる。
まだ真実を見せ足りないとでもいうのだろうか。
「せっかちな人ね。走っていくよりいい方法があるわ。これであなたの真の力を映し出す」
その瞬間、水晶がピカっと銀色の光を放ち私に照射された。
なにこれ? 力が湧き出る。今までこんなに体に魔力が充実しているのを感じたことはない。
「これは一体……」
「聖女の銀翼。本来は神託を得た聖女でも、それを発現させるのは稀だけど……あたしの鏡の力で一時的にそれを再現して映し出したの」
よく意味がわからないけどさすがは神具。こんなことも可能にするなんて……。
銀翼――その言葉を聞いたとき私は自分の背中に銀色に輝く光の翼が生えているのに気がついた。
バサッ……自由に動く。これなら空も飛べる。
「行きましょう、メリルリアさん。公爵家へ」
見ればアリスは宙に浮いていた。さすがは神具『真実の鏡』の化身。空を飛ぶのもお手のものらしい。
こうして私たちは向かった。愛する人の待つ公爵家に――。
◆
「……め、メリルリア。なぜ君がここに? というかその翼は一体――」
「アレンデール様……」
私が屋敷の一室。つまりアレンデール様の部屋の窓を叩くと彼は驚いた顔をした。
よく見ると彼の顔は腫れ上がっていて、青あざだらけだった。
ここでなにが起こったのは明白である。
「アレンデール様、まさかお父様があなたを……」
「ふん。君のお父様が怒るのは無理はない。俺だってそれくらいはわきまえているさ。それで君は何しにきたんだ? もう俺らは他人なんだけど」
精一杯の虚勢を張っているからなのか、アレンデール様の声は少しだけ震えているように聞こえた。
このように悪態はついていたが、この方は自分よりも地位の低い父から殴られることを甘受しているのだ。
そこからも彼の本心が別のところにあることが推し量れる。
「アレンデール様、私は知ってしまったんです。あなたが未来を、夫婦になった私たちが陛下に処刑される未来を予知して……私を突放そうとしたことを」
「へっ? ど、どうしてそれを?」
信じられないという表情でアレンデール様は私を見る。
その表情がすべてを物語っていた。あの『真実の鏡』は間違いなく本物だということを……。
「その話はあたしがするわ。アレンデールさん……。メリルリアさんも部屋の中に入れてあげてね」
「うわっ!? い、いつの間にこの部屋に!?」
いきなり背後から声をかけられてアレンデール様は再び驚きの声を上げる。
当然だろう……。私もアリスにはびっくりした。
アレンデール様は状況が読めないという表情であったが私を部屋の中に入れてくれた。
そしてアリスは私に紹介してくれたように自らを『真実の鏡』だと主張して、私に真実を伝えたとアレンデール様に伝える。
アレンデール様は最初は半信半疑だったが、転生やらライトノベルという言葉を聴いて、この話が信憑性があると認めた。
「し、信じられない。我が家の家宝だった『真実の鏡』が復活して、メリルリアに会いに行っただなんて……」
「私も信じられませんよ。まさかアレンデール様がそんな理由で婚約を破棄しただなんて……」
「そ、そうだな。心の底から悪いと思っている。好きなだけ呪詛の言葉を吐いてもらっても構わん。……ただ君のことを愛していたんだ」
アレンデール様は頭を下げて謝罪した。
彼が心から侘びているのはわかっている。その目を見ればどれだけの苦痛が彼を襲っていたのか容易に想像ができた。
「アレンデール様、私のほうこそごめんなさい。私は一瞬でもあなたの愛情を疑いました。それはどんな罪よりも重いと思っております」
「な、なにを言っているんだ! 俺が全部悪いんだ! 君には理不尽を強いたと反省している!」
私が謝罪すると彼は慌ててそれを否定する。
アレンデール様の仰ることはわかるが私はそれでも悔しかった。
彼の苦しみを感じ取れなかったことを……。
「どうでもいいけど、二人ともこのまま終わらせるつもりはないでしょう?」
「「えっ?」」
「そもそもおかしくなっちゃう国王が悪いんじゃない。どうせ謀反の疑いがかかるんだったら――」
私たちの言葉を遮ったのはアリスだった。
確かに、アレンデール様が前世とやらで知ったという情報が正しいのなら国王陛下が悪いという話になると思うけど……。
「本当に謀反を起こしちゃえば? 国王陛下を玉座から引きずり落とすのよ」
「「――っ!?」」
なんてとんでもない提案をするんだろう。
よりによって、国王陛下を失脚させようと考えるなんて……。
そんなのがバレたら国家反逆罪に問われて、処刑されてしまう。
「国王陛下が疑心暗鬼になっているのは本当みたいよ。今年に入って腹心を二人ほど反逆罪で投獄している」
「そ、そんなこともわかるのか?」
「『真実の鏡』はなんでもお見通しなの。まぁ、だからこそ五代前の国王があたしを恐れて破壊を命じたんだけど……」
アリスによると、どうやらアレンデール様の知っている情報は正しいらしい。
つまり私とアレンデール様が結ばれたら、将来的に陛下に処刑されてしまう可能性は極めて高い……。それなら私は――。
「アレンデール様、私と一緒に死んでくださりませんか?」
「えっ? き、君はなにを言っているんだ?」
「私は我慢できません! アレンデール様と結ばれない未来なんて、ほしくないんです!」
真実を知った今、私はこのまま婚約破棄されたままでいいとは到底思えなかった。
それならいっそのこと、アレンデール様と自分たちのために戦って死にたい。そう思うようになったのである。
「聖女であることも、伯爵家の娘であることも私は捨てられます。でもあなたとの未来を捨てることはままなりません」
「……メリルリア。君は本当に俺と――」
そのアレンデール様の琥珀色の瞳に宿る光が強くなる。
話さなくてもわかった。彼もまた決意を固めたということが……。
「わかった。メリルリア、俺とずっと一緒にいてくれ。ただ、死ぬことは許さん。俺は絶対に二人で生き残る。そのために未来を……変える!」
私の手を握り、そう断言するアレンデール様の言葉はなによりも信じられた。そう、『真実の鏡』で確かめるまでもないくらいに。
二人で生き残る。そうよね……。ここまで覚悟を決めたら死ぬのも馬鹿らしいかもしれない。
「ようやくやる気になってくれたわね。……大丈夫。あたしの『真実の鏡』、メリルリアさんの聖女の力、そしてアレンデールのライトノベルとやらの知識。これらがあれば失脚させることは十分に可能なはずよ。玉座でふんぞり返っているあの男を――」
アリスの言葉に私たちはうなずく。
この日、私とアレンデール様の間に確かなものが生まれた。
目に見えないけど、絶対だと言えるモノ。人はそれをこう呼ぶ。真実の愛、と――。
そして数カ月後……私たちは悲願を達成する。アレンデール様や私を排斥しようとした国王を見事に失脚させ、安寧の日々を手に入れたのである。
これがのちに語られる『真実の鏡』による奇跡であった――。
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