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雨のバス

作者: 琥桃

今日はいつもより早く目が覚めた。


耳に入ってきたのは可愛い小鳥の鳴き声……ではなく、激しい風雨の音。


「うわぁ……。」


ヤダヤダ。バス混むじゃん。休日に降ってくれたらよかったのに。まあ、嘆いても学校は行かないと。ため息を漏らしつつベッドから降りる。今日は朝からチョコ食べてやる。

顔を洗って制服を着て。ご飯食べたらもう一度洗面台の前へ。寝癖をチェックしていく。幸い豪快なハネはなく、ぬらして櫛を入れれば綺麗に整った。いつものようにアイロンを出し、傷まないように低めの温度で設定。それを使って内巻きにしていく。


 中学生の頃はずっとミディアムより長かったのが嘘のようだ。重めのボブをキープして2年。この髪型が当たり前になり、適当に結ぶなんて絶対できない。逆に二年前はこんな短時間で整えることができるようになる、なんて想像もしてなかったな。アイロンなんて買ったことも触ったこともなかったし。やっぱり高校生となると、周囲も自分も変わる。


まえよし、うしろよし、よこよし!完璧!あ、ついでに肌ケアも今日は凝っとこ。顔のパーツがこれなんだから肌は綺麗にしときたい。

化粧水とジェルで済ませず、乳液なども追加。むにむにと揉み込み、リンパを流して浮腫みをとる。雨の日のいいとこは肌がモチモチなとこですかね。仕上がりを突いて確認。肌と髪はこれで完璧。パーツは化粧してもめっちゃ可愛くはなれないけれど。まあ、めっちゃブスでもないし。多分。


ピアスをつけたあと、少しだけぱっちりしたおめめで鏡に映る自分を見つめた。いつもより確かにビジュが良い。でもまだ足りない気がする。今日なにかあっただろうか。写真撮影?集会?わからない。落ち着かなくて、ピアスを変えたり、髪を少しいじってみたり、腕時計をつけてみたり。


「あっやば!」


いつもの時間じゃん。雨の日でも間に合うとは思うけど……。私は遅刻より何よりラッシュに揉まれたくない。いつぞのラッシュ時思い出して血の気が引いた。踏まれる革靴。お腹にきまる誰かの肘鉄。知らないおばさまのきつい香水の香り。そこに誰かの歯磨き粉みたいな匂いも混じって吐きそうになる。鞄をおろさない輩の鞄内にあるなんか固いやつが顔に刺さり、降ってくる舌打ち。


ぜっっったい嫌。


学生鞄に色々詰める。なんだっけ、今日の授業。いいや。全部入れとこ。どうせそんな重くならない。置き勉最高。ロッカー万歳。

他にもスマホ、定期券、筆箱、イヤホン。ちょっと大きめのタオル。

よし、終わりっ。


「行ってきます!」


親の返事も待たずに走り出す。


傘じゃま。風が逆向きに吹いてるのもシンプルにうざい。撫で肩のせいか、鞄がずり落ちる。加えて革靴が走りづらい。それでも頑張って坂を駆け降りる。どうしてもいつもの一本前に乗りたい。


シャチのキーホルダーがカンカンと音を立ててはね、折れないか心配になる。後で拭くときに確認しとこう。


にしても雨がピシピシ当たって冷たい!春半ばのはずなのにめっちゃ寒い!そして濡れたことによってボブが崩れてる気がする。靴下に水が跳ねる。革靴が水を吸う。


神様、反省したから今日は間に合わせて!そう願いつつ最後の角を曲がった瞬間。


プシュー……ピンポン。ピンポン。


「あ……」


バス、行ってしまった。時計を見るとやはり一本前だったっぽい。泣いた。急いだ意味とは。

諦めてバス停に並んだ。次のバスは十分後。寒い中突っ立っているのも嫌なので、音楽を聴くことにする。地獄が待っているからな。気分をあげておかないと。再生リストをスクロール。どれにしようかな。なんかどれも気分じゃない。暗い曲はさらに暗く、明るい曲はなんか追い討ちかけられてる気分になりそう。投げやりな気分で最後の方まで来てしまった。ふと手を止める。久しく聞いていなかったアーティストが目に入った。確か雨の歌があったはず。曲調は明るめ、でも切ない曲。……ちょうどいいかも。


ぴったりの曲が見つかったことで、穏やかな気分になる。冷たい雨も心なしか優しく穏やかな雨に変わった気がした。まあ気のせいなのはわかってる。単純で結構。暗示で気分あげなきゃやってられない。


スマホを鏡代わりに、髪や服をちょこちょこ直していく。


荒んだ気持ちが和らいだところで、ニ曲目が流れ始めた。優しい曲調に、このアーティストを勧めてくれた人の顔が浮かぶ。ここ二年ですっかり忘れたと思っていたのに。声も顔も話したことも鮮明に思い出せる。自分の記憶力も大したものだ。懐かしい思い出に浸っているうちに、三曲目が始まり、バスが来た。案の定、ギッシリすし詰め状態。私の後ろにも長い行列があるし。死んだ魚の目を自覚しつつ、乗り込む。せっかく上がった気分は地球の裏側へ消えた。思い出の人もかき消された。


バスの中は、以前より酷かった。生乾きの匂い、香水、制汗剤。乗り込んだ瞬間、人、人、人。か弱い女子高生、潰れちゃうよ。必死に隙間を探す。しかし乗り込んでくる人によって押され、抵抗は無意味。マジで優しくない。視線を彷徨わせた。


ある人の後ろ姿が見えた。懐かしい、大好きだった後ろ姿。

なんでわかったのかは自分でもわからない。身長も高くなっているし、髪も少し変わった。ガタイも良くなったかな?ただなんとなく、直感的にあの人だと思った。


中学の頃、私が勝手に好きになって勝手に諦めた人。偶然にも私が押しやられる方向にいて、あっという間に近くまできてしまった。


ちらりと見る。カッコいい……とはぶっちゃけならない。顔がドストライクってわけではないし。でも優しくて、声がよくて、面倒見がよくて。とにかく好きだった。


はなしかけたい。でも声はかけられない。相手は私のことなんてわからないだろうから。二年。ただでさえ二年立ってるのに加え、髪型も変わって、ピアスも開いてる。ダイエットもした。眉を整えて、化粧もしてる。変わり過ぎた。中学の頃より可愛くなった自信はある。でも、声かけて「ごめん、誰?」なんて言われたら立ち直れない。可愛くなったからよね!なんて思えない。


窓に映った私の顔に、雨粒が流れていった。

「……っ」

やっぱり話したくて。小さく名前を呟いてしまった。「久しぶり、懐かしいね」その一言を期待したけど、なかった。そりゃそうだよ、相手もイヤホンしてるし、大好きなゲームしてるっぽいし。隣になんかちっこいやつきたぐらいにしか思ってない。やばい。泣きたい。そこそこ仲良かったけどやっぱモブってのは当時から知ってたし。ここ二年あったことなかったし。彼は自転車通学で、雨の日は私が最低一本前に乗っていたから。うん。わかってる。でも切ない。このアーティストだってお互いおすすめしあった時に教えてもらった人。


ああ、やっぱりだめじゃん。卒業式で告られたって聞いた時に吹っ切ったと思ったのに。吹っ切れてないや。そっと自嘲する。彼のカバンについたシャチの可愛いキーホルダーが告白の結末を示している。彼女と水族館でも行ったのかな。その考えに至った瞬間、イヤホンをとってしまいたい気持ちにかられる。でもできなかった。このタイプのイヤホンは下に引っ張るようにしてとったら耳のところのシリコンが外れる。アーティストを変えたくても、この混雑ではスマホを取り出すのは困難だ。失恋を歌い上げる曲は歌詞が、メロディーが心に刺さる。顔を見たら、泣いてしまいそうなくらい。なるべく視界に入れないように顔を背けつつ、揺られていた。


うるさいほど鳴っていた風が止み、ただ雨が降る。曲の合間にエンジンの音が響く。

何曲聴いていたか。いつものバス停に着いた時には色々な意味で解放感があった。


やっと外せるイヤホン。やっと自由に動かせる体。あー虚しい。


深呼吸をして、傘をさす。足早にバス停から離れて歩き始めた。早く泣きたかった。


「待って」


なのに腕を掴まれた。声だけでわかる。だって私声フェチだし。ねえ、これはどう言う状況だろうね?


「急にごめん、おまえは覚えてないかもだけど、俺、中学同じで、ずっと伝えたいことがあって」


やめてよ、期待しちゃう。どうせ聴いてた曲とか、昔話とか、仲良かった私に恋人報告とかでしょ。聞きたくない。やめて。なんで今日なの。ねえ、


「お願いやめて。言わないで。期待させないで。私はあなたが好きだったんだから。また同じ人に失恋なんて、したくないの」

聞きたくない一心で、顔も見ずに言う。でも腕は振り払えなかった。彼は優しくつかんでいるから、やろうと思えば簡単に振り払えるのに。


「俺は今も好きだよ」


「え、だってあなた彼女いるんじゃないの?卒業式で告白されて、そのキーホルダーだって彼女といった記念とかじゃないの?」


「君がシャチ好きだったから。つい買った。女々しいけどつけてたら会えるかもしれないっていうジンクスみたいな……卒業式の告白は断ったよ。あの日、俺は君に告白するつもりだったし。君はいつのまに帰ってて、連絡先も変わってたからほぼ諦めてたけど」


「じゃあ、え?あなたが、私を、今も?待って今もってことは、だって、え?」


「好きだよ。君がもう他に好きな人がいるというなら諦める。でもいないなら、もう一度。俺を好きになってほしい。大事にするし、君の意見は尊重する。ずっと、ずっと好きなんだ」



雨はもう止んでいた。











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