第八話 【適役】
「心当たりなら、儂にはある。」
「それは一体何方でありましょうや?」
「知りたいか?」
「無論」
すると大膳は一転破顔の上、返答を告げる。
「儂の目の前に座っておるわ。」
「!!」
全く予期していなかった答えに右近は暫し絶句した後、ようやく言葉を返す。
「・・・戯れはお止め頂きたい。」
「戯れであるものか、儂は本気ぞ。」
「榊原様・・・」
「其方の申す通りよ。このお役目、誰でも良いという訳には参らぬ。そして当家に其方以上の適役がいるとは儂には思えぬ。」
「某は福井の田舎侍、江戸表に参った事とてござりませぬ。」
「そうか、そこまで其方が申すのであれば、其方以上の適役の名を挙げてみよ。」
「それは・・・なれどこのような事を主馬様が認めるとは思えません。」
「その事なら心配無用じゃ。ご城代の指図はな、『良きに計らえ』だそうだ。」
「!」
主馬の不自然な態度には理由がある。
嗣子を早々と決める事で、幕府の不興を買う事を恐れた主馬は、御書院番衆の動きに対して中々首を縦に振ろうとはしなかった。
結果、この有様である。
要するに主馬は責任を放棄し、後始末を御書院番に丸投げしたという訳だ。
「右近、諦めよ。この役目、任せられるのは其方しかいない。行ってくれるか。」
「・・・御意」
こうして右近は、越前福井藩の命運をかけた使者として、江戸へと赴く事になった。
次回は2月26日(金)20時に公開予定です。