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小さな喫茶店  作者: 鈴鐘
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マスターと竜人の少女

遠くに見える世界樹、統一感のある建物の数々、エルフにドワーフ、獣人など多種多様の人達が行き交う。そんな賑やかな大通りから少し外れた細道の、見向きもされない小さな喫茶店。

そこからふわりと、良い匂いが漂ってくる。






「そろそろいいかな」

ポットの横に置いた砂時計を見て、マスターがつぶやいた。

カチャカチャと音をさせながら、ティーカップとソーサーを取り出していると「カランコロン」と出入り口の鐘がなった。


「あ、すみません…えっと、」

「いらっしゃい。よかったらカウンターどうぞ」

不安そうに入ってきた竜人の女の子に、優しい笑みでマスターは声をかけた。

おずおずとカウンターの椅子に腰掛け、キョロキョロと周りを見ながら荷物を抱えて緊張している姿はなんだか微笑ましく思える。


「何か希望はある?」

「は、はい!あ、えっと、おすすめのものでお願いします…」

「じゃあ、ちょうど入れようと思っていたお茶があるから用意するね」

そう言って、マスターは先ほどのティーカップにポットのお茶を注ぐ。ソーサーにカップ、小皿にクッキーを乗せて少女の前に出す。

「温かいうちにどうぞ。世界樹の葉を使用したお茶と、世界樹のきのみを使用したクッキーだよ」

「えっ!!」

少女は驚いてマスターを見た。


「世界樹って、天使族や妖精族達じゃないと行けないところじゃないんですか!?」

「よく知ってるね」

「常識ですよ!!」

「伝手があってね。いいものを扱ってるお店でしょ」


マスターの飄々とした態度に、少女は冷や汗を垂らした。

「こんな高価なもの…私、そんなにお金持ってないです…」

「お金なんていらないよ。僕が一緒に飲みたくて出したお茶なんだから」


「ほら、せっかくのお茶が冷めちゃうから」

「は、はい」

カップの中には、透き通った緑色のお茶が湯気を立てて入っていた。

少女はゆっくりとカップに口付ける。

「美味しい、です」

「それはよかった。僕もいただこうかな」

マスターもお茶を飲むと、小さく「うん、美味しい」とつぶやいた。


「あの、こんなところに喫茶店があったなんて知らなかったです」

緊張が解れたのか、先ほどよりも落ち着いた声で少女が話した。

「賑やかなところはどうも落ち着かなくてね」

サクリ、とクッキーをつまみながらマスターが応える。


「ところで君は学生さんかな」

マスターはじっと少女の服装を見た。

「はい。騎士団育成学校に通っています」

「へえ、騎士団に入るんだ」

マスターがそういうと、少女は俯いて口を閉じてしまった。


「何か、訳ありなのかな」

少女はお茶に反射した自分を見ながらポツポツと話した。

「私の家は、騎士の名家です。祖父は元騎士団長、父は現騎士団長で、兄は常に首席なのに、私は補修ばっかりの落ちこぼれなんです」

「このままじゃいけないってわかっているんですが、成績は下がる一方で…」

次第に少女の瞳からポロポロと涙が流れた。


「君は、どうして騎士団の学校に行ったの?」

「それは、家が…」

「君のお母さんは騎士ではないのだから、性別を理由に騎士団以外の道もあったんじゃないのかい」

「…」

互いに見つめ合い、沈黙が訪れる。


沈黙を破ったのは少女の方だった。

「私、誰かを守れる強さが欲しいんです」


「昔から、トラブルに遭いやすかったんです。まず、悪魔に誘拐されたことがあります。その時は父が騎士団を引き連れて助けてくれました。ある時は魔獣に襲われました。もうだめだって思った時に祖父と兄が助けてくれました。そのせいか、私も誰かを助けられるような人になりたいって思ったんです」

カップを持つ少女の手に力が入る。


「君は、誰かに頼ったことがあるかい」

静かに、マスターが聞いた。

「…」

少女は口をつぐむ。


「一人でやることを美徳と考える人がいるが僕は反対だ。一人より二人、なんて言葉があるくらいだからね。頼れる人は頼れるうちに頼ったほうがいい。最も避けなければいけないのは、未熟なまま頼れる人がいなくなってしまうことだ。今日会えたから明日も会える、なんて確証はどこにもないんだから」

マスターは言い終えると、緩くなったお茶を飲む。


「祖父も、父も、兄も、未熟な私に教えてくれますかね…」

「未熟だからこそ教えるんじゃないかな」

すると、少女はカップに入ったお茶を一気に飲み干した。


「マスター、私、頑張ってみます」

凛としたまっすぐな瞳で少女は言い、席を立った。

「そう、頑張って」

マスターは優しげな瞳で少女に応える。


カランコロン、と出入り口の鐘がなる。

「マスターごちそうさまでした!またきますね!」

「うん、ありがとう」


バタバタと少女が店から立ち去っていった。

店の中は静寂に包まれる。

「さて、今日はもう店じまいにしようかな」

カチャカチャと、食器を片付けながらマスターは独り言を言った。






ホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえる深夜の森。

どこからともなく、暗闇からマスターは出た。

「いい夜だね」

月明かりに照らされた森。マスターの目の前には熟睡している1匹の大きなドラゴンがいた。


はずだった。

ドラゴンは一瞬のうちに切り刻まれ、ただの肉塊と成り果てていた。

「ふむふむ、いいドラゴンだね。脂身が少なく、肉質もしっかりしている」

マスターは、足元の影から黒い触手を伸ばしてドラゴンだった肉塊を品定めする。

「この感じなら、ステーキにするのが一番いいかもしれない。いや、燻製にするのもいいかもしれないなぁ」


ガサッ

マスターの後ろで、音がした。振り返ると、そこにいたのは昼間喫茶店に来た竜人の少女だった。

「マ、マスター…?」

「こんばんは。ちゃんと頼ってみた?」

「あ、ひっ…」

少女は怯えた表情でカタカタと震えている。


「言っただろう。今日会えたから明日も会える確証は無い、て」

にこりと笑っていうと、少女の足元の影から触手が伸び、少女に絡みつく。

「申し訳ないんだけど、悪魔がいるって言いふらされるのは困るんだ」

触手は少女を絡めとりながらゆっくりと戻っていく。

「僕は静かな空間で誰かの話を聞くのが好きでね」

少女の体はズブズブと影の中にひきづり込まれていく。

「だから、君は僕が残さず綺麗に食べてあげる」


「さて、このドラゴンは燻製に決まりだね」

そういうと、マスターは闇夜に消えていった。

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