9 頼りないヘタレを求む
「アルタクス王子殿下が降らせて下さった雨が止みません。このまま雨が止まなければこの国は終わりです。川は溢れ、作物は腐り病気が蔓延するでしょう。
ご自身の魔法の始末をつけて頂きたい。なに、出来ないのであれば頼めばいいのです。
異世界の聖女の召喚を。――先方の意思など問わずとも、呼んでしまえば帰れないのです。嫌でも働いて貰いましょう。」
◆◇◆◇◆◇
客間で軽食をもらい、お茶を飲んで一息ついたまもるは、脱いでおいたコートを抱え「clean」と唱える。無駄に重ね着していたロングワンピースを数枚脱いで、コートとともにクローゼットに掛けた。
そういえば独学で魔法を習得した人達はどうやって魔法を使っているのだろう。やはり杖だろうか。
綺麗になった服はポシェットに仕舞おうかと考えたが、魔法がバレると面倒なのでクローゼットを「rock」した。このくらいなら建て付けが悪いでごまかせる。当然この部屋にはまもるしかいない。
部屋に不審なものがないかを調べたりして時間を潰すうちに、昼近くなったようだ。王と王太子に昼食に招かれた。侍女に着替えを勧められたが断った。
食堂に行くと、さっきの偉そうな茶髪と貫禄のある焦げ茶のイケおじがいた。先に身分を知らされてしまえば仕方ない。カーテシーなど知らないので日本風のきっちりビジネス最敬礼で挨拶する。
「お初にお目に掛かります。わたくし家名を小倉、名をまもると申します。……どうぞマールとお呼び下さい。この度は客分としての滞在をお認め下さり恐悦至極に存じます。」
食事中、まもるは聖女と召喚について聞かれると思い、どの程度話すかを考えあぐねていたが、王太子から先程の話を聞いた国王は、二千年以上続いた皇族について聞きたがった。
「古い時代の神話レベルの話ですが、太陽神の子孫と言われています。」
「おお!我が国の王家も、太陽神と月の女神の子孫と言われておる。」
「――子孫が人間なのですか?」
「……それは、我々も神に等しいという意味か?」
「いえ、あの……鳥では?」
「――そなたは我が国の、いや、この大陸の神を知っておるのか?」
「先程少しうたた寝をした際に、夢枕に……」
「君に太陽神の神託があったのか?」
「……金と銀の二羽の鳥が、『息子が心を閉ざしたのは我等が寵愛の力を与えすぎた為。時空を超えたそなたとの絆で神の愛し子を救うのだ。』と言っていました。鳥が寵愛する息子が神の愛し子なので、あの鳥達が神様なのかと思ったのですが違いますか?」
「違わぬ。我が国の主神は鳥の姿をもつ夫婦神ぞ。」
「その息子は当然鳥だと考えていたのですが、王家が神の子孫だとおっしゃるのであればその愛し子も王家の方なのかもしれませんね。もしくは信者はあまねく彼等の子供、という意味でしょうか……」
神様に勧誘されたことは秘密と他ならぬ神様が言ったのだから、この程度の作り話はセーフのはずだ。
それにつけても『相談』はどうやってすればいいのか……ヘルプボタンを求む。とりあえずは鳥神様ではなく、王親子が相談に乗ってくれるようだ。
「息子についての解釈は不明だが、君との絆については召喚主がそれにあたるのでは?十二年前に君を聖女として召喚した弟は、王族であるし国教の信者でもある。」
そう言って、人払いの後に王と王太子が交互に語ってくれた。
生まれて直ぐに母妃を亡くした第三王子は、婚約者である宰相家に任せ切りになっていたこと。確かに神の寵愛の力、魔力を潤沢に持っていたが、宰相達に隠匿され搾取されていたこと。
王子が十五歳の時に神殿で聖女を召喚したのは宰相の独断だったこと。その際に魔力が暴走し、漆黒の髪が真っ白になり、茶色だった瞳が紫になったこと。魔力を失ったこと。それでも危険視されていること。
心を閉ざした王子は塔に篭り、人と会おうとしないこと。十二年後の今日、あの日と同じように閃光が走り、神殿跡の廃墟にまもるが座っていたこと。
「成程……。面倒なので一度に済ませますね。まず、本当に宰相に隠匿搾取されているのに気付いていなかったのならばそれは怠慢です。王家には隠密を組織することを提案します。決して裏切らず、秘密裏に情報を集め、影ながら王族を警護するような存在です。
次に幼子を他人に搾取させるなど、親による虐待です。高貴な方々は子育てなどしないのでしょうが、であれば教育機関を設立すべきです。
魔力の暴走を起こさせないように体系的に教育を施し、有害な魔法は規制してください。危険だけれど有益な魔法は、魔術として高度な教育を受けた者だけにさせるべきです。
最後に私の黒髪についてです。私の国には魔法も魔力もありませんが、見渡す限り黒髪の人間ばかりです。兵士や騎士達が遠巻きにして、馬車の乗降に手も貸してくれない理由が分からず、なぜか?と思っていましたが、そういう事情があったのですね。」
「――そ、そうか。兵士らについてはすまなかった。そなたの言うことは参考にしよう。」
「それでは私を塔に連れて行ってください。」
「いや、それは君にとって危険が伴う。」
「検証が必要ですが、魔力については心配ありません。どうやら時空を渡る際に自分に降りかかる魔法を無効化する能力を賜ったようです。仮に王子が魔力暴走を起こしても、側にいれば止められるでしょう。」
「無効化?――それはよかった。魔力は総ての人間が持つ訳ではなく、まだ分からないことも多いのだ。」
「では秘書に任命してください。前職は秘書でした。社会的地位の高い人間の補佐官です。王子の閉ざした心を開かせ、公務をこなすまともな成人に戻して見せましょう。」
「君は聖女として召喚されたのではないのか?」
「聖女のお仕事として王子の魔力暴走制御の役目も兼務します。」
「あー、……そなたへの危険は魔力ではなく、未婚の淑女としての危機だ。王子を引っ張り出すには塔にそれなりに滞在する必要があろう。あそこには二十七歳の王子と乳兄弟の男性騎士が二人切りで篭っておるのだ。優しい男ゆえ貞操の危機はなかろうが外聞が……」
「主従が二人切りで……背徳の香り……引き篭りのダメンズ……優しい、ヘタレ??」
「マ、マール??」
「乳兄弟の騎士から嗜好事情を聞いてからになりますが……王子と結婚させてください!それで対外的には問題無いはずです。」
「それは、今ここで決めていいことでは……」
「確か聖女は王族に準じる身分だったかと。問題ありませんよね。社会復帰した王子に他に結婚したい人が出来れば解消しても構いません。」
「そうではなく、相手は二十七歳の成人男性ぞ。大人びてはいるが、そなたの様な年端も行かぬ未成年が婚姻なぞ……」
「わたくし二十四歳です。」
「「…………」」
「それでは、乳兄弟騎士との面談、婚約の手続き、魔力無効の検証……それから可能なら宰相とやらの尋問の手配も宜しくお願い致します。」
まもるは地位の高い人間相手に、歯に衣を着せぬ物言いをした爽快感に浸り、背徳のダメンズを矯正する意欲に燃え、ヘタレ優男を良き夫に育成する期待に震えていた。
唖然とする王と王太子を残し、意気揚々と食堂から出て行きかけ、肝心なことを聞き忘れていたと振り返る。
「第三王子殿下のお名前は?」
「アルタクス・アトレーユ・アウリンだ。」