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7 廃墟に佇むお菊人形


「アル様ったらわたくしの髪、もう真っ直ぐになってしまったわ。今度はもっとカールを長持ちさせてくださいね。」



「アルタクス、邪魔な男がいるのだ。少しの間大人しくさせてくれ。まあ病気でいいだろう。今更断りはすまいな。」



「王子殿下、日照り続きで民が困っております。雨を降らせてください。お願い致します。」




 ◆◇◆◇◆◇




 まもるが目を開けるとそこは遺跡のような場所だった。早朝の気配がうっすら地平線に見えるだけで明かりはない。誰かに迎えに来てもらえないと困る。




 魔法を使ってみようと思った。ただ……まもるが魔法を使えることと特典の能力、どちらか、もしくは両方を秘密にする必要があるかもしれない。


 念の為まもるの魔法ではなく異世界転移に伴うものと思わせねばならない。折しも夜だし、ピカッと光らせるのがいいかもしれない。




 自分の中に魔力が感じられるか調べてみる。さっぱりわからない。体を調べると洋服、ポシェット、装身具、全て揃っている様だ。


 ふと、ポシェットを四次元的にしてみようと思い立つ。一旦中身を出し、念じる。この国ではみんな独学で魔法を覚えるらしいので、ものは試しだ。――やってみたらうっすら光った様な気がする。


 その辺りに落ちている瓦礫を持ち上げて入れてみると、明らかに入らない大きさのものが吸い込まれた。取り出す為の手が、小さいポシェットに肘まで入る。成功だ。


 瓦礫は捨てて、装身具を仕舞おうとしたが、場合によっては値の張るこけおどしも必要になるかもしれない。そのまま着けておこう。




 魔力が使えることは分かったので、追いはぎが出る前に光らせてみる。手を上に上げ、元気を玉に送り込む要領で手に魔力を集める。


 そろそろいいかなという頃合いに「flush」と唱えた。すると無音ながら凄まじい光が、水に波紋が広がるように、地平線まで爆発的に広がった。


 目をつぶり腕でまぶたを押さえていてすら目がくらんでへたり込んだ。どうやら力を込めすぎたようだ。これだから独学はいけない。





 それから三十分くらいで、複数の馬の足音が聞こえてきた。その頃には目も回復し夜も明け始めていたので、彼らが盗賊の類ではないことがわかった。


 まもるの手前で減速し、囲むように少しずつ近付いて来るのは騎士のような服装だ。赤だの白だのの非実用的なものではなく、カーキ色の軍服風だった。



 まもるは相手を刺激しない様に座り込んだまま表情を消し、ぼんやりと彼らを眺めた。薄明かりの中、顔や髪色が確認できる距離まで近付いた彼らは、ハッと息を呑み馬を止めた。


 こそこそと「伝令を」と言っているが興奮しているのか丸聞こえだった。容姿を中心に報告するらしい。


 顔と髪型はまもるのいつも通り。カシミヤのベージュのコートの中に白っぽいロングのワンピースを重ね着した。少し聖女を意識している。


 装身具は誕生石のアメジスト。色味は深いが添えられた小ぶりのダイヤ達に和らげられている。ネックレスと指輪とブレス&アンクレットは見えなくても、つり下げ式のピアスは見えるだろう。さてこけおどしは功を奏するだろうか。




「あなた様はどちらからいらっしゃいましたか?」



 丁寧な物腰で質問はされたが馬からは降りて来ない。警戒されている様だ。言葉は分かるが出方を伺いたい。少し困った顔でゆっくり周りを見回した後、話しかけてきた相手の目を見て首を横に振る。


 騎士は十人程で欧米風の男性ばかりだ。すぐに次なる質問が来ないのでもう少し周りを見ると、座り込んだ床は石づくりで魔法陣の名残のようなものが見える。



「異世界の聖女様でしょうか?」



 改めて聞かれると定義がわからない。


 異世界人ではあるが、聖女役として派遣されただけで能力的には一般事務員だ。特典はまだ試していないが、その能力が聖女の証なのかも分からない。役職としての聖女なら任命されないと聖女とは言えないだろう。


 頬に手をあて首を傾け「うーん」と悩み始めたまもるを、騎士達は黙って見ている。




 異世界に行けるとなったらテンションが上がり、ろくにこちらの事情を聞いていなかった。救うべき相手の、名すら聞いていないことに気付いたのが転移直前だった。


 ではと神様に相談しようにも、あの鳥がどこにいるのか分からない。神様だけに、神殿か。


 とりあえず発見した第一村人が野蛮な人達じゃなくて本当によかった。内心は焦りまくりだが、まもるの外面は常にポーカーフェイスだった。




「言葉は分かりますか?」


「――はい。」


「我々と一緒に来て貰えますか?」


「――あなた方はどなたですか?」


「これは申し遅れました。我々はエルフェンバイン国の兵士です。」



 成程兵士ね、と思いまもるは頷く。そろそろお尻の冷えが限界に達したので立ち上がりたかったが、急に動くと驚かせてしまうだろう。もぞもぞなんとか立ち上がり、そっと砂埃を払い、交渉役兵士の顔を見た。



「どちらまで行けばよいでしょうか?」


「王城まで。もうすぐ馬車が到着します。もうしばらくお待ちください。」



 馬には乗れないから好都合ではあるが、あとどれくらい待つのだろう。少し瓦礫の周りを歩いてみる。兵士達は相変わらず遠巻きにしているが、まもるのことを止めるものはいなかった。



 白っぽい建物だったようだ。石自体がボロボロになる程には古くないが、元は室内であっただろうこの床は完全に屋外と化している。建物のすぐ外には草木が生えていないが、少し行けば草も木もある。



 兵士達はまもると同年代だろうか。誰も馬から降りていない。兵士だけあってとても大柄だ。銃はなさそう。剣はある。


 魔法と剣の世界であることにまもるはご満悦だった。顔は不安げなまま固定してあるが。兵士達も油断なくこちらに目を向けながらも、まもるを観察しているようだ。



 真っ黒な髪の厚い前髪、ストレートの髪は腰まで届く。服は奮発したが化粧はする気にならなかった。塗ったものは落とさねばならないからだ。


 地味ながら外国人受けしそうなまもるの容貌は、確かに周りの兵士達の注目を集めていた。――特に黒い髪と紫の耳飾りに。それも顔や服装には目が行かない程に。




 牽制仕合いの空気の中、やっと馬車が到着した。知らない人の車には乗ってはいけないのだろうが、見渡す限り民家はない。誰も馬に相乗りさせてくれない以上、馬車に乗るしかない。


 まもるは覚悟を決めて馬車の乗り口を見上げた。高い。検分も兼ねて馬車をぐるっと一周見て回る。御者の顔が引き攣っている。



 誰もまもるに手を貸してくれない。触りたくない程恐れられているらしい。それでも踏み台すら出さないのは試されている為か。――魔法で浮くのか、はたまた身体能力で飛び乗るのかと。試されるのならば逆に見せない方がいいだろう。



 コートを脱いで畳み、開きっぱなしの扉から座席に投げ入れ、袖を折り肘まで腕まくりする。


 ポシェットの肩紐の間から、ロングワンピースのスカート部分の真ん中辺りを掴み引っ張り上げる。膝まで裾が上がったところで、引っ張ったスカートを、ポシェットの肩紐の折り返し調節部分に挟んで固定する。鉄のタイヤのスポークに足を掛け、手摺りに掴まり、扉に手を掛けやっと馬車の床板に足を乗せた。


 振り向く前にスカートを戻し、どや顔で兵士達を見た後に、バタンと音をさせて扉を閉じた。閉じる前に見た兵士達は、まもるの目論み通り、口を開けて唖然とした顔を見せてくれた。









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