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5 クロコはまだ本気出してないだけ



「アルタクスお兄様、このお菓子、二つに増やせないかしら。お友達にも分けたいの、お願い!」


「アルタクス、魔法で俺の剣術の能力を上げることはできないか。身を守る為に必要なのだ、頼む!」


「王子殿下、このままでは民が飢えてしまいます。この畑の空の穂の中に、稔りをお授け下さい!」




 ◆◇◆◇◆◇




 小倉まもるは二十四歳の都内で働く社会人だった。ブラックじゃない、ごく普通の中小企業で役員秘書をしていた。


 といっても鞄持ちは男性の上司の仕事で、まもるはもっぱら電話番のお茶汲みOLだ。ごく稀に視察に随行することや来客の対応はあるが、基本的に社内業務なので、秘書は美人ではなくてもなれると思う。




 制服の様に日々ダークスーツを着て、化粧も薄い。眉毛を書き忘れても気付かないくらいの前髪と、癖のない黒髪のせいでお菊人形じみている。


 業務中につけている、雑誌の付録のシュシュが唯一の彩りといってもいいくらいの地味さだ。不細工、という特徴すらない、本当に記憶に残らない顔だ。




 

 まもるの最大の特徴はその名前。紙の戸籍に手書きで登録していた時代のように、役人の書き間違いで付いた名前でもない。女児として、産みの両親につけられた、歴とした本名だ。


 母のお腹の中で亡くなった長男の為の名前に思い入れがあったのか、次に産まれた長女にそのまま名付けられた。血縁のない両親には、止めてくれる者はいなかったらしい。




 当然幼少時には男、男とイジメられたが、酷く、という程ではなかった。お洒落に興味を抱けないまもるであったが、女子であると一目で分かるように、髪はずっと伸ばしていた。



 成績は上位で、班にいれば役に立つ。運動も得意で、チームにいれば役に立つ。目立たず人気者ではなかったが、とりとりじゃんけんでは最後までは残らない。読書感想文も絵画コンクールも代表に選ばれないので嫉妬は買わない。順位が付くものではトップ10には入らない。


 自己主張しない、人の顔色を伺う、いつも気が利くまもるちゃん。おどおどしないので卑屈には見えない。いつでもうっすら微笑を浮かべている小学生は気持ち悪くても、営業スマイルを崩さない社会人は忌避されない。




 そういう処世術は今の職に役立っている。相手を観察する。地雷と褒めポイントをチェックする。全体における自分と相手の立ち位置をはかる。その上で、その人の予定、して欲しいこと、周囲に根回しが必要なことなどを先回りして行う。出来るだけさりげなく、手柄は立てない。しかしミスはしない。


 なんだか役立つ存在であり続ければ排斥はされない、というのが中学位までに会得した自分なりの極意だった。成人する頃には名前だけでイジメられるということはなくなった。「なんだかムカつく」の、「なんだか」にひっかからないように気配を消し、黒子のように立ち回ればいいのだ。




 就職の書類選考で落とされる程のキラキラネームではない。グループ面談では会話の切っ掛けを提供するくらいの気持ちを持てた。アピールポイントと共に人事担当の記憶に残ればいいと、利点にさえ思えた。


 幼少期には深刻だった悩みも大人になれば会話のネタ程度。そうは言っても、そこに至るまでの経過は消えないし、培われた人格も急には変わらない。地味で控えめでサポート上手な変わった名前の小倉さん。それがまもるのアイデンティティになった。




 まもるが内心でいつも思っていることは、周囲にはバレていない。無口なまもるが脳内で何をしゃべっていても聞こえていない。いつも頭で考えている「私はまだ本気出してないだけ」が、強がりじゃなくて本当なことも。その機会を心待ちにしていることも。








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