3 宛先イッチ 注文者フイッチ
「お兄さま、花だんの花が折れて枯れてしまったの。元どおりにさかせて、おねがい!」
「弟よ、俺に悪い感情を持つものを見分けられるか。何をされるか怖くていられないのだ、頼む!」
「王子殿下、この村の民は飲み水を汲む為に日々重労働を負っています。井戸を掘るべき水源の場所を、どうか一緒にお探し下さい。」
◆◇◆◇◆◇
何故マールがこの国に降り立つまで、十二年もかかったのだろうか。
この国の一日は太陽神の十二時間と月の女神の十二時間で成り立つ。不思議なことに、夜にはマールの世界と同じ星空が広がり、太陽の通り道に広がる星座も十二。マールの国にも太陽神と月神が奉られているらしい。関係がありそうだ。
マールがあちらの世界を出て、こちらの世界に着くまでに、身体的に十二年の時間経過は感じられないらしい。
腰まで届く真っ直ぐに癖のない黒髪は長さに変化がなく、顔形も二十四歳として年相応のままとのこと。マールとしては意識の断絶なく真っ直ぐ辿り着いたのだ。十二年の遅れを言われても困惑するばかりだろう。
それにしてもこれで二十四。むしろ大人びた十二歳と言われた方が納得がいく。マールの国では、民は他国より平均して背丈も低く顔も平坦で、民族的に若く見られるそうだ。ニートといい、不思議な世界だ。
少しずつマールの身の上話を聞き、ヒンレックが幼いころのアルタクスとの思い出を話し、互いに探りながら日々会話をしていく。
マールは馴れ馴れしい物言いをするかと思えば会話選びには慎重で、アルタクスの忌まれた紫の瞳をじっと見つめ、心の距離を測ってくる。
ある夜マールは食事をしながら語った。ちなみに二人は三食をここで取り、寝るために城へ戻るマールを送迎し、ヒンレックだけ戻ってくる。アルタクスにも手間をかけさせている自覚はあるが、譲れないこともある。
「実はマールは愛称で、私の名前は小倉まもると言います。この国風に言うと、マモル・オグラ。まもるは男児につける名前なので、好きではないのです。何も死んだ兄の名前を、妹につけなくても良いと思いませんか。」
「あなたの兄上はいつ亡くなったのだ?」
「産まれる前に、母のお腹の中で亡くなりました。流石に産まれていれば、兄妹で同じ名前を戸籍登録はしなかったでしょうね。親の思い入れは分かりますが、私は自分だけの名前が欲しかったのです。だから私はいつも愛称もしくは家名で呼んでもらっています。」
「マール……。もしもあなたがこの国で結婚することがあったら、家名が変わる時に中間名をつけるといい。そして親しい人間にはその名で呼んでもらえば良いよ。」
「――ではアルタクス様には……ララと呼んで頂きます。(続きが唯一の心残りなので……)」
「?!――僕が呼んでいいのかい?他にも、例えば……そう、ヒンレックは素晴らしい男だよ?」
「王子殿下にはご迷惑なお話でしたか?」
「いや。僕にあなたはもったいないという話だよ。」
「私もいくら神の依頼だからといって、どんな男でも良いという訳ではありませんでした。ただ、王子殿下はツボというかなんというか……。ナデポさせたい的な?」
「……?」
「失礼致します。私はお邪魔な様ですから席を外します。お済みの食器を片付けた後は、扉の前に控えております。では。」
「――ヒンレックさんに気を使わせちゃいましたね。そろそろ本題に入りましょうか。」
「いや、まずいだろう!?この時間に二人というのは、例え婚約者だとしても……」
「面倒な世界ですね。この時間ならまだ普通に働く時間ですよ。では執務室に行きますか。」
「――どうしても二人で話をということであれば、そうしよう。」
二人で階段を降り、執務室の階に行く。ヒンレックはいなかった。アルタクスが明かりをつけ、マールがお茶を入れる。休憩用のソファセットに対面で座り、マールが話し始めた。
「私を召喚したのはあなたではありません。」
アルタクスは固まった。――――そして今、自分がこの塔にいる理由が根底から覆され、苦悩に満ちたこの十二年が、一気に虚無感に覆い尽くされた気がして、体中から力が抜けた。
ひと呼吸の後、今度は怒りが込み上げてきて、筋違いとは分かりつつもマールに鋭い目を向けてしまう。
「――どういうことか説明してもらおう。」