18 黒髪の祈らない聖女達
立てたフラグは回収されず、無事にまもるとアルタクスは結婚した。あの廃墟ではなく城内の礼拝室で、本物の太陽神と月の女神の夫婦神の前で、婚姻の書類に記名した。
アルタクス・アトレーユ・アウリン
マール・ララ・アウリン
ついに小倉まもるは名前の呪縛から解き放たれた。
あのピカピカ大会をした日に、お茶女子会で相談があった通り、王太子妃は離宮へと去って行った。国家の運営は国王が、その側で補佐と勉強を王女がする。王太子は無駄にデカい体を活かし、元より所属していた騎士団ではなく兵団の砦に居を構えた。月の女神のお仕置きは継続中で、訓練で鬱憤を存分に晴らしている。
アルタクスが引き篭っていた塔には、賢者カイロン・ケルコバートが魔術師長として引き続きご機嫌で引き篭っている。あのどこでも研究室ドアがどこにつながっているのか、彼が一体何歳なのかは不明のままだ。
生活に使える単純なものは魔法、高度なものは魔術と分けて、大規模なものは魔法陣が、小規模なものでも古語での詠唱が必要だと定めた。これを国の法に制定して罰則を定め、幼少時より全国民に刷り込むことで、意識レベルで危険な魔法を制御する仕組みを作った。
これに魔法的な強制力はない。気付けばいくらでも好きに使えてしまう。それを早期に探知制止し、魔力を持つ子供を城に集めて教育を施す役目を、アルタクスとマールが負った。
ヒンレックはマールの要請で、彼らを影ながら守る護衛を組織した。色鮮やかな制服は禁止で、全員黒を纏うことを定められた。
今日もアルタクスとマールは馬に乗り、国中を巡回する。宿にも泊まるし野宿もする。黒髪の二人はあらゆる意味で有名で、王子と知って盗賊が群がって行く。影の護衛が手を出す間もなく、マールが聖女だけの、特別な短い呪文で閃光を放つ。
魔力を持つものはこの光を目指せば王子達に行き会えると言われている。むしろ塔に行っても、もうアルタクスには会えないのだ。子供を預けたい親は出て来ない塔の主ではなく、黒髪の王子達を探す必要がある。旅先で無事素質が認められれば、影の一人が子供を抱えて塔の横のテラコヤまで連れて行ってくれる。
そのことが黒髪や黒い影に少からぬ悪い噂を生むのだが、お互いしか見えていない二人は気付いていない。むしろ悪意に晒され過ぎていて、その程度の悪意だと察知できないという弊害の結果だった。
だが、二人に直接会った者達は決してそんな噂はしない。二人が王族らしからぬ気安さで接してくることも理由だが、何より二人のベタベタした甘い雰囲気と行動が、そんな噂を吹き飛ばしてしまう。決して無効化の力ではない。
途中の村や友好国に足を踏み入れた際に、神殿があっても二人は基本的に入らない。用があって入っても、膝を折って祈りはしない。
そのことも聖女らしからぬ、闇に属する者ではないかと言われる由縁だ。しかしよく見れば、二人の肩には神殿に祭られているご神体とよく似た鳥が、日中いつも止まっているのが分かる。その鳥達とマールが会話をする神々しい姿を見れば、口さがない者達も言を翻すのだ。
珍しくその鳥達が、アルタクスとマールから離れた。高く飛びながらさえずり合う。
『これでヘッドハンティングも終了だな。』
『魔力のある者の城へのスカウトかしら?』
『小倉まもるをこの世界に連れて来たことさ。』
『いいお嫁さんが見つけられてよかったわね。』
『中心の大陸であの暴走が何度も起きたら、国どころか世界にひびが入る所だった。』
『愚かなグラマーン・グラオー・アウリンには、労役をあの子に回さないように釘を刺さないと。』
『あの王は信心深いから、夢枕に立つといいらしいぞ。王太子の件もそれで即だった。』
『王女に子が生まれるまで長生きさせれば、喜んで自ら政務に励みそうね。』
『じゃあ僕達もそろそろ本業に戻ろう。』
『――マールは祈らないから寂しくなるわ。』
『目の前にいなければ祈るさ。』
『困っても自力で解決してしまうから祈らないでしょう。』
『じゃあ!マールにも解決できない悩みの種を授けよう。』
『それはいいわね。親の心子知らずだものね。では!』
楽しそうにさえずりながら、二羽の鳥は大陸中を旋回し、太陽の中へと飛び立っていった。
おしまい
拙作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
次回作『生贄の騎士と奪胎の巫女』は2020年12月1日より完結まで投稿予約済みです。




