17 呼ばれたかった名前
目を開けるとそこは城の裏庭だった。先程と同じ位置で同じ人が立っている。違うのはララの肩に銀の鳥、アルタクスの肩に金の鳥が止まっている所だ。
『おや、面白い人間がいるぞ。僕らの正体に気付いている。』
『さすがに声は聞こえていないようですね。』
「賢者カイロン・ケルコバート様、しーっ。」
「聖女殿、無事じゃったのか。」
「賢者殿、ご迷惑おかけして申し訳ない。」
「ヒンレック、不貞疑いは晴れたから安心してね。」
「アルタクス様!マール様!それは良かったです。切られ損になるところでした。」
「悪かったな、ヒンレック。でもララと仲良くし過ぎないでくれ。」
「――おい!何を言っているのだ。私は殺されかけたのだぞ。不敬罪だ、国家反逆罪だ!」
「何を言ってらっしゃるのですか?痴話喧嘩に巻き込んだのは申し訳ありませんが、ちょっと眩しかっただけで死にかけるとか大袈裟ですよ。」
「うむ。光らせるくらい、誰でもできることじゃ。閃光」ピカッ
「え、私も!Flush!」ピカッー
「私もやってみます。光よ!」キラン
「ヒンレック、魔法が使えたのか。長年一緒にいたが知らなかったよ。」
「やってみたら出来ました。」
「ピピッ」ぴか
「チチッ」ぴかぴか
「鳥でもできますね。どうですか王太子殿下も。」
「何なのだ一体……。もう、私は戻る……。」
打ち合わせもなく、アルタクス以外が息を揃えて王太子の気を逸らしてくれた。アルタクスが感激しているとララは神達と不穏な会話を始めたようだ。
『この程度のお仕置きで済ませたのだから感謝して欲しいくらいだわ。』
「もがずに使用不可にしただけですものね。」
『あるのに使えない方がダメージが大きいかもな。』
「ざまあ!」
「聖女殿、その大層な鳥はなんじゃ…?もしや?」
「異世界のプリンセスは鳥と歌うんですよ。異世界の常識です。鳥は友達です。」
「……ララ、もう部屋に戻ろう。」
「そうですね。まず賢者様の塔にご案内します。」
「それでは私がご案内致しますので、お二人は部屋にお戻りください。」
「すまない、ヒンレック。」
「ありがとう、よろしくね。あ、賢者、あの扉は玄関以外に付けてくださいね。鳥さん達はどうするの?」
「ピピッ」
「チチッ」
「分かりました。じゃあまたね~」
「ああ、ララ。やっと戻ってこられた。長い一日だった。」
「昨日の朝には二人でここにいたなんて、信じられないくらい昔のことみたいです。」
旅の汚れを落として部屋で夕食を食べながら、分かれていた間にあったことを順に話していく。ララは異世界まで、鳥として神達が、自分を迎えに来たこともアルタクスに話した。アルタクスも賢者に調べて貰ったことをララに話した。そして離れている間は以前のように考えが曇り、自虐的な思考に捕われたことも隠さずに話した。
「うーん……私は専門家ではありませんが……防衛機制というやつかもしれませんね。普通は心を守る為に考えの方向性を変える、といったようなものですが、アル様は魔法に適性がありすぎて、そういった深層心理の願望までも魔法化してしまったのかもしれません。心を守る必要が無くなれば、無意識に魔法も解かれるのかと。」
「ララの無効化の力ではなくて、ララの存在自体が、僕が自分にかけた後ろ向きな魔法を解いてくれたのか。」
「王太子の従順の魔法とやらも無効化できてよかったですね。」
「そうだ……アーガックス兄上まで僕を……」
「王位継承者争いというのは世知辛いですね……。それよりも!私はあなたの役に立っていますか?このまま側に置いてもらえますか?」
「ララ、役に立つから一緒にいる訳じゃない。愛しているからだ。こんな気持ちを感じるのは初めてだが……。他の何を捨てても一緒にいたいと思う。ララに快適な環境をあげる為なら、あんなにこだわっていた塔から出てもよかった。人を傷付けるかもしれない可能性も受け入れた。実際魔力で兄上を排除しそうになったけれど……。やり過ぎてララを不幸にしない為にも、抑制というか制御は必要だな。ララの側にいるためなら、僕は努力を惜しまないよ。」
「嬉しいです。私にそんなこと言ってくれる人が現れるなんて……。私アル様のこと、本当に愛おしく思います。」
アルタクスはララを抱きしめ手触りのいい髪を撫でながら、言いにくさをおして、願望を口に出す。
「ララ……その、僕の呼び方なんだけど……」
「あ、馴れ馴れしかったですか?申し訳ありません……」
「いや、そうじゃなくて……王太子の兄上の名前はアーガックス・アル・アウリンというんだ。中間名は親しい人間に呼ばせるものだから……。その名前で呼ばれるのはあまり……。その、できれば僕の中間名で呼んで欲しい。」
「はい。アトレーユ様……愛しています。」
覚えがある限り初めて呼ばれた中間名に、心の底から喜びが溢れる。ララが異世界から来てくれて本当に良かった。神々よ感謝します。もう離れない様にきつく抱きしめると、小さくて柔らかい体が抱き返してくれる。
利用されても愛が欲しくて、家族だと思っていたのに裏切られて、傷付けて傷付いて、自ら塔に身を引いたつもりがそれすらも策略の末で……。
もう得られないと思っていた。幼い頃から憧れたものが、こうして与えて返される。愛して愛されるとはなんと素晴らしいことだろう。それなのに……欲張りなのだろうか。足りないと思ってしまう……。
「――そろそろ続きをしていいかな?」
「ん、何のですか?」
「神の世界でした、僕のものにする続きを、最後まで。」
「――はい。」
ララを抱き上げ、今度こそ邪魔が入らないようにアルタクスは魔法でドアをロックしていく。あれほど嫌悪していた魔法を、息をするように自然と使えている。
きちんと理論を学び制御しないと、欲に任せてうっかり不埒な魔法まで使いかねないな。
手を触れず帳を降ろしながら、アルタクスがそんなことを考えていたとはララも思うまい。寝台に横たわり、最後に小さな明かりを残して部屋を暗くする。
そうして、宵闇の髪色をした二人は、夜のしじまにささやかな営みの調べを溶けさせていったのだった。




