14 マルタイは愛し子
部屋に戻ったまもるは空腹だった。折角のご馳走を何一つ食べられなかったのだ。ポシェットに詰め込んであった食べ物を、次々と出してヒンレックにも勧めた。
「やっぱポシェットの中に状態保存の魔法も掛けなくちゃ。ヒンレック、今日見たアレコレを口外しちゃだめだよ。何もなかったのに下手にアルタクス様に知られたら、へこんでヘタレて起き上がれなくなりそうだし。」
「――おっしゃる意味はなんとなくしか分かりませんが、本当に報告しないのですか?」
「あなたが口外してはいけないのは、媚薬、食堂で仕込まれそうになったこと、ポシェットの魔法よ。後継者から外されるのを怖れて聖女を妃にして孕ませようとしたことは言ってもいいよ。対策を練らなきゃだしね。あ、ちなみに私とアルタクス様はまだ清い仲だから、今日みたいに初めてを誰かに奪われそうになったら、ヒンレックも死ぬ気で守ってね。アルタクス様がヘタレちゃう。」
「あ……畏まりました。」
「赤くなっちゃってヒンレックは恋人とかいないの……まさか?!アルタクス様のことを??」
「ち、違います!そういう対象ではっ!――主を差し置いて恋人などはと考えていただけで……。それに出会いもありませんでしたし。」
「じゃあもう探せるね。城に移ったから出会いもあるし。護衛もあと二、三人増やして、ヒンレックも交替で休みを取らないとね。私とアルタクス様は基本一緒にいる予定だけど、やっぱり別行動取ることはあるだろうし、一人じゃ無理だよね。いい人見繕っておいて。」
「心当たりはあります。声を掛けておきます。」
「上司の許可とか予算の申請とかは?」
「やっておきます。」
「さすが!頼りになるね、お義兄様!」
「おにい……」
「乳兄弟でしょ?年上だよね?」
「アルタクス様の一つ上です。」
「二十八?私の四つ上か。夫の兄はお義兄様だよね。」
「四つ?!マール様は二十四歳なのですか??……よかったぁ。アルタクス様が少女趣味なのは、少し受け入れがたかったのです。」
「あれ、ヒンレックは知らなかったんだっけ?――まあ、何かいい感じに砕けてきたよね。これからもそういう感じでいこうよ。」
「は!――失礼致しました。つい……。主の伴侶に失礼な物言いを致しました。申し訳ございません。」
「いいのに……。あ、でもこの部屋に二人ってまずいのかな?――ねえヒンレック。私達味方が少ないからさ、こうやって二人で作戦会議出来ないのは厳しいよね。」
「そうですね、確かに。先程の様な危険があるのでお一人には出来ませんが、私の存在が夫婦の妨げになっては元も子もありません。」
「悪用しないと誓うから、服従の魔法みたいなのを目に見えるように掛けてもいいかな。もう気付いてると思うけど私は魔法が使えるの。私が望まなければヒンレックが私に手出しできないように、私が誘惑してもアルタクス様が許可しなければ手を出せないように。貞操死守限定の服従でいいから、腕輪か何かにしてつけてもらる?賢者様に掛けてもらったことにすれば、私の魔法もバレないしね。二人が城に到着したら相談しよう。」
「そうですね。それがいいと思います。」
「じゃあこの紫水晶の腕輪、まだ何の魔法も掛かってないけど、取り合えずつけといて。今日のこの時も噂にされない方がいいでしょ?戦闘しても壊れない魔法だけ掛けておくから。」
「アルタクス様の瞳の色ですね。黒いベルトに作り変えてお二人の色にしてもいいかもしれません。」
「あ、いいかも。時計のベルトと今変えちゃおうかな。――この紫水晶はね、元の世界から持ってきたの。私の誕生石。すごいでしょ?運命みたいだよね。」
「――逆に、だからこそアルタクス様の瞳は他でもない、紫の色になったのかもしれませんね。」
「お~詩人だね……。ほら、できた!つけて!まだ服従はかかってないよ。やってみる?」
「なっ?……何をおっしゃるのですか??そんな不埒なこと……」
「やだな~何か命令してみる?って言っただけなのに。ヒンレック、むっつりだな。今朝も眠そうなアルタクス様を見て誤解してたでしょ?」
「そ、そんな、いえ、あの……すいません。」
「ヒンレック、起立!――あ、立っちゃった。条件反射?じゃあ……踊れ!」
「――確かにまだ服従は掛かっていないようですね。でも、用途限定ではなかったのですか?」
「あ、そうだった。」
「昼に話された、命令に反する行いを選択すべき時に困ってしまいますから。」
「おっしゃる通りです。」
「……マール様はキビキビしてとても有能で冷静な方かと思っていましたが、意外と抜けていらっしゃるところもあるのですね。」
「お義兄様には言っちゃうけど、私、元の世界で結構抑圧された……っていうか自分を抑えて生活してたからね。こっちに来たら自由にしたいって思ったんだ。当初はアルタクス様のことを救ってあげなきゃって思ってたからあんまり弱いとこ見せられなかったし、ヒンレックには意外だったのかもね。まあ秘書モードの時はバシッと決めますけど、私的な空間ではゆるゆるしたいじゃない?」
「私が私的な枠に入れて貰えるようになったということですね。」
「そうよ、お義兄様。そして私達二人でアルタクス様を守りましょう!それともしも、アルタクス様が戻る前に色々ごまかす必要が出たら、上手く話を合わせてね。」
「畏まりました。」




