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005 夏祭り 後編

 うっかり眠ってしまいそうなほど二人は団欒のひと時に浸っていた。でもそろそろスカイたちと合流しないと流石に申し訳ない。

 シフォンの顔を見れば今にも本当に眠ってしまいそうに瞼を重くして目を閉じたり開いたりしていた。


「そろそろ行こうか」

「……ううん」


 揺すり起こそうとするが、シフォンは嫌がってギアスの腕をぎゅううと抱きしめ頬ずりする。まるで飼い主を引き止めようと甘える猫が人間になったみたいだ。


「もうスカイたちも待たせすぎだし、流石にあいつらでも心配しはじめるくらいだぞ」

「うう〜ん、いや〜あ。まだココがい〜い〜」

「お祭りも終わっちゃうよ? せっかく来たのに」

「う〜ん」


 どうにかシフォンを腕から引き剥がすと、くっつき過ぎてほっぺたにギアスの袖の跡がついていた。

 先に立ち上がってシフォンの手を引く。目をこすりながらやっと重い腰を上げてくれた。

 ちょうど端末が鳴った。見るとフィジーから位置情報が送られてきていた。二人はこの目の前の出店街道を真っ直ぐ行った突き当たりにいるらしい。祭りの端から端まで歩かなければいけないわけだ。


「仕方ないな。ついでに出店も見ながら行けばいいや。途中でなにか良いものがあれば買ってあげるよ」

「ふふん、はぁ〜いっ」


 都合のいいヤツだ。

 ギアスが歩き出せば、シフォンは彼の右手を両手で包んでふらふらしながらついてくる。

 相変わらずの人混みに突入。人波に攫われないように手を解いて肩を抱いて歩く。

 しばらくは出店なんて見れたものではなかったが、次第に人が減ってきた。

 もうかなり遠くまで見通せる。なんだか妙な雰囲気だ。随分歩いている。この商店街、こんなに長い道があっただろうか。

 出店は橙の明かりを灯して永遠に続いている。それなのに客が急に減ってガランとしてしまった。いや、気がつけばもう誰もいない。出店を出している人たちばかりが呆然と来もしない客を待ち続けている。

 とうとう気味が悪くなって立ち止まり、後ろを振り向くと、そちらも今までの混雑が嘘のように人っ子一人いなくなっていた。その時、前を向いたままだったシフォンが「ギアス!」と叫んだ。

 弾かれたように正面に向き直ると、遠くの方に細い人影が。


「な、なんなんだありゃ」


 シフォンにははっきり見えているのか体を震わせてしがみついてくる。

 ヨタヨタと不気味に体を左右に振りながら近づいてくるそれは見るからにこの世のものではない。骨に灰色の皮を貼り付けたような体、額に一つしかない大きな赤い眼。上半身は裸で下には薄汚れた袴のようなものを履いて、背中を丸めて裸足で近づいてきていた。

 それが近づいてくるほどに周囲の出店からも似たような人影が何十とぞろぞろと出てきて、あっという間に前を塞がれてしまった。

 逃げようと後ろを向くもそちらも同様。挟み討ちにされ完全に逃げ場を失っていた。何が何だか分からないまま、せめてシフォンだけは守らなければと彼女を抱きしめる。

 最初に現れた化け物がこちらを指差し、耳まで裂ける口でにんまりと笑みを浮かべた。


「その女はやがて、我らのモノになるのだ!」


 道化じみた嗄れ声が意気揚々にそう叫ぶと、がしゃっ、と、自分の体の中で骨が砕ける音がした。「うう!」と、シフォンが死にそうな声をあげ、がくりとその場に崩れるように座り込んだ。今の音はシフォンから聞こえたものだったのだ。


「痛い! 痛い、いたいよ……」

「おい、どうしたんだよ」

「いたい、いたい……」


 何か激痛に顔を歪めて必死につかみかかってきながら泣いている。

 どうしていいか分からず辺りを見回すと、もうあの化け物の大軍は消え失せ、元の賑やかな祭りの景色に戻っていた。

 人混みはギアスたちを邪魔そうに避けていき、迷子の女の子を保護しているような格好だった。


「一旦、帰ろう。立てるか?」


 シフォンは横に首を振った。

 すぐに背中に乗せてギアスは走る。早くここから離れなければ。もうスカイとフィジーのことも考えていられない。

 人混みをかき分け、どけと言ってもどかないやつは跳ね飛ばし、走って走って、走り続けた。


「ギアス! どうしたんだそんな険しい顔して」


 スカイの声が聞こえて我に帰る。

 見るとフィジーも一緒だ。二人とも綿あめや金魚なんて持って漫喫していやがる。


「シフォンが死にそうなんだ! 早く帰ろう!」

「ほんと、すごい熱!」


 フィジーは言っている間にシフォンの額に触れてくれていた。

 耳元ではぜぇぜぇとシフォンが苦しそうに息を切らしているのが聞こえていた。



○○○○



 家に着いたらすぐにシフォンをリビングのソファに寝かせ、二人に何があったのか、なるべく落ち着くようにして話した。

 ギアスはシフォンに寄り添ってあげてとフィジーは言い、スカイと一緒に氷枕と濡れタオルを用意してくれた。

 一体シフォンに何が起きたのか、あの化け物たちが何だったのかは分からないが、今は看病してやることで精一杯だ。


「ぎあす……、ぎあす……」

「ああ、ここにいるよ」


 シフォンの小さな手を握り、額に押し当てていた。

 あの時、無理に説得して祭りに連れ出さなければ。あの時、シフォンの言う通りにもう少し動かないでいてやれば。あの時、スカイたちのところまで行くのを面倒がって自分たちの方へ迎えにきてもらっていれば。散々後悔しても仕切れず、ギアスは人目も気にせず泣き出していた。

 シフォンは逃げ帰ってくる途中で足が動かないと言っていた。今も足を動かせるか聞いても動かなかった。このまま歩けない体になってしまったらどうしよう。


「ごめん、ごめんシフォン。こんなことになるなんて思わなかったんだ。ごめん、ごめん」


 どれだけ謝っても償い切れる気がしない。


「……ぎあすは、わるく、ないよ」


 か細い声でそう言われてますます涙が溢れ出す。

 フィジーもギアスの背中をさすって、


「こんなのギアスのせいじゃないよ。全部あいつらが悪いに決まってる。自分を責めないで。私たちだって、責任があるんだから」


 そんな言葉をかけてくる。でもなにも救われない。救われていいものではない。

 シフォンは少し落ち着いてきたようだが、まだ体温は38度を超えていた。

 そんな中、こんな夜に家中にチャイムの音が鳴り響いた。

 嫌な予感がして涙も止まる。


「え、誰? こんな時間に」

「いい。オレが出るよ」


 そう言ってスカイが扉へ近づいていく。

 ギアスとフィジーに見守られながらのぞき窓を恐る恐るのぞいて、スカイは扉を開けた。

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