No,1
ここのところ、ずっと良い天気だったのに急に雨が降ってきた。
今日はカナリアの羽のように美しい色をした明るい革靴を
おろしたばかりだったのになぁ。
飛鳥は心の中で、自分の好きなものが不意に汚されたことに対して
怒りとも悲しみともにた気持ちを覚えた。
傘を買うほどでもなく、天気雨なのだろう。
雨に降られるままに歩いてみることにした。
なんだか気持ちだけは童心にかえるようだ。
けれど、いつか見た映画の『雨に唄えば』の彼のように、
タップを鳴り響かせられることが出来るわけでも、
あれほど明るく前向きな心があるわけでもないので、今は緊急避難先を
探している。
ほどなく歩くと、濃紺の屋根と白い壁でできたオシャレなカフェが見えた。
こんな金文字でferucaとある。
「カフェだよね?」と、そう一人呟いてみる。
そっと、木製の想いドアを開ける。
「いらっしゃいませ。」
と、落ち着いたアルトの音域の男性の声が迎えてくれる。
「あの、雨に濡れているのですけど、入店しても良いですか?」
ときくと、
「もちろんです、温かいお飲み物をお召し上がりください。」
そういうと、暖かい店内に迎え入れてくれた。
落ち着いた店内には、木製の丸いテーブルが5台ほどある。
「外は雨ですか、お寒かったでしょ?」
そう言いながら、30代半ばくらいだろうか、落ち着いた雰囲気の
この青年はタオルを差し出してくれた。
「ありがとう、雨が急に降ってきてしまって。
こんなカフェに出会えてラッキーです。」
そう言いながら、小さく微笑みタオルを受け取る。
彼も、微笑む。
白いシャツと、黒のパンツに、ソムリエエプロンを身に着けている。
やわらかく微笑むと、綺麗な顔をしている。
けれど、どこか人とは一線画すような際立った雰囲気を持っているな
このひと。
そして、席に着くと、メニューを見る。
なにこれ?
オリジナルのハーブティーを作ってくれるの?
値段も書かれてないし。
すこし怖い気もするけれど、妙に自分が他人の目にどう映っているのか
気になった。
「私にぴったりの一杯をお願いします。」
気づくと、そう注文していた。
「かしこまりました、少々お待ちください。」
そういうと、飛鳥はしばらくまった。
と、15分もまっただろうか。
彼が持って来るトレーの上には透明のティーポットに浮かぶカナリア色の液体とミントの葉が咲いたものと、カップが乗っている。
ミントの濃い、刺激のある爽やかさと少し甘い香りが混ざり合い
店内に立ち込めている。
「お待たせいたしました、ミントとマスカットをミックスしたフレーバー
ティーでございます。」
「すごくいいミントの香りがしてます、楽しみだな」
内心、驚いていた、ティーポットのお茶と靴が同じ色していたからだ。
ちゃんと見ているんだなぁ。
「お客様の突然のアクシデントにも対応できる機知と、明るい雰囲気から
イメージさせていただきました、ごゆっくりどうぞ。」
そういうと、彼は微笑んで去っていった。
冷えた体に、ミントのすっきりとした味わいと鼻に抜けるような微かに
甘いマスカットの香りと酸味が心地いい相性。
私って明るい雰囲気なんだ、マスカットとミントを合わせたってことは
きっと爽やかな印象を与えるのかな。
それって悪くないよね、寧ろ、うれしいかな。
2杯分タップリと味わえる感じもうれしい。
体はもとより、心も温まった。
レジにて
「600円となります。」
そう言われ、お釣りを受け取る間に立ち話に付き合ってもらう。
「お茶が靴と同じ色で驚きました、やはり良くお客さんを見ているの
ですね。」
「もちろんです、客様にお出ししたミントの由来をご存じですか?」
「いえ。」
「ミントは、Mentheという妖精の名前に由来します。
メンテーが自分の居場所を人々に知らせるために強い香りを放っていると
されているんです。」
「あなたのその靴を見た時、あなたの存在を誰かに見つけてもらうことを求めている気がしました。
そして、マスカットはあなたを見つけてくれた誰かに元気をわけ与えられるのではないかというあなたへの願いを僕がイメージしてみたのです。」
それを聞いて、体の芯に灯がともった気がした。
「ありがとうございます、やはりあなたは良く見てくれていますね。」
にこりと彼は微笑む。
「ありがとうございました。」
店をでると、なんだかとても明るい気持ちがする。
また今から頑張っていこう、雨上がりの空に向かい歩き出した。