3章
当然のことながら幽霊を目の当たりにした僕は、ひと騒ぎした。
僕は悪くない。だって幽霊は怖いから。
初めは幻覚幻聴だと思い、僕も入院するのかと思った。
そうではないと分かると悪霊退散などと喚き散らした。とりあえず成仏して欲しかった。ていうか消滅して欲しかった。
その後「誰が悪霊だ!」と怒り出したゴースト花火と口論になり、ナースのお姉さんに怒られた。
絶対、僕は悪くない。
もし僕を責めるような奴がいたら、そいつは幽霊に遭ったことがないのだろう。そうに違いない。
因みに、そのナースのお姉さんにはゴースト花火は見えていなかったようだった。
「で、どういう事なんだ。」
何とか落ち着きを取り戻し、僕はプカプカ浮いてる花火に尋ねた。
「それはこっちが聞きたいよ。気が付いたら雪人は死にそうな顔してるし、あたしも死にそうな顔してるし、てゆうかあたし二人いるし、なによりなんか浮いてるし。」
ほんと、どうなってんだ?と肩をすくめる。
どうやら、花火にも何が何だか解っていないらしい・・・・・・とゆうか死にそうなって、僕そんな顔してただろうか。だとしたらすごく恥ずかしい。何よりそんな顔を向けていた対象こと花火に見られていたというのが救いようもない。穴があったら埋めて欲しい。
だが、恥ずかしがっていると気付かれたら、それこそ今度は僕が飛び降りかねないため、何とか平然を装う。
「じゃあ結局何にも解らないってことか。」
敢えて解っていることを上げるなら、花火は今さっき、具体的には僕がこの病室に入ってすぐくらいに幽霊になっていることを自覚したということ。現段階では僕しか花火が見えていないということくらいだ。
しかも後者に関してはまだ比較対象がナースのお姉さんだけという。
だけど、それよりも何よりも僕には気になることがあった。
全てを二の次にして然るべき問題が。
「なあ花火、お前はまだ・・・生きてるんだよな?」
まだ、死んではいないんだよな?それは幽体離脱とか生霊とか、そういう類いのものであって決して本物の幽霊に、死者になったわけじゃないんだよな?
その問いに対し、花火は困ったように答えた。
「多分、恐らく、きっと、生きてると思う、ぞ。」
それは花火らしくもない曖昧な物言いだった。
「仕方ないだろ。こんなことになったのなんて初めてなんだしさ。」
それはそうだ。何度も死にかけられればこっちの身がもたない。
「だけどなんとなく、ほんとになんとなくだけど、死んではいないと思うんだよな。」
花火は自信なさげにそう言った。
僕は本人にしか解らない感覚があるのだろうと、そう思うことにした。
そう、思い込むことにした。
きっとこれは楽観というより逃避に近いのだろう。
そうでもしなければ僕の頭が、あるいは心が、これ以上の負荷に耐えられない。
その後、花火のおばさんがやって来た。
まだ居てくれたの?と少し驚いように言った。そして、もう暗くなるからそろそろ帰りなさい、と微笑んだ。
その言葉に僕は素直に頷く。
おばさんは送って行こうかとも言ってくれたが、それは遠慮した。
ただでさえ疲れ切っているおばさんに迷惑はかけられなかったし、慰められるような元気づけられるような言葉を僕に言えるとはとても思えなかった。
僕は病室から出て行った。
それと、
おばさんには花火は見えていなかった。
帰り道、僕は行きと同じくバスに乗り、虚ろに流れ凪がれる景色を眺める。
頭は疲労しうまく思考を拾えない。
僕はバスの揺れに身を任せ、うつらうつらと記憶に沈む。
バスに乗って三十五分ほどたった頃、行きに乗り込んだのと同じバス停を降りた。
行きよりも少しだけ時間が短く感じた。
時計を見ようと携帯電話を探すが見つからない。そういえば持って行くのを忘れていた。
そう思い見上げた空は少しだけ薄暗くなり始めていた。
多分午後六時くらいだろうとあたりを付けつつ、僕はバス停から我が家に向かって歩き出す。
家までの短い道のりを僕はゆっくりゆっくり歩いた。
昼間ほどではないがそれでもまだ暑さは残っており、歩く度じんわりと汗が溢れてきた。
家に着いた僕は、シャワーを浴びるとすぐ布団の上に倒れこんだ。
両親から昨日、晩飯は適当に買って食べるように言われていたことを思い出すが、もう今日は外に出る気力など残っていなかった。
当然の如く今後の不安もあって、思考してどうこうなるかは解らないにしろ試行すべきことがあって。
だけどそれでも、花火と話せたからかな?
僕は疲れに身を任せ安らかにとはいかないまでもすんなりと眠りに落ちることが出来た。
明日からまた学校が始まると、そんなことを思い出しながら。
もうちょっとゆっくり進めたいんだけど、どうしてもストーリーをさっさと進めてしまう