002 八咫烏②
「たっ…高山准尉。これは赤城元帥閣下からの命令だ。
特別な理由のない限り拒否はできない」
瑞岐は怒りで少し声が震える。
さり気なく『元帥』を強調してみるも、そんなことは全く意に反さない隼翔はきっぱりと言い切る。
「知るか、そんなもん。
お前がどういう立場かなんて知らねえし、興味もねえ。
大体、オレは中米の前線でアメリカ空母で戦ってた戦闘機乗りだ。
前線経験のある将来有望で優秀なパイロットが、なんで駆逐艦に配属なんだ」
中米派遣軍は、名目や見栄といったお飾りの軍隊ではなかった。
米軍のベテランパイロットと肩を並べて戦える力量を備えた者だけが、従軍を許された精鋭部隊だった。
無事生還し帰国した暁には、昇進が約束されていた。
隼翔が准尉へと昇級したのも、この時の戦績の賜物だ。
自分よりも大柄で強面の隼翔に憶すことなく、瑞岐は答える。
「天津神には高圧蒸気式カタパルトと、F/A-18ホーネット・戦闘攻撃機が一機搭載されている。
准尉にはその機体に乗って貰うことになる」
瑞岐は隼翔を射貫くように真っ直ぐ見据える。
「僕の『八咫烏』はその身を守る術を持たない。
だから、優秀な戦闘機乗りに空を守ってもらわなければ力を発揮できない」
「ヤタガラス…?」
「聞いてないのか?
僕は、現在日本に二人いるウィザードのひとり、日本軍の呼称では、特務魔術士官だ」
そう言って、自分の胸の徽章を指す。
海軍を示す錨と、三つ足の烏をあしらった金色の徽章が輝く。
この徽章は世界に二つとない。この少年が特殊な存在だという証だった。
この人事異動を提案した赤城は、海軍省大臣にして、日本の魔術師研究の第一人者である。
革新的な男で、世界的に見てもかなり早い段階で魔術師研究を取り入れて来た。
その甲斐あって、国内から二人の魔術師を発見し、現在、実戦で扱えるまで育て上げることができたのだ。
「魔術師は一騎当千、いや、それ以上に巨大な力だ。
どの国でも国家機密になるくらいの。
その力の護衛を、高山准尉に任せると、赤城閣下は仰ってるんだ」
こんな、子供が。世界を揺るがす、人智を超えた能力を持つ、ウィザード?
中米の前線でも、直接関わったことも、見たこともなかった、現代の超兵器。
ウィザードの護衛など、大役中の大役である。余りある光栄のはず。
自信過剰で、鋼鉄の心臓を持つと自負している隼翔でも、流石に動揺した。
核兵器にも勝ると言われる能力を持つ、ウィザード。
こんな簡単に「自分がその国家機密たるウィザードだ」「護衛をしろ」と言われても。
頭の整理が追い付かない。
確かに、この人事異動は隼翔にとっては栄転である。
海軍大臣に、自分の実力を認められたということなのだから。
それはわかるのだが。
なんだろう、このもやもやとした感情は。