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逆・異世界転生 Ⅰ  作者: Tro
#12 俺の涙
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少年期

ある男の話をしよう。


その男、正しくは男性ではないが……おっと、勘違いしないで欲しい。それはつまり男性とか女性などの性別を超えた、いや、そもそもそんな概念の存在しないところの男である。補足すれば性格・性質が男性的といえば良いだろうか。


さて、話を戻そう。男は教室のような場所で何やら丹念に書物をしている最中である。その教室は壁、天井と言わず、四方全てが白で統一され、もちろん机も椅子も然りである。おまけに男が握るペンの柄まで白といった具合で念が入っているが、書き記している文字は流石に黒である。


教室のような場所、ということで、この男の他にワラワラとその他大勢も居るわけだが、それらは無視しておこう。また、ここは学校や試験会場でもない。ただ、教室のような場所であるというだけだ。因みに男の格好だが、重要ではないので好きなように着せ替えておけば良いだろう。


男は椅子に座り、机の上にある紙にペンを走らせているのだが、何を書いているかというと、それは『人生計画』である。その人生とは他でもない俺の、いや、男の人生、そしてその計画である。


では、その人生計画とは何であろうか。それはズバリ、どのような人生を送るのか、ということである。別の言い方をすれば、どのような人生を生きたいか、ということになるだろう。


まあ、この辺で疑問が生じているかもしれないので説明しておこう。君もしくは君の友人がまだ若輩者であれば、前途はまだ長いものと推測できるが、これが中盤、まして終盤となれば、これからの人生を考えたところで……なものだろう。


しかしこの男にとって人生とはまだ始まってもいないのである。よってこれからの、長いであろう人生を前もって計画を立てるには良い時期と言えるはずだ。


そこで男が書き綴っているいのは、『おぎゃあ』と生まれてから幼年期までのこと、はかっ飛ばし、裕福で苦労もなくハーレム的なものを妄想したものである。


おっと、そんなものを書いて何になるのか? と悲惨な人生を送っているであろう諸兄には想像もつかないかもしれないが、男が書いている時期を考慮して頂きたい。そう、それは生前、つまり生まれる前の話である。よって男の描く人生は未来に起こる出来事になる、はずである。何故ならそれが『人生計画』であるからだ。


だが、ここでこの男の立場を(うらや)み、絶望するのは早計というものだ。何故ならこの男の前世、つまりここに来る前の出来事に関しては全く記憶が無いのである。それは前世が無いという訳ではなく、真理の(ことわり)によって都合よく記憶が消されているに過ぎない。


ということは、この男は前回もこうして『人生計画』を書いたことだろう。しかしそれが、その後どうなったかは知る由も無いということである。まさに『神のみぞ知る』というやつだろう。


ほら、噂をすれば机と机の間を全身白装束の、性別不明の人物が徘徊しながら、それぞれの『人生計画』を覗き込んでいるではないか。その人物を男は先生と呼んでいるが、今もってその先生がどのような存在なのかは分かってはいない。


しかし、そんな些細なことを疑問に思う男ではない。というより、男が意識を持った時には、既にこうして『人生計画』を書いていたということだ。そして必要最低限の知識を持ち合わせ、何かに対して疑問を抱くような思考は持っていなかった。それは、見方によっては従順な(しもべ)のような、何かに対してとても都合の良い存在ではなかろうかと推測するものだ。


「先生、出来ました」


近くを通りかかった先生に男が自身の『人生計画』を見せるつもりらしい。それに、


「出来ましたか。では、見せてください」と異様に優しい雰囲気で答える先生である。これならば、此奴にパンチを食らわしたとしても文句を言われるどころか、『もっとぶって』と言いそうなくらい、そう、異常に優しいそうな『雰囲気』がひしひしと伝わって来る御仁である。


では、この先生は『神』なのであろうか。それは何とも言えないし、それを確かめる手立てもない。仮に先程の例えのようにパンチを繰り出したところで、『神』が仕返しをしないとは言い切れないからだ。もしかしたら、地獄にもでも落とされるかもしれない危険を冒してまで確かめる程、勇気を持ち合わせていない俺、いや、男である。


男は『人生計画』を先生に見せ、その返事を待っていた。長文ではないそれは箇条書きのようなものである。それを長々と吟味されては『バツが悪い』と思っていたかもしれない。何せ至れり尽くせりの極上人生である、それを却下されては生きる楽しみが半減どころか、人生そのものに意味が無くなってしまう、とまで思ったに違いない、多分そうだ。


暫く続く沈黙の間、(早く承認しろよ。別にあんたが損する訳じゃないだろに、この野郎)と大人しく待っている男にやっと返事をする先生である。


「まあ、良いでしょう。楽しんで来てください」


それを聞いて胸を撫で下ろす男である。これで希望の通り、優雅でハッピーハーレムの人生を満喫できる、と喜んだことだろう。


「じゃあ、行ってきます!」

「良い旅を」


男の元気な声に、異常な優しさを込めて見送る、または送り出す先生である。



世は戦国時代。そこに『人生設計』を(ひっさ)げ、男子として生を受けた男。世が世であるので、どのような生まれであろうとも、その腕と度胸で出世が決まる時代である。


もちろん、男に生前の記憶などは無いが、退屈な少年期を『人生設計』で省略したため、その間の運命は不定である。


少年である男は刀を持って戦さ場に赴いた。それは血気盛んな若者らしく、一旗上げてやろうと野心を抱いたに他ならないからだ。但し、その手に持つ刀は錆び付いていた。それもそうだろう、少年ごときが容易く手にできる代物ではなかったからだ。


では、その刀をどのようにして手中にしたのか。それは討死した武者から頂戴したものであり、その刀が少年にとって初めての武器となった。


「うおおおおおお」


少年にはまだ重い刀を振り回し、威勢の良い声を上げる。それは、震える足、いや、震える全身を鼓舞するかのごとく、そして未熟な己を補うため、腹の底から声を出したのだ。


「うおおおおおお」


敵が迫ってくる。いや、誰が敵で誰が味方なのか区別が付かない程、戦場は乱れていた。そこで適当に、だがしっかりと刀を振れば誰かに当たるだろう、そう思い、力の限り刀を振り回す少年。そうすることで多少は誰かに、何かに刀が当たる。


「うおおおおおお」


敵が目の前に居る。いや、とにかく目の前に居る者が敵、自分を殺そうとする者である、と少年は思った。そこで自分よりも背の高い敵に向かって刀を振り下ろす。が、その途中で背中に激痛が走った。そして急に刀を持つ手に力が入らなくなった少年はその場で倒れ、刀を手放す。


どうやら背後から槍で刺されたらしい。それも誰から刺されたかも分からない。その気配を伺った時には既にその者は居らず、痛みと戦うことになった少年。しかしそこで誰かが助けてくれる訳ではない。それでも助けを呼ばずにはいられない少年は「あああああああ」と叫ぶ。


倒れた少年は、そこに居ないかのように後から来る者に踏まれ、その度に絶叫したが、それは戦場の騒乱で掻き消されていくばかりである。それに、何かを叫んでいるのは少年だけではなかった。至る所で同様な声にならない呻き声のようなもので溢れている。


そうして戦が終わった頃、そのまま放置された少年に無常の雨が降る。少年の体は冷え、呼吸も苦しい。傷ついた少年にとっては、一層のこと、すぐに絶命した方が楽だったことだろう。しかし少年の魂はそれを許さなかった。生きられるだけ生きると、少年の意思には関係なく身体は(しの)ぐ。


戦場は夜を迎え、少年は虚ろな夢を見る。それが現実なのか夢なのか、もうその区別も付かなくなっていたが、それでも呼吸だけはしていた。そしてそれが少しずつ穏やかになり、夜明けを迎える前に尽きたようだ。


合掌。


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