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逆・異世界転生 Ⅰ  作者: Tro
#7 バンパイアの涙
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ステルス・ハウス

朽ち果てた館が見えてきたが、それもそうだろう。自然の力を侮ってはならぬ証拠であるが、単に修繕する金が無いだけなのだろう。ケチで貧乏な女帝であることよ。


トントン、ツートントン。早速、玄関のドアをノックする。すると中から「誰じゃ」と枯れ果てた声が返ってきた。因みにドアの向こう側には何も無い空間である。それは、ドアだけが地面から生えているだけの、とてもシュールな光景だ。朽ち果てた館と言っても現存するのはこのドアのみ、かつての面影などはどこにも無いのである。


「俺だー、かいもーん」

「留守じゃ、一昨日きやがれ」

「俺だよオレー、開けてくれー」

「知らん、留守じゃ」

「俺だってバー、ババアー、ではなく女王さまー」

「人が来る場所ではない、どうやって侵入した? 訴えるぞ!」


人見知りが激しいババアー、ではなく女王様だ。はるばる俺が訪ねて来てやったというのに、本当は嬉しいに違いないクセに。これだから老人は好きではないのだ、ヤレヤレ、プーだ。


「俺は人だが人ではなーい。頼みがあってきたー、一族、同胞の俺だー、いい加減わかれよー」

「なら合言葉を述べよ、一字一句違えたら命は無いぞっと」


合言葉だと? アレを言わせつもりかアレを。未だかつて口にしたことのない、あの悍ましい呪文を言わせるつもりなのか。どこまでも強欲なババアー、ではなく女王様であることか。


「美しく可憐で高貴にして慈悲深く……」苦しい、ここまで口にしただけで全身に鳥肌がコケコッコーだ。これほど破壊力のある呪文を最後まで唱えるには相当な覚悟と忍耐、それと諸行無常の境地が必須である。だが、これくらいの事でヘコタレル俺ではない。どんな壁でも突破し乗り越える、絶賛進化中の俺だー、続けるぞー。


「永遠の二十歳、永遠のお姫様、永遠の君。上上下下左右左右。今はVRが主流だ」

「ふん、よかろう。入るが良い、小僧」


ギーゴゴゴ、開かれたドアである。そこから漏れる琥珀色の光が眩い。そして一歩中に踏み入れるとそこは……何かのパーティーであろうか、着飾った紳士淑女が可憐に舞う大ホールである。心安らぐ優雅な音楽、整えられた秩序と威厳。そしてそこには悠久な時が漂う、直系純血だけが受け入れられる空間である。


これらを見て最初に思ったこと、それはしこたま溜め込んでいやがるな、だ。豪華絢爛して無駄の極致、趣味は良いが、その所有者は戴けない。傲慢と浪費の女王だろう、いや女王には違いないが。


その主人の姿が見えない。んで、そのまま進み入ると、ダンス中の紳士淑女たちがサーと避けていくではないか。成る程、良く躾けられているものである。だが、まだまだステップが甘い。そうではなく『こう』進むのだ。そうそう、背筋は伸ばし顔は笑顔を保つのだ、うんうん。


そうして開けた視界に例のアレが偉そうに鎮座しているではないか。では、挨拶をしておこうかね、諸君。


「よう、じょじょ女王さーま。俺です、よろし〜く」

我ながら完璧な口上であった。これならどこに出しても恥ずかしくはないだろう。


「小僧、どうやってここまで来れたのだ? 返答次第では生きては帰れんぞな」

本当はすげーババアーなのだが、見た目は小娘を装っている婆さんだ。本当の歳を教えてやったら絶対、気絶することだろう。だが、敢えてそれを言わないのが親切というもの。でも2000年以上は生息しているはずだ、内緒だぞ。


「かくかくしかじかで人間になってしまったのだ。そこで、慈悲をもって俺を元に戻してもらいたい、のだ」

「嫌だ」


ババアーのくせに可愛い顔をしているものだから余計に憎さが倍増するというもの。少しは悩んで苦しんで、笑顔で「喜んで」とは言えないものかよ、ババアーのくせに可愛い女王様よ。


「どうしてもか?」

「あっちに行け! シッシー」


人を虫けらのように扱う極悪非道の権化、それがババアーのくせに可愛い女王様の正体だ。だが、そんなつれない態度で良いのか? 既に正体を見切った俺が世間にこのことをバラしたら、それはそれで何かと都合が悪かろうというもの、良いのだな。


「後生だ、助けてくれ。さもないとー、さもないとー」

「しかーたがないの〜」


おっ! やっと折れる気になったか。そうだろうそうだろう、こんなカッコイイ俺の頼みが聞けぬ訳がなかろう。さあ、どんどんやってくれ。だがその前に注文だけはしておこう。


「そうか。だが俺はお前の、女王様の眷属になる気はないからな。俺はフリーで生きていきたいのだ。そこんところを間違わずに頼むぞ」

「勘違いするでな〜い。わたーしのえさーにしてやろうというのじゃ。そこで死んでおれ」


「なにおぉぉぉぉぉ。言わせておけば何たらと。こうなったら嫌でもしてもらうぞ。こっちには必殺おしゃべりスピーカーがあるのだ。どうだ、参ったか、降参しろ、さもないとー、さもないとー」


二人の間に緊張が走る瞬間である。引けぬ交渉、押し返す波、それはより強力なカードを持っている方が有利であろう。勿論交渉の上位に立つのは俺の方である。あと一押しで小生意気な小娘女王をつねってやることが出来る、それで飛び上れ、と念じていると、どこかでヒューハラピューポンと不気味な音が聞こえてきたではないか。せっかくの交渉に水を差すとは無粋な奴めと思っていると、それは遠慮したのか、また静かになった次第だ。


ところがどうだ。先程まで平静を装っていた女王様の顔から血の気が引いた様な。いやいや、最初から血の通わぬ冷血漢であるが、なにやらププ、慌てた顔に変化(へんげ)したではないかい。


「小僧、どうやってここまで来た! 嘘をつくな!」

おやおや、なにをそんなに慌てていらっしゃるのかなぁ、急に大声を出して。威厳が台無しでござるよ〜女王様。それに、『嘘をつくな』と言われても〜、まだ〜、何にも言ってないし〜。


「高級ハイソなマイカーで来ましたが、それが何か? まさか、徒歩で来たとか? そんな訳が」と話している最中だというのに、「小僧、政府の役人に後を付けられたな」と話の腰を折る女王様だ、フン。


「いや〜、そのようなことは御座いませんが。まあ〜、強いて言えばレディーポリスと楽しく会話? なんぞしたような? しないような? ですな」

「愚か者め! 私は留守だ、後のことは適当に対処しておけ」


そう言うと、女王様は血相を変えて玄関に向かって疾走して行くではないか。「(適当にって、何をどうするの? えっ? まさか女王様、それって逃げるの? 逃亡? 俺を置いて?)ちょっと待ってよー、訳を聞かせてよ〜」


女王様の行動を観察すると、どうやらここに残っては命取りになりそうな悪寒がする。そこで、長い髪を振り乱している女王様の心を読み、その真相を暴いた俺である。まあ、それは実に簡単なことで、すれ違う女王様の顔に書いてあったのを読んだだけである。


で、その真相とは! なになに、先程の奇怪な音は役人どもが発した追跡音だという。おそらく俺の後を追って来たのであろう。しかしその音はもう消えてしまったではないか。いいや、それは素人の考えというもの、俺を追っていたのは表の役人である。


その者たちは女王様の領域に踏み込んだ俺を、それ以上、追跡できなくなったはずであるが、ふむふむ。だーがしかし、表があれば裏もある。追跡音を消して裏役人が追跡を継続していたのだ。


しかーし、その狙いは俺ではなーい。どうやら敵は、俺が女王様と謁見することを読んでいたようなのだ。そう、真の狙いは女王様、その本人である。


では、裏役人の目的は何なのか。それはもうお分かりであろう、この豪華絢爛たる館、そのものである。正確にはこの館に係る固定資産税の取り立て、という訳だ。それも、今年分などという小さな話ではない。ここ数百年分らしい。なに? いくらなんでも時効だろう? いやいや、裏の法律に時効など存在しないのだよ、諸君。


という訳で、税の取り立てからトンズラを決め込んだ女王様だ。おっと、俺もこうしてはいられない、逃げなくては。


蹴飛ばすように玄関のドアを開けた女王様だ。続いて俺も外に出るが、ふと振り返ると、そこに館の面影はない。来た時同様、地面からドアだけが生えているように見える。そう、まるで館はステルスハウスのようなもののようだ。そうまでして隠したいのかよと言いたくなるが、それよりも女王様、俺の車でどこに行くんだよ〜。


ちゃっかり俺の車に乗り込んだ女王様だ。それも自分で運転するつもりなのかハンドルを握っているではないか。思わず、


「ドロボー、免許持ってんのかよー」と叫んでしまった俺である。が、そんなこともなんのその、車が発進し始めてぞ。そこで慌てて後部ドアを開け車に乗り込んだ次第だ。


「ヒヤッハー」

上機嫌の女王様である。車の運転でその人の本性が分かるというが、成る程、納得である。


「女王様、どこに行かれるのですかー」

「知れたことよ〜」

「左様で御座いますか」


運転席の後ろに座っていると窓が全開のため風がビュービューと吹き込んでくるのだが、それよりも女王様の長い髪が俺の顔にビンタを食らわしてくるではないか。仕方なく座席を移動した俺である。


だが、女王様の運転は『ヒヤッハー』である。当然、あちこち打つけながらの走行なので、既に車は傷だらけになっている。一体、修理にいかほど費用が掛かるのだろうか、それが心配だ。


「どっかからでも、かかってこいやー」とは女王様の雄叫びである。しかし、どこを見渡しても敵の姿や気配も感じられない。もしや女王様に騙されたのかしれないぞ。うむ、その可能性は大いにありそうだ。裏の役人など嘘っぱちで、俺を陥れるためのものだろう。ほら、日が暮れて周囲が暗くなって……きた?


あれはなんだ! 車に並行して黒い煙のようなものが。それも蛇行する車に近ず離れず付き纏ってくるではないか。それもなんだか獣のような姿に変わっているぞ。それは猫か? いやいや、もっと大きい。それではパンダか? いやいや、そんなに可愛くないぞ、あれは……ヒョウだ、それも黒ヒョウではないか。それに口元から赤い舌をペロペロと出し入れしているが。あっ、あれは差し押さえの『赤札』ではないか!


どうやら危機はそこまで迫っているようだ。このままでは巻き添えになってしまうではないか。俺は無実だ、清廉潔白だぞー。この車だってまだローンが残っているんだぞー、俺のじゃないが。


「チッ」とは女王様の舌打ちである。当然、諦めの悪い性格なのは言うまでもないだろう。こともあろうかハンドルをクルクルと回し、黒ヒョウに車を当てるつもりらしい。運が良ければ黒ヒョウを弾き飛ばし、悪ければこちらがお陀仏である。


そんな、生と死の境目で俺の心臓は破裂寸前である。狂いに狂った狂気の女王と百戦錬磨の黒ヒョウである。それはかなりの手練れなのだろう。狙った不正はきっちりと納税してもらう、折り目正しい国家機関。その末端組織といえども忠犬のごとき、か弱き納税者の骨までしゃぶろうとする勢いだ。勝ち目は無いぞ、女王様!


いや、善人の俺をいたぶって除け者にする女王様だ、いい勝負かもしれない。だが、『年貢の納めどき』という諺があるくらいだ。また、『諦めが肝心』、『無駄な足掻き』とも言うではないか。ほら、背負った罪を贖い、もっと前向きに生きたらどうなんだい、女王様! ちゃんと前を見てくれー。


ああ、とうとうやってしまったようだ。その瞬間はごく僅かであっても、ゆっくりと見えたり、フル回転で色々なことを考えられるものだ。


道無き道を爆走した車、その目の前に大きな木が立ち誇っていました。そこから水平に伸びた、これまた太く逞しい枝が槍のように構えているじゃないか。まるでそれに挑むかのように微動だにせず、ただ真っ直ぐ。ああ、何故あなたはこんな時に限って素直なのですか。


その槍のような枝がフロントガラスを突き破り、女王様の、う〜む(サイズ不明)な左胸にグサリ。見事に心臓を突き刺したのでした。そうして車は大木に衝突、その勢いで、後部座席から万歳をするかのように放り出されてしまう俺です。その途中、女王様は……女王様は煙を蒔いたように、スー、サー、サラサラー、ふんわり、ボワ〜ンと消えてしまったので御座います。


そしてその時、何故だか女王様と目が合ったような気がします。その目は猫のように丸く、ああ、序でに口も開いていました。きっとそれは「こんちくしょう」と言いたかったのかもしれません。ですが、今となっては分かりません。それよりも空中を漂う僕の体は真っ直ぐに飛んだのです、鳥にでも成ったような気分でしたが、それも束の間、どこかに放り出され、どこかに着地したのです。


これをそう、かっこいい言い方にすると『グランド・キス』と命名しましょうか。ええ、大地への愛、愛ですよ。どこかが痛いとか意識が朦朧としているとか、そんなことは分かりません、それは一瞬の出来事でしたから。


こうして僕は神の元へと帰るのです。長かった生もこれで終わりです。きっと神様は「いらっしゃいまっせー」と言って歓迎してくれることでしょう。だって僕は精一杯生きて、一生を懸命に生きてきたのですから。あれ? 同じことですね。ですがそれも終わりです。もう休んでもいいですよね。僕には休息が、永遠の休息と安らぎが必要なのです。


そろそろ僕の心臓も止まりそうです、ドクン。来世ではきっと良いことがあるでしょう。それまでは天国で優雅に、そして女の子たちに囲まれて過ごすつもりです、ドクン。これでお別れするのは寂しいですが、天国が僕を待っているのです、ドク。今行きます、直ぐに行きますよ、ド。だって女の子たちの笑顔が見えるんですよ。ではでは、さようなら、諸君。



達者で暮らしていただろうか、諸君。俺は今、自宅の椅子に座り、これまでの世界を回想している最中である。


では、あれから俺はどうなったのか、と言うと、こうである。俺は元々、人間には成ってはいなかったということである。あのヤブ医者のせいで俺の心臓が動き出したわけだが、それを生き返った、または人間化したと思い違いをしていたらしい。


それは車に轢かれた衝撃で人間だった頃の記憶が戻ったからに他ならない。それで勘違いした俺は人間になってしまったと思い込んでしまったのだ。


そもそもバンパイアは不死身である。あのババアー、ではなく女王様のせいで心臓が止まる程の事故に巻き込まれたわけだが、そのおかげ、とは言いたくはないが、結果、俺はバンパイアとして復活を成し遂げたわけだ。


だが、もう一つ思い出したことがあったのだ。それは、俺がバンパイアになってから300年ほど経過しているわけだが、では俺をバンパイアにしたのは誰か、ということである。それはだな――


「肩が凝ったである。小僧、揉むが良い。それも丁寧かつ慎重にな」


俺を呼ぶこの声は、そう、あの女王様だ。女王様もあれくらいのことで消滅するようなタマではない。あれは裏役人を騙す演出だったようで、まんまと俺もそれに騙されたというわけである。そして熱りが冷めるまで俺の家に隠れているつもりのようでもあるようだ。


「ははー、ただいま参上いたしまする」


なんで俺が女王様の肩を揉まないといけないのか。いっそうの事、その首を絞めてやりたいところだが、それは出来ぬ相談なのだ。何故なら俺をバンパイアにした本人なのだから逆らうことが出来ないでいる。そう、俺の意志に関係なく体が勝手に動いてしまうのだ、トホホ。


「早よせぬか、バカたれめ」

「ははー、申し訳ございません」


こうして俺の、優雅で完璧なバンパイアライフは続くのであ〜る。

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