第六話 月光、その影
第六話です。前回で千春の見舞いを終えた訳ですが、そのあとに一悶着あり…
想像以上に長引いてしまった千春の見舞いを終えて、それぞれの家へと向かうみのりと美波。病院から出た彼女らのことを、一人の少女が追っていた。別れ道に着き、みのりと美波が別れると、彼女は迷わずにみのりを追い…
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「家まで送るよ?」という美波を「今日ももう遅いし…」と言って押し切って別れて、千春や雫のことを考えていたみのり。
ー結局、今日も結構遅くなっちゃったな。
行き交う人混みの中、空に浮かぶ月を見ながら彼女は考える。そんな彼女に迫る一人の影。曲がり角を通り過ぎようとすると、その影がみのりの口を塞ぎ、力づくで曲がり角に彼女を押し込む。
ーえ⁉︎なにこれ‼︎セクハラ⁉︎
しかしセクハラが目的ではないということはすぐに分かった。ヘルメットと、漆黒のライダースーツ。身体にフィットしたライダースーツのラインを見ると、明らかに自分と同年代の女性だと分かる。
「あなたは、日向みのり。そうね?」
どこか電子的な、ボイスチェンジャーで変えられたであろう声で名前を呼ばれる。
「…あなたは、ストー、カー?女の人が、私のストーカー…」
セクハラが目的だと思っていたときの約二倍の嫌悪感を込めた声で呟く。それは小さな呟きだったが相手にも聞こえたらしく、いかにも心外だとでも言わんばかりにため息を吐く。
「私がストーカー?違うわ。私はただ、忠告に来ただけよ。来たる十二月。ラスト・ラグナロクが来る。あなたの仲間にも、必ず忠告しておきなさい。きちんと力を温存するように。」
ーもしかしてこの人、新手の宗教か、キャッチセールスの人かな?でも、それにしてはまだ何も売りつけようとしないけど…
あぁ、そっかそっか。こういうのは少しずつ洗脳していって金を毟り取っていくんだから、まだ請求されないのは当たり前か。最初からお金お金って言うと信用を失っちゃうらしいし。
じゃあ私の名前を知ってるのも、こうやって売り込む為に前もって調べてたからかな?それなら、今の内にしっかり断らないと…
そんなみのりの完全に的外れな思考は、次の一言で壊された。
「聖因子の力を、まだまだあると、過信しないようにしなさい…良い?分かった?私はきちんと、忠告したわよ。」
聖因子。その単語を聞いた瞬間、みのりは理解した。彼女は新手の宗教の勧誘員でも、キャッチセールスでもない。彼女こそが、美波の言っていたもう一人の聖因子を持つ少女だということを…
「え…ちょっと待って‼︎ラスト・ラグナロクって何⁉︎あなたは一体、何を知って…」
言葉は謎の少女がみのりの顔を狙って投げつけたライダースーツで中断させられてしまう。すぐさまライダースーツを引き剥がして彼女を追うがヘルメットも地面に捨てられており、既に人混みの中に紛れ込んでしまっている。
ーラスト・ラグナロク…それは何なんだろう。あの娘は他に何を知ってるんだろう…
知らなければならないという謎の使命感がみのりを動かした。そう簡単に見つかるはずもないし、仮に見つけたところで彼女だという証拠を出すことも出来ない。そんなことは分かっていた。それでも彼女を探さずにはいられなかった。
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翌日。みのりの学校にて。
ー今日は金城さん遅いな…結局あの後、あの人見つからなかったし、そのせいで帰り着くのも遅くなっちゃったし…
などと思いつつ自分の席に向かい、朝の準備を始める。それが終わったころに、彼女は教室に入って来た。今日の金城仁美は、何やら機嫌が悪そうだった。
ーこういうときは、あんまり下手に話しかけない方がいいの…かな?
そう思っていたが、朝の準備を終えた仁美の方からみのりの方へと向かってくる。ここで無視するのはあまり人としてよろしくないと考え、みのりは自分の席の近くに着いた仁美に話しかける。
「金城さん。おはよう。今日はいつもより遅かったね。」
「えぇ。昨日の夕方から、嫌いな奴がいきなり家に転がり込んで来たのよ。まだ居座ってるから迷惑で迷惑でたまらないわ。」
「…え、えーっと…勝手に転がり込んできたなら普通に追い出しちゃえばいいじゃん?」
「へぇ…あなたもなかなか過激派ね。意外だわ。まぁ、実は私も同じこと考えたわけだけど。無理なのよ。立場上。」
「え?金城さんは金城家の次女で…この辺のことだったら、立場上無理なんてことはあんまりないんじゃないの?」
一見するとただの嫌味にしか見えないかもしれないが、これは紛れもない事実なのである。
実際、やろうと思えば一部の政治家でさえ動かすことが出来るし、神名市の政治の根幹には金城家が絡んでいる。これが金城家の恐ろしいところなのだ。
「相手は父様の妹の一人娘…要するに私の従姉妹ね。まぁいろいろと話しづらい事情はあるけど…とにかく、あの娘一人なら別にどうとでもなるのよ。でも、彼女が来た理由が姉様を頼ってだから、下手に追い出すことは出来ないわけ。」
金城仁美の姉、金城愛は生物学、化学に通じる研究者を目指す大学生だ。仁美より三つ年上であり、本来は金城家を継ぐ為、化学の道を進むのは反対されていた。
しかし人員や金の管理の才能は、仁美が飛び抜けていた。その為、将来的に愛、又は仁美の婚約者と、仁美の二人を中心に管理することで財閥を運営することになったため、化学の道を進むことを許されたという特殊な経歴を持つ。
その愛はまだ大学生にも関わらず、トップレベルの知識と技術を持っている。財閥の財力も使えるため、それを使った踏み込んだ研究や、あまり表には公表したくないような秘密裏な研究をすることも出来る。件の人物が依頼に来たのもそのどちらかが目的だろう。
「あぁ。なるほどね…にしても、そんなに嫌いなの?その人のこと。」
「なんというか…元から嫌いっていうよりか、再会して嫌いになったって感じね。昨日数年ぶりに会った訳なんだけど…全然違ったわ。昔はそうでもなかったのだけれど。人って変わってしまうものなのね。」
とため息を吐きながら不満気に言う仁美。そんな仁美の横顔には、怒り以外の感情も混ざっているように見えて…
ー前々から思ってたけど…金城さんは何で私と友達になろうと思ったんだろう?そして、いつか私も金城さんに変わってしまったと言って切り捨てられるときが来ちゃうのかな?
目の前にいる少女を見つめながら少し考えてしまうみのり。ずっと前から、初めて話しかけられたときからずっと気にはなっていたことだったが、美波達と出会ってから知りたいという気持ちはだんだん強くなっていて…
「何?私の顔に何か付いてるかしら?」
「ううん。何も付いて無いけど…」
慌ててそう言った瞬間、チャイムが鳴った。
「そう。なら良いわ。一方的に話しかけて悪かったわね。」
会話を締めるようにそう言い残し、自分の席に向かう仁美。その後ろ姿をただ見ることしか出来ないみのりだった。
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授業後。みのりが学校から家へ向かっているときに、何の前触れも無くそれはおきた。
ーあれ?これって…時間が止まった?やっぱりだ‼︎みんな動いてない‼︎
そう気付いたとき、みのりの鞄の中にあった砂時計が光り出した。テレビなどの場面が切り替わるときのように、パッと視点が変わる。最初のときとは違い、今度はすぐに精神体が完成した。美波達と合流しよう…そう考えたとき、時間が「止まっているとき」と「進んでいるとき」で彼女達の姿が変わっていたことをふと思い出した。恐らく自分も例外ではないと思い、服装を確認すると…
「うーん…まぁ、悪くはない、かな?」
白を基調とし、橙を差し色とした巫女装束を身に纏っている自分がいた。手には美波と雫の使っていたものと同じタイプの拳銃。
ーどうしよう、あの三人と合流するには…デビルのところに行くのが一番かな?
「え?う、うわぁ⁉︎」
慣れない飛行に驚くものの、強烈なGがかかるわけでもないのですぐに慣れる。
「じゃあ、行こっか‼︎」
みのりはデビルホロウを探す為、初めての空を翔ける。
次回は十一月一日投稿です‼︎
また、活動報告にてミニコーナー『じかんよとまれ‼︎』がスタートしましたので、そちらも是非‼︎