第五話 風前の灯火
第五話。今回は千春回です。
美波が勢い良く病院の扉を開く。みのりが中を見るとそこには、二人の男子がいた。
「よっ‼︎ちーちゃん‼︎会いに来てやったぜぃ‼︎」
「え⁉︎ちょっと火野先輩⁉︎ガチで来ちゃったんすか⁉︎」
「お久しぶりです。火野さん。それで、そちらの方は?」
病室にいたのは土屋千春と土屋歩夢の二人だった。もし仮に雫が来ていたら、彼女の懸念通り歩夢と出くわしてしまうところだっただろう。
「おぉ、アユ助じゃん‼︎来てたんだ‼︎久しぶりだねぇ‼︎こちら私の友達の日向みのりちゃん‼︎気軽にみのりんって呼んであげてね‼︎」
「いや、いきなりそう呼ばれても困るんだけど…」
そんな二人のやりとりを気にせず、気持ち暗めの表情でただ一点を見つめる歩夢。
「ん?どしたん?アユ助。」
「いえ、何故その手の繋ぎ方なのかな…と…」
恋人繋ぎを指差しつつ言う。言われて恋人繋ぎをする手を見て。大袈裟に、しかし抑えめな声で美波は笑う。
「あぁそうそう‼︎あたしってばさ‼︎ついに彼女が出来たんだよね‼︎ハイ、拍手‼︎」
「あの、火野さん?出来れば誤解を招くような言い方は…」
「あぁ、大丈夫ですよ。今の様子を見れば、火野さんと日向さんが付き合っている、以外の何らかの理由でその繋ぎ方をしているということは分かります。」
涼しげな顔でサラッと毒を吐く歩夢。どうやら美波が言っていることが本気か冗談かをすぐに見抜ける程度の付き合いはあるようだ。それを聞き、美波の手が緩んだのを見計って、みのりは恋人繋ぎをしていた手を離す。
「あ、そうだったそうだった‼︎言い忘れてたねぇ。ベッドで座ってるのが土屋千春君。で、こっちの子が土屋歩夢君。ちーちゃんの弟で、中学二年生。」
ー歩夢君で、アユ助…火野さんのネーミングセンスってどうなってるんだろ?
美波のセンスを疑わざるを得ないみのり。
今になって思い返してみれば、男である千春をちーちゃんと呼んだりと、その片鱗は割と最初の頃から見えていた気もする。
そんなことを考えつつ、みのりは止まった時間の中では後ろ姿しか見えなかった千春の姿を見る。軽く見た限り、大きな怪我をしている様子はない。恐らく染めたわけではないと思われる、軽く茶色がかった髪色や、普通の高校生男子と比べると明らかに痩せてしまっているその体型を見て、入院の原因は病気だと判断する。そして、どこか青白い肌の色から、直接日光に長い間触れていない、すなわちその入院期間が短くないと予想する。
「じゃあ、僕の用事は終わったので。お先に失礼しますね。」
そう言って軽く一礼をし、三人を残して静かに帰ってしまう歩夢。
「では改めて…僕は土屋千春。見ての通り入院中で全く行けてないっすけど、一応、学籍上はちゃんと高一っす。これからよろしく。」
優しげな笑顔で言う。元から細い目が更に細められる。そんな千春の姿を見て、軽く息を吸う。
「はじめまして…でいいのかな?私は日向みのり。あなたと同じ高校一年生。これからよろしくね…あ、そうだ‼︎忘れてた。良かったらこれ食べて。」
みのりが青果店で買った果物の入った袋を渡す。と、そこで気が付く。
「…あ、もしかして皮剥けなかったりする?今食べたいなら私が剥くけど。」
「え?いいんすか?なんか申し訳ないんすけど…」
「気にしないで良いよ。なんか皮を剥けるもの…」
と、病室を見回すと、そこにはりんごとガラスの皿。そして先の丸い包丁が…
ーあっ、歩夢君のと被った…
「アハハ‼︎残念だったねぇ‼︎」
同時に被ったことに気付いたらしき美波が腹を抱えて大爆笑する。と、すぐに「いけないいけない、病室だった。」と深呼吸をして笑いを抑える。どうやら美波はあだ名のセンスだけでなく、笑いのツボも他人とは少し違うらしい。
「い、いや。最初からこれの皮を剥く気だったからギリギリセーフ‼︎あと病院では静かに‼︎」
そんなことを考えながら顔を赤める。彼女は言い訳を言い、袋からキウイを取り出す。
「あ、一応聞くけどアレルギーとかは大丈夫?」
「はい。大丈夫っす。」
そんなこんなで、千春の見舞いは終わった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「静かなもんっすね…」
千春一人になった病室。ゴミ箱の中にある、ティッシュに包まれて捨てられたキウイの皮を見ながら彼は小さく呟いた。
新しく知り合いになった彼女は、自分亡き後に歩夢の面倒を見てくれるだろうか?病室の引き出しに視線を移しつつ彼は考える。と、その思考を邪魔するように、病室が一部の人間にしか見ることの出来ない光で満ち溢れる。その光が収まり…
「今日はやけに見舞い客が多い日っすね…で、滅多に姿を見せないあなたが、今回わざわざ…一体何の用で?」
そこにいたのは、止まった時間の中で出会ったあの謎の男。
「君は気付いているのだろう?君に残された時間はそう長くな…」
「ざっと二、三ヶ月ってところっすかね?僕の勝手な予想っすけど。」
感情の篭ってない声で千春が言い放つ。どうやらこれは男にとっても予想外だったらしく、その場に沈黙が流れる。
「図星、みたいっすね。」
「…恐ろしくないのか?」
「そうっすね。確かに怖いっすよ?死ぬのは。でも、思ったよりかは時間があったんでやり残したことは無いかなって。だから、後悔は特に無いっすね。」
「…それは、心残りでは無いのか?」
男が引き出しを見つつ言う。釣られて千春も引き出しを見て、軽く俯く。目を瞑り、軽く息を吸ってから視線を男の方へと戻す。
「まぁそれに関しては、僕が死んでしまった後じゃないと意味無いっすから…まさか、今更そんなことを言いに来た訳じゃないっすよね?」
「あぁ。君にだけには知らせておいた方が良いかも知れぬと思ってな。君の病の正体と、聖因子の正体について。」
千春は軽く目を見開くが、すぐに納得したように細くなった自分の手を見る。
「…この病気と聖因子は関係がある、と。」
「そうだ。たとえ完成する前の聖因子だろうと、聖因子は聖因子だ。」
千春は視線を自分の手から男へと移す。もはや悪趣味なほどの白い服。作り物のように端麗な容姿。何もかもが疑わしいその姿。
「やっぱりいろいろ知ってるもんっすねぇ…まずはこんだけは白黒付けないと。あなた、一体何者っすか?名前は?」
「ほう。君は怖くないのか?こういう場合、知りすぎた人物は…」
「君は知りすぎたって言って殺される、っすか?あなたも意外とそういう話とか知ってるもんっすね。でもそれは脅しにしないのが、さっきのあなたの発言だと思うんっすけどねぇ。」
そんな軽い言調とは裏腹に、彼はしっかりと男を見据えている。千春のその返答と眼差しに満足したかのように軽く微笑み、男が口を開く。
「なるほど。どうせ長くない命なのだから、せめて知ることだけは放棄したくない、と。ならば君のその思いに応えるとしよう。私の名はアース。」
「へぇ。アース、地球っすか…そりゃまた大層な名前っすね。」
「そうだ。私は…」
その日。千春は一人、自分達の、そして自分の真相を知った。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ーなんか、よく分からない人だったなぁ…
それが見舞いを終え、美波と別れたみのりの千春に対して抱いた感想だった。このよく分からない人というのは、決してけなしている訳では無く、本性が分からないという意味である。
正直に言うと、最初はみのりは土屋千春のことを、いじられ役で周りに振り回されるだけの人物だと思っていた。
しかし、そうじゃない。彼にはきっと、別の面があるはずだ。決して彼の裏の顔は悪人だとは思わない。彼の態度も演技だとは思わない。ただ、直感でそう思ったのだ。
ー雫ちゃんにも会ってみたいな。ちゃんと、進んだ時間の中で。
みのりは、ふとそう思った。そして、雫の新しい一面を知りたいと思うのだった。その後に訪れる出会いも知らず。
ついに名前が明らかになった謎の男、アース。果たして彼の目的は…
次回は10月15日投稿です。