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第四話 永遠の孤独を求めて

第四話。今回は雫回です。

 彼女は考える。いつになったらこの心の傷は癒える日が来るのだろうかと。

 彼女は考える。仮にいつかこの心の傷が癒える日が来たのなら、自分のこの人見知りが改善され、初対面の人達とも普通に話せるようになるのかと。

 しかし、仮に話せるようになったとしても今話せる人物以外とは関わる気がない為、人見知りが治っても特に意味がないと結論付ける。いつも通り、彼女は自身で作った殻に籠り続ける。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 水野雫。彼女も最初は、今程は人見知りだった訳ではない。今の過剰な人間不信と言える程の人見知りになってしまったことには、きちんとしたきっかけがある。


 そのきっかけとなる事件を語るのに、一人。絶対に欠かせない人物がいる。彼女が中学に入るときに、いや、それよりもずっと前から彼女が思いを寄せていた人物。その人物の名は土屋歩夢。彼は雫の幼馴染であり、土屋千春の弟だ。

 雫の知らなかったことだが、実は歩夢も雫に対して密かに思いを寄せていた。当時の雫は、どこか現在の日向みのりに似ている状態だった。誰かから話しかけられれば普通に会話をするが、自分から誰かに話しかけることはない。そんな彼女が、進んで他人と関わるようになることを歩夢は望んでいた。そんな歩夢の地道な努力の甲斐があって、少しずつ周囲の人物に心を開き始める雫。一人ずつクラスの友人も増え、全てが上手く行っていた。人と関わるきっかけを作ってくれた歩夢への思いは、日に日に強くなっていった。


 そんなある日のことだった。一人のクラスメイトが歩夢に告白をした。それを歩夢が断ると、そのクラスメイトは歩夢が断ったのはクラスの中でも特に仲が良い雫のせいだと判断してしまった。次の日からは、誰も気付かないところで雫に対する陰湿ないじめが始まってしまった。教科書への落書き。筆箱の中の文房具の破壊。体操服や絵の具などの教材の隠蔽。暴力などの、自身の姿を見せるような行為は一切無く、協力者もいない、小規模で陰湿ないじめ。だからこそ誰も気付けなかった。


 雫はいじめを受けていることを教師に報告することも考えた。しかし、自分をいじめている相手も、自分がいじめられる理由も分からなかったので、教師に現状を報告してもクラスメイトからは注目される為の自作自演と勘違いされると思い、出来なかった。故に彼女は、誰にも打ち明けずに一人で戦い続けた。逃げることなど、当時の彼女にとっては論外だった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 それはいじめが始まってから約一ヶ月が経ったある日のこと。事件は起きた。朝の会で、担任の教師が一冊の教科書と手紙を取り出す。


「今日の朝、先生の机の上にこんな手紙と教科書が置いてあった。今ここで読ませてもらう。

『私は、いじめを受けています。誰がやってるのかも、何でやってるのかも分かりません。今までは我慢していましたが、もう我慢の限界だったので、こうして手紙を出させて貰いました。犯人を見つけて下さい。そうして、その子からいじめの理由を聞かせて欲しいです…』だそうだ。教科書は水野のものだった。

 気付いてやれなくて、すまなかった…ただ、先生は今だからこそ言いたい。

 世の中には、恥ずかしくて先生に言えないまま引きこもってしまう人も少なからずいる。その中で、手紙って形で自分で先生に伝えてくれた水野は、先生は偉いと思う。いじめられていることを報告することは、逃げじゃない。かっこ悪いことじゃない。みんなも、覚えて置いて欲しい。

 そして、このいじめをした人は、みんなのいないときでもいいから、先生のところに来てくれ。放課後は職員室で待っているから…以上だ。」


 そんな、教師の優しい演説を、雫は動揺して聞いていた。


 ー私は、そんな手紙出してない‼︎


 そう。実はこの手紙は、歩夢が出したものだった。歩夢は雫の様子がどこかおかしいこと、そして雫がいじめを受けていることに気付いていたのだ。

 彼は、雫は恥ずかしくて先生に言い出せないのだと勘違いしてしまっていた。故に自分が代わりに先生に伝えることでいじめを終わらせたいと思って手紙を出したのだ。


 そうとは知らず、これは雫の自作自演と思わせる為のいじめていた側の一手だと勘違いした雫は、教師に事情を話すことで手紙を入手。筆跡を元に犯人を探そうとするのだった。


 雫の懸念した通りに事態は進んでしまう。教科書の落書きなどのいじめは自作自演と勘違いされてしまいクラスメイトからの無視が始まってしまった。歩夢のおかげで出来た友達が、一人、また一人と敵になっていく。そんな中でも、雫に対するいじめは終わらなかった。


 そんなある日、雫は風邪をひいた。学校に行かなくていいと思い、それを少し嬉しく思っている自分がいた。


ー今頃、学校では授業が終わったかな…


 そう考えていると、家のチャイムが鳴った。出てみると、そこには歩夢がいた。授業に出られなかった分のノートをとり、持ってきたのだ。


ーそうだ。歩夢君は、歩夢君だけは、今でも私が学校に来て欲しいって思ってくれてるんだ…


 そのことを嬉しく思い、ノートを開く。すると、それはどこかで見たことがある筆跡で…雫は机の引き出しから、件の手紙を取り出す。雫は手紙が歩夢の書いたものだったと分かってしまった。


ー歩夢君は本当は‼︎最初から私のことなんて思ってなかった‼︎ずっと、私が気付くこの瞬間を待ってたんだ‼︎こうして私を突き落とす為に、人と関わらせようとしたんだ‼︎私が人と話せるようになったから、それを壊す為にいじめを始めたんだ‼︎


 こうして雫は人間不信になってしまった。そしてそのまま、学校に行かなくなった。


 状況が変わり始めたのは雫が学校を休むようになってから約二ヶ月後のことだった。雫が学校に来なくなったことで、少しずつ元気が無くなっていた歩夢のことを見ていられなくなり、いじめをしていた少女が教師に自首したのだ。

 その際、教師が手紙に関して追求するも、彼女は知らないと言う。そうして探って行くうちに、手紙を出したのが歩夢であることと、手紙を出した理由が判明する。その全てを知っても、雫の心の傷が癒えることはなかった。それどころか、歩夢を信じきれなかった自分に対する自己嫌悪に苛まれて、彼女はますます閉じこもってしまったのだった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 雫は机の上を見る。いじめが始まったのが去年の六月。引きこもってしまったのが去年の七月。そして今は十一月。その約一年半の間、歩夢は欠かすことなく毎週ノートを持って来てくれた。金曜日の授業後にノートを置き、月曜の朝にノートを回収するということが続いているものの、彼とはまだ一度も直接話すことが出来ないまま。その溜まりに溜まったノートも開くことすら出来ていない。あの日のことを思い出すのが怖くて、その字を見ることが出来ないのだ。


 聖因子が完成したのが二ヶ月前。その世界には、四人(今は五人だが…)しかいなかった。そんな世界は、たとえ命の危険があるかも知れなく、何も分からない場所だとしても、雫にとっては居心地の良い場所だった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 携帯の振動音で、彼女はゆっくり目を覚ました。表示される時間を見る。


ー今日も、もう間に合わないですね。


 いつも通りの言い訳。そして、時間の下に表示される新着メッセージを見る。送り主は火野美波。雫が心を開くことが出来る、たった数人の人物の内の一人。

 『シズちゃん、家から出るのが怖いってのも分かった上でお願いなんだけどさぁ、ちょっとちーちゃんのお見舞いについて来てくれない?無理強いはしないからさ。ちなみにみのりんも一緒。』とのこと。『ごめんなさい。やっぱり、まだちょっと怖いです…』と返信。直ぐに既読が付き、『分かった分かった。なんかごめんね?』とき返事が来たので、『いえ、こちらこそごめんなさい…』と返信。

 別に、雫はどうしてもみのりと会いたくなかったわけではない。むしろ、彼女とはこれから関わることになるので、美波と同じような関係になれるかもと期待しているのだ。彼女が忌避しているのは、歩夢と病院で会ってしまうこと。雫が人見知りになる原因となったあの事件のことを、千春は知っているが美波はまだ知らないのだ。


ー…いつか、歩夢君とだけは元の関係に戻れる日が来るんでしょうか?


 孤独の約一年半の中で、いつの間にか自分の口調が変わっていることにすら気付かない雫だった。

次の投稿は10月1日です。

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