第二話 changed world
第二話です。
こっから第六話までは各キャラクターの掘り下げになる影響で割と退屈かもしれませんが、第七話からはしっかり戦っていくのでご期待ください。
「お帰りなさい。遅かったわね。ちょっと待ってて。今夜ご飯温めとくから、その間に手を洗っといて。」
「うん。分かった。」
みのりが家に帰ると、母である日向みどりがいつも通りお帰りなさいと言う。みどりに言われた通りに手を洗ってリビングに戻ってくると、作ったものをレンジで温めなおしたのであろう夕食が用意されていた。自分の帰りが遅かったせいで冷めてしまったのだと分かり、何の報告もしなかったことを申し訳なく思いつつ完食する。彼女が夕食を食べ終わったときには風呂の準備も出来ていた。
遅く帰って来ても追求せずに夕食を温め、風呂の準備をして優しくしてくれる。そんな母の優しさを感じて風呂に入りながらみのりは考える。
ー変わらない、これまで通りの日常。今日始まって、多分これからも続く非日常…その非日常を日常に出来るその日が来るのかな?
みのりの中に生まれたそんな小さな疑問に答えてくれる人物はどこにもいなかった。
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その日にやるべきことを終えたみのりはベッドに横になって、いつの間にか手に入れていたあの銀色の砂時計を見ていた。彼女が考えているのは、今日出会った火野美波のこと。
ーあの人、初対面の私にも、明るく接してくれたな…気付いたら、年上の人相手にいつも通りの口調で話しちゃってたや。今考えたら、ちょっと失礼だったかも。これから敬語に直していった方がいいのかな…
そこから彼女の思考は、雫は何故あんなにも自分を怖がっているのか、何か気付かない内に悪いことをしてしまっていたか?それとも昔に何かあったのだろうか?というところを経由し、千春は入院しているというが、どこの病院に入院しているのだろう。そして、彼は何故入院しているのだろうか…怪我?それとも病気?いや、そもそも彼はどんな顔だろう?というところに着地した。そこで彼女は気付く。こんなにも誰かの事を考えるのは、初めてだということを。
ー私、何でこんなにも誰かの事を考えてるんだろ?私、何で今まで誰にも話しかけてこなかったんだろ?…これからは、誰かに話しかけてみよっかな…それはまだ恥ずかしいな。今はまだ、金城さんに、自分から挨拶することから…
そんなことを考えながら砂時計を見つめている内に、彼女は気付かぬ間に眠りに落ちていたのだった。
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翌日。みのりが学校に着いたら、教室の中に鞄から教科書を取り出して机の中に移している金城仁美がいた。
金城仁美。彼女は今でも進んでみのりに関わろうとする唯一のクラスメイトであり、この周辺の地域、みのり達が暮らす「神名市」で一番の影響を及ぼす金城財閥の次女だ。
彼女ほどの立場があれば、誰とでも友達になることが出来るだろう。しかしみのりは、彼女がみのり以外の人物に話しかけられるところならともかく、仁美から進んで話しかけるところをほとんど見たことがない。彼女が何故みのりを選んだのかというのは、みのりにとっては一番の謎である。
そんな彼女に呼ばれて、半ば強引に家に連れて行かれたことが一度だけある。そのときに見たあの家の大きさ、そこで出された茶菓子の豪華さ、そして彼女の姉の愛の姿は今でも記憶に新しい。
昨日の夜の決意を思い出し、いつもなら真っ直ぐ自分の席に向かうところを、先に仁美の席に向かう。
「おはよう。金城さん。」
みのりが話しかけた瞬間仁美が驚き、そして怪しむような目をみのりに向ける。
「珍しい…いえ。初めてね。あなたから何か話しかけてくるのは。何か嫌なことでもあったのかしら?」
「ううん‼︎逆だよ逆‼︎…昨日、ちょっとだけ良いことがあってね。」
「そう。あなたから私に話しかけるきっかけになるなんて、よっぽど良いことがあったのでしょうね。」
仁美がみのりをからかうような目つきと口調で言ったのだが、みのりはそんなことには気付かず明るい表情で言う。
「うん…いろいろあったな…」
「ふーん。いろいろ、ねぇ…」
仁美が目を逸らしたので、みのりは会話は終わったと判断し、自分から話しかけることが出来た満足感を胸に軽い足取りで自分の席に向かう…と、携帯が振動した。携帯の画面を見ると、届いたのは美波からのメッセージだった。その内容は、「みのり〜ん‼︎今日って空いてる?空いてるならちーちゃんのお見舞い行こ〜ぜ‼︎」とのこと。特に用事がある訳でも無いので、昨日の反省を思い出して「分かりました。空いてますよ。集合時間とか、集合場所とかはどうしますか?」と返信する。すると美波からの反応は早く、「いきなりどしたん?なんかカッテーなwwwいちいち敬語なんて使わなくていいよ‼︎んじゃ、4時30分に昨日の○ックでどう?」と返ってきた。どうやら、敬語を使うべきだったか?という昨日のみのりの懸念は無用なものだったようだ。
ーあのとき、千春君の顔だけは見れなかったから、会うのが楽しみだなぁ…
そう思いつつ「分かった。敬語、使わなくて良いんだね?じゃあ、4時30分に。」と返信してから昨日のことを思い出し、みどりに「ごめんっ‼︎今日も帰り少し遅くなる‼︎」と送り、携帯をしまう。その様子を、仁美が興味深げに見ていることになど気付かなかった。
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思ったより学校が終わるのが遅かったが、千春の顔を見るのが楽しみで走って目的地に向かった為、約束の15分前に到着した。もちろん早すぎる為、まだ美波は来ていない。
ーあ、そうだ。手ぶらでお見舞いっていうのもなんか失礼だよね…
少し辺りを見渡すと、青果店があった。そこでいくつかの果物を購入。戻ってもまだ美波は来ていなかったので、そういえばと思い出して携帯の電源を入れてLINEを確認する。見ると母から「あまり遅くなり過ぎないように。気を付けて。」と来ていた。「分かった‼︎帰る前に連絡するね‼︎」と返信。
「おぉ、みのりん来るの早いねぇ‼︎学校とかの問題で約束の時間の直前に来ると思ってたわ‼︎ごめんごめ〜ん‼︎待った?」
と、気付けば4時30分の5分前。制服姿の美波がブンブンと手を振って現れる。
「ううん。気にしないで。私も今さっき来たところだから。」
「なら良かった良かった‼︎安心したよ‼︎それじゃあ、早速行こっか‼︎デート‼︎」
そう言い、いたずらっぽい顔でみのりの手を恋人繋ぎで握る美波。いきなりの行動にビクッとして驚くみのり。すぐに冷静さを取り戻し、無言で外そうとするがなかなか外せない。ひとまず外すのを中断する。
「あの…火野さん?一応言っとくけど、これデートじゃなくてお見舞いだから…」
「いやぁ、今のやりとりがあまりにも恋人っぽかったから、ついつい…私‼︎みのりんにときめいちゃった‼︎私と付き合って‼︎」
「付き合わないからね?」
「アッハッハ‼︎冗談だって‼︎冗談‼︎じゃあ行こっか‼︎」
そう言いつつも恋人繋ぎを解かず進もうとする美波。曰く、「ちゃあんと手を繋いでないと、お姉ちゃんとはぐれちゃうよ?」だとか。美波の抵抗が強く、解くのも不可能と判断したみのりは、解くのも諦めてそのまま病院に向かったのだった。
しかしみのりは気付かなかった。隣にいる少女が、どこか悲しげな表情を浮かべていたことに。その恋人繋ぎが、どこかすがるような握り方だったことに。
次回は9月1日です。